46、幻影使いの姑息な罠、見破ったり!

「あれ、鳥さんじゃなくて真っ白い竜だよ」


 視力の良いユリアが平然と言ってのけた。


「ホワイトドラゴン!?」


「ジュキのおばあ様!?」


 俺とレモの声が重なる。


「でもおばあ様はジュキの故郷を守ってるはずよね」


 レモの言葉に俺はうなずいた。このとき俺は失念していた。ばーちゃんが村を守っていたのは、ラピースラの悪霊がうろついているからだったのだ。


 ナミル団長も空を見上げ、


「誰か背中に乗ってないか?」


「うん。銀髪の女の子」


 ユリアの答えを聞きながら、みんなで空を見上げていたが、それは結局グランテルメに下りてはこなかった。


「帝都の方に飛んでいきましたね」


 師匠がぽつりとつぶやいた。




 翌日、俺たち五人はもう一度、瘴気の森へやってきた。昨日は日の高いうちから温泉で疲れを癒し、たっぷり夕食を取って早めに休んだから、エネルギーも満タンである。


 ちなみに寝室は、俺と師匠が予定通りツインを使った。レモとはグランテルメでイチャイチャし、その後のディナーでもずっととなり同士だった。おかげで彼女の気も済んだようだ。実際、眠りに落ちたら誰と同じ部屋でも変わんねえしな。


 ネコ町長ことニョッキ元町長は、騎士団の手厚い護衛と共に、帝都に帰って行った。


「我が力溶け込みし清らかなる水よ、薄きとばりとなりて、我らにまといて守護となれ」


 俺は予定通り、森の入り口でみんなを精霊力の結界で包んだ。


「なんだかすがすがしい気分!」


 レモが両手を広げて深呼吸すると、師匠もうなずいて、


「確かに浄化作用がありますね。瘴気よけのスカーフが必要ありません」


「クンクン、お水の匂いがするの」


「耳のそばで水の流れる音もするぞ」


 ユリアとナミル団長も、珍しそうに鼻や耳を動かしている。俺は胸の竜眼ドラゴンアイをひらきながら、


「幻影対策だから目の周りを濃くしてるんだ。ちょっと見づらいかな?」


「すぐ慣れるから平気よ。これで幻影にだまされないなら安心だわ」


 俺の結界に慣れているレモが答える。


 師匠は鞄から金属製の大きな魔道具を取り出し、


「では昨日の大木まで向かいましょう」


 地図を見ながら歩きだした。金属板に浮かんだ魔力の明かりが、俺たちが歩くのに合わせて、ふわりふわりと移動する。


 師匠の魔道具のおかげで俺たちは、迷うことなく古代エルフの遺跡にたどり着いた。


「この木の穴ん中から登るんだよな」


 大木の根元にあいたウロの中を見上げると、階段が螺旋を描いて上へ上へと続いている。


「えー、階段?」


 嫌そうな声を出したのはレモ。


「浮遊魔法で行けばいいじゃない」


 しかしレモの頭に師匠が大きな手のひらを乗せた。


「戦闘に備えて魔力は温存しましょう」


「よし、じゃあ歩いて行くか」


 俺は見慣れぬ文字の彫られた石門をくぐる。


「ジュキくん男装に戻っちゃったからつまんないな」


 意味の分かんねえことを言いながら、ユリアもついてくる。


「なんの話?」


 無駄に興味を持つのはナミル団長。


「あのね、昨日は階段のぼりながら、ジュキくんのスカートめくりしたんだよ」


「うっわー、いいなー! アタシも参加したかったぜ!」


 俺が文句を言う前に、師匠の冷たい声が響いた。


「いい歳して馬鹿みたいなことを言うものではありませんよ、ナミルさん」


「くっ、自分はジュキちゃんをひざに乗っけたくせに!」


 列のうしろのほうから、ナミル団長の悔しそうな声が聞こえる。


 俺は光明ルーチェを浮かべ、大木の中を上へと進んだ。


「お、外の明かりが見えて来たぞ」


 どこまで続くか不安な中登っていた昨日と違い、今日は程なくして出口についた。


 ――しかし。


「橋が落としてある……!?」


 樹洞から顔を出すと、木の枝が半ばからぼやけて見える。


 胸の竜眼ドラゴンアイを閉じると――


「幻影の橋が架かってるんだ――」


 本物の橋は途中で切断されている。


「姑息なことを――」


 俺のうしろからのぞいたレモが、悪役のようなセリフを吐く。


 魔術師なら誰でも浮遊魔法くらい使えるが、予期せぬ落下の途中で精神を集中し、魔法を発動させるのは並大抵のことではない。


 師匠はあごをなでつつ、


「罠を張っているということは、この先に敵が待っている可能性が高いですね。昨日のようにアジトを留守にして幻影を見せに行かれては、かないませんからな」


 ナミル団長はゆっさゆっさと尻尾を揺らしながら、


「ま、見破っちまった以上、浮遊魔法で行けばいいだけだな」


「いいえ、油断は禁物です。空から近付く我々を狙い撃ちにする作戦かも知れません」


 師匠の言葉にレモはうなずいて、


「神殿には無数の窓があいていたの。そのどこかから攻撃するつもりかも」


「じゃあ先に偽物飛ばせばいいんじゃん?」


 よく分からないことを言い出したのはユリアだ。


「偽物?」


 レモにすら理解できない模様。


「うん! 誰か幻影使えないの?」


「敵しか使えないわよ!」


「なーんだ」


 おいおい。俺たちも幻影を生み出せると思ってたのか!?


「その作戦、使えるかもしれません」


 だが師匠が声を上げた。


「うまくいけば、ですが。どの窓に敵が隠れているかが分かれば、先手を打って遠隔魔術で攻撃できます」


 師匠の考えた作戦を聞いた俺たちは、浮遊魔法で飛び立った。だが直接、神殿を目指しはしない。少し離れた木の中に着地した。


 太い枝に座った師匠は、鞄から取り出した魔術書をめくりながら、


「この森には今も古代エルフの魔法が残っています。もしかしたら木の精霊から力を借りられるかもしれません」


「私たちが普段、風の精シルフィード火の精サラマンドラから力を借りて魔法を発動させるみたいに?」


 知識欲旺盛なレモがさっそく食いついた。


「そうです。本来、土の精ゲーノモスに頼んで石や砂を集めたゴーレムを作る術を少しアレンジして、木の葉を利用しようと思いまして」


 確かに地面から遠いこの場所では、石や土からゴーレムを作るのは難しそうだ。


「でもエルフの森ってすごいのね」


 レモはすっかり師匠の研究室にでも押しかけたような顔で、


「四大精霊には、それらをつかさどる四大精霊王がいるでしょ。でも木の精にそんなのいないじゃない?」


「局地的にいるのかも知れません」


 師匠が深刻なまなざしを、枝の向こうからのぞく神殿に向けた。俺も大木に侵食されつつある神殿を見上げ、


「局地的って、この森の範囲だけ力を及ぼす強い精霊がいるってことか?」


「ただの予想ですよ」


 師匠はあえて柔和な笑みを作っているようだ。


「古代エルフのかけた魔法が千年以上残っているから、なぜかと考えただけです」


「そしたら怪しい神殿が現れたってわけね」


 レモがまっすぐ切り込むも、


「あれが神殿だというのも、レモさんたちの推測にすぎないでしょう?」


 師匠は話を打ち切るように、魔術書に視線を落とした。口の中でぶつぶつとつぶやき、新しい呪文を組み立てているようだ。


「ま、アタシたちの常識からすれば、あの建物は神殿みたいに見えるよな」


 ナミル団長の意見に、レモがうなずく。


「そうよ。大体ここはエルフ王の住まいだったそうじゃない。国王の宮殿の近くにあるなら神殿に違いないわ」


 それは聖ラピースラ王国の場合なんじゃなかろうか?


「エルフの神様ってどんなの?」


 ユリアが素直な問いを発した。神殿があるなら、あがめる神がいなきゃおかしいよな? 俺は勉強熱心なレモに尋ねた。


「なあ、エルフの宗教ってどんななんだ?」


 しかしレモは師匠へと視線を送りつつ、


「さあ……。魔法学園の歴史の授業では習わなかったわ」


 同じく魔法学園出身のナミル団長もうなずいて、


「だな。でもまあ、すべての種族に宗教があるって考えるのも、視野が狭いかも知れないぞ」


 師匠が魔術書を閉じた音が、俺たちの会話に終わりを告げた。皆がなんとなく師匠の方を見ると、


「新魔術の呪文が出来上がりました。もし成功したら、なおさら木の精をつかさどる存在の実在を疑いたくなりますがね」


 俺たちの議論を蒸し返すようなことを言って、いたずらっぽく笑った。




─ * ─




師匠の新魔術とは!?

次回『古代エルフの神殿に潜入』

いよいよ敵の本拠地に挑みます!


日曜まで毎日更新の予定です。

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