45、らぶらぶ公衆大浴場

 俺は意を決して、目をひらくことにした。


 透明人間になったら入ってみたい場所第一位、女子更衣室がいよいよ俺の前に姿を現す――!


「ん? 壁?」


 目の前に現れたのは石壁。視線だけ左に動かすと、鍵付きの扉が並んだ木の棚が見える。その横に立つのはナミル団長。


 今度は視線を右に―― あっ、レモが着替え中だ!


「ジュキ、見ちゃだめよ?」


 と言いながら背中のボタンをはずし、ワンピースの上から湯浴ゆあをかぶる。なんでワンピースを脱がないのか疑問に思っているうちに、湯浴ゆあの下から猫の尻尾がついたワンピースが出てきた。


「手品!?」


「何言ってるの? ジュキも早く着替えて」


「うん。――あ、ボタンがうまくうはずせないっ」


 背中に猫の手を回してあくせくしていると、


「仕方のないお嬢さんだなあ」


 ナミル団長が手伝ってくれた。


 レモは手際よく、ワンピースの下から下着を取り出しているところだ。


「見ちゃだめもなんも、全く見えねえじゃん」


「は? 私の下着、見ちゃだめなのよ?」


 あ、そっち。俺はレモの素肌を拝めるかと思ったんだよ!


 ほとんど着替え終わったレモから目をそらして俺は、猫の腕カバー付きワンピースを脱ぎ捨てる。レモの真似をして、湯浴み着を頭からかぶってみた。


「でもって下からタイツと下着を取り出す、と」


「ジュキにゃん、お尻の割れ目が丸見え」


「ヒェッ!」


 ユリアの突っ込みに慌てて湯浴み着を下げる。湯浴み着は硬い生地でひざ丈なので、めくらなければ下のものを脱ぐことなど不可能だ!


「ジュキにゃん、ユリア嬢から見えないようにアタシが隠していてやるから、さっさと脱いじまいな」


 うしろからナミル団長の落ち着いた声がする。レモは紐で髪をまとめながら、


「ナミルさんったら男前! 女子人気が高いのも納得だわ。私もジュキを取られないように気をつけなくっちゃ!」


 女性人気が高いナミルさんに俺を取られる? まったく意味が分からないぞ。


「ナミルちゃん、見えないよぉ」


 ユリアのぐずる声が聞こえる。何が見たいんだ、あんたは。文句を言いたいが、着替えに手間取ってそれどころではない。素直にパンツ一丁になってから湯浴み着を着るんだった。めんどくせえ。


「見えないように隠してるんだ。ユリア嬢の着替えも手伝ってやるから、ばんざいして」


 ナミル団長の声を聞きながら、俺はようやく湯浴み着に着替え終わった。


「ジュキの髪もまとめてあげるわ」


 自分の支度を終えたレモが俺のうしろにまわる。ツインテのまま、一つ結びにされているようだが――


「なんか髪が引っ張られて痛いよ……」


 小声で文句を言うと、


「だって自分より背の高い人の髪って結びにくいんだもん」


「アタシに貸してみ」


 ナミル団長が俺のツインテを手早くほどき、横の髪を三つ編みにしていく。それをうしろに持っていって、高い位置でポニーテールを作る。それからお団子にしてくれたようだ。


「ナミルさんすごい!」


 歓声をあげるレモに、


「ハハハ。大人の女のたしなみさ」


「ナミルさん、髪なんて結うの?」


 怪訝な声を出すレモ。


「自分が結わなくても、女の子の髪を結えるようにしておくと便利だぞ。『髪結んであげるね』って言って、合法的に堂々と! 女の子の髪に触れられるんだ」


 すっげー下心丸出し。


「レモネッラ嬢も恋人が将来、女の子になっちまうかも知れないんだから、覚えておくといいぞ」


「なんないから!」


 俺は咄嗟に叫んだ。


「女の子になんか、なんないからな!」


 更衣室のそこかしこで笑いがもれ聞こえてきて、俺はハッとする。まずい。男だとバレたか!?


 振り返るわけにはいかない。だが背中に視線を感じる。コソコソと耳打ちしあう人々の声――


「すでにかわいい女の子なのにねえ」


「あの銀髪をアップにした子?」


「あれ? あの綺麗な髪、もしや歌姫ちゃん?」


 なんでどいつもこいつも俺のことを知ってるんだ!?


 床だけ見て立ち尽くしていると、ナミル団長が号令を出した。


「さて、みんな着替え終わったし行くか。ジュキにゃんはまた目をつむってな」


「俺もう猫耳取ったからジュキにゃんじゃないもん。ジュキくんだもん」


「はいはい、女の子の湯浴み着姿だからジュキちゃんな」


「うぐぅ」


 唇をかみつつ目を閉じた俺は、三人に連れられて外へ出た。


「もう目ぇ開けていいぞ」


 ナミルさんの声に再び目をひらくと――


「うわあ、広い!」


 広大な敷地に現れたのは複数の温泉。大理石の柱が立ち並び、レリーフの彫られた天井を支えている。風がやわらかく吹き抜ける中、湯気が立ちのぼって行く。


 大きなアーチの向こうは露天風呂。青空を映し出す湯に浸かる人々は、入浴と日光浴を同時に楽しんでいるようだ。


「まず、あそこの小さな泉で体を流すんだ」


 ナミル団長に連れられて、低めの屋根の下へ歩いて行くと、


「皆さん、待っていましたよ」


 ごてごてと彫像がついた泉の横で、師匠が片手を上げた。日に焼けていない腕はナミル団長より青白い。俺たちを笑顔で眺めながら、


「なんだか美女四人と入浴するみたいで、ドキドキしますね」


「え、俺は――」


 ううっ、女性用の湯浴み着のせいで男だって主張しにくいよぉ……


 全然男らしくなくても、師匠はちゃんと男の格好してるんだもんな。


 ほかの客たちを見回すと、男はみんな上半身裸だ。なのに自分だけワンピースタイプの湯浴み着を着ていることが、急に恥ずかしくなってきた。


「ジュキ、背中流してあげる」


 レモがかめに泉の水を入れ、俺にかけてくれる。


「あ、生ぬるい」


 泉に背を向け、浴場のほうをながめていたら、また人々の声が耳に入った。


「あれ、歌姫ちゃんじゃない?」


「本当だ。やっぱり女の子だったのね」


 やばい。これ、男だったってバレたら罪に問われるやつじゃね!? 少なくとも変態のそしりは免れないだろう。


「行こ、私のかっこいいジュキ」


 レモがかなり気をつかって声をかけてくれる。


 ユリアとナミル団長はすでに、湯に続く階段を下りるところ。みなもに足をつけたユリアが、


「あったかーい!」


 歓声を上げる。


「熱すぎず、ちょうどよい湯加減ですね」


 先に入っていた師匠が、にこやかに答えた。


 俺とレモもゆっくりと湯に浸かった。肩まで沈むと、全身が解放されてゆくようだ。


 レモはかがんだり立ち上がったりして、自分の湯浴み着を見下ろしている。


「この布、まったく水を吸わないわ。風魔法がほどこされてるのかしら?」


 またそういうことに興味を持つのか。さすがレモ。湯浴み着を撫でながら、


「厚手でしっかりした生地だから、お湯に入ったら重くなるんじゃないかと思ったんだけど」


「レモさんの予想通り、この湯浴ゆあは表面に薄い風魔法がかけてあるんですよ」


 師匠がすぐに説明を始める。


「厚手なのは帆布だからですね。身体のラインが見えないように工夫されているそうです」


 なるほど、確かに――。ユリアやナミル団長の胸元に、俺はチラッと目をやった。胸のふくらみは、うっすらと分かる程度だ。


「だからレモせんぱいの胸、ないんだぁ」


 ユリアの爆弾発言に場が凍りついた。温泉に浸かってるのに氷魔法をくらったみたいだぞ!


「あ、あ、あるわよっ!!」


「わー待てレモ!」


 湯浴み着をめくり上げようとしたレモを、必死で押しとどめる。


「服の下にはしっかり、ふくらみがあるんだから!」


 涙目でユリアをにらむレモがかわいそうになり、


「分かるよ、レモ。俺の股間と一緒だよな!」


「一緒じゃなぁぁぁい!」


 余計に怒らせちゃった。


「ま、まあまあレモネッラ嬢。大好きなジュキくんとおそろいなら、いいじゃないか」


「ナミルさん、それフォローになってないわよっ!」


 まだ怒っているレモに、今度は師匠が、


「レモさんもジュキくんもけがれを知らない美少女といった感じで、とても可愛らしいですよ」


 一生懸命なだめる。


「うんうん、俺もレモと一緒、すっげぇ嬉しいよっ」


「わぁん、ジュキぃ!」


 レモが俺に抱きついてきた。かわいいなあ。


「よしよし」


 湯浴み着ごしに、彼女の背中を優しくたたく。


「俺、こうやってレモとくっついてると幸せなんだ」


「私もよ」


 濡れた肌と肌が吸いついて、いつも以上に一体感がある。俺たちを包み込む温泉よりもっと、心が熱くなってくる。


「ジュキ、大好き」


「俺もレモのことが大好きだよ」


 夢見心地でつぶやくと、レモが俺の首元に唇を押し付けてきた。


「ジュキったら髪アップにしてると、うなじが色っぽいわ」


「えっ……」


「銀色のおくれ毛が水に濡れて、美人度アップね」


 ん? レモは俺のこと、ちゃんと男として好きなんだよな? いつもの疑問が頭をもたげて口をひらきかけたとき、少し離れたところからささやき声が聞こえた。


「す、すげぇ。本物の百合だ」


「しかも美少女カップル」


「お前どっちが好み?」


 しまった。ここは公衆浴場のど真ん中だった。


 俺とレモはどちらからともなく身体を離し、代わりに湯の中で手をつないだ。


 声のしたほうに背を向けていると、


「なあ、あのグループ、獣人の娘たちも美少女と美女だぜ」


 うん、そうだろ! ナミルさんは顔も美人でバストも豊かだが、程よく日に焼け、引き締まった美しい筋肉の持ち主。一方ユリアはぷにぷにロリ巨乳。タイプは違うがそれぞれ魅力的だ。


「でも一人オッサンが混ざってるのは何?」


「どう見ても富豪じゃないし、若くもねえし」


 無駄に恨みをかった師匠はめそめそしながら、ナミル団長の陰に隠れた。


 だが男たちの意識はすぐにそれた。


「おい、あれ何だよ?」


 誰かが空を指差した。次第にざわめきが広がっていく。


「でっけー鳥?」


 俺も青空を悠々と舞う白い姿を見上げて、ぽかんとする。温泉へ向けて、ゆったりと滑空してくるように見えるんだが――


「あれ、鳥さんじゃなくて真っ白い竜だよ」


 視力の良いユリアが平然と言ってのけた。




─ * ─



公衆大浴場グランテルメのイメージイラストは以下の近況ノートでUPしています!

https://kakuyomu.jp/users/Velvettino/news/16817330662354501459


空を飛ぶ白い何かの正体は?

実は次回ではなく、もう少しあとで明かされます。


次回はついに、最終決戦、再び! ですよ!!

(誰もが思うこと⇒なんで温泉回はさんだんだよ……)

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