47、古代エルフの神殿に潜入

 師匠はローブのふところから短い杖を取り出すと、空中に魔法陣を描いた。杖は古びた木の杖で、地味な感じがいかにも師匠らしい。


 だが空中に描かれた軌跡は、金色の蜘蛛糸みたいに輝き出した。


聞け、木の精センティ・ドリアーデ、汝に願う。汝が纏いし緑なる木の葉を集めて人形ひとがたと為し、我が忠実なるしもべとしたまえ」


 師匠が呪文を唱えると、あたりの木の葉が一斉に魔法陣へと吸い込まれて行った。


「わっ、なんか出てきた!」


 俺は思わず、空中で輝く魔法陣を指差す。円と多角形を複雑に組み合わせた魔法陣から、まぶしい光と共に現れたのは――


「葉っぱ人間だー」


 ユリアの間が抜けた突っ込みに、師匠は木の枝からずり落ちそうになる。


「師匠、なんかリアクションが古いわ」


 レモに突っ込まれ、


「古代エルフの残留魔力を借りた、崇高な召喚魔法なんですよ」


 と口を尖らせる。


「葉っぱ人間いっぱい出てくるのー」


「アタシたちの人数分、作ったんじゃないか?」


「ナミルさんの言う通りだと思うわ。魔法陣にエルフ文字で『五』って書いてあったから」


 レモが優等生っぷりを発揮する。


 葉っぱで形作られた人形たちは、魔法陣から出てくると空中で屈伸したり、前屈したりしながら、仲間がそろうのを待っている。


「よし、五体完成しましたね」


 師匠は彼らを見回し、ひとつうなずいた。


「行きなさい」


 杖を振ると、五体の葉っぱ人間はふわふわと空を舞い、神殿のほうへ近付いていく。


 師匠は魔道具の入った鞄から、しゃれっ気のないオペラグラスのようなものを取り出した。


「なんですか、それ」


 俺の問いに、師匠は自慢げにほほ笑み、


「私が発明した魔道具です。光魔法をほどこしたレンズにより、遠くのものがよく見えるのです」


 魔道具を目に当て、


「むむっ、木の枝が邪魔で見えない」


「登れば見えるよ」


 ユリアとナミルさんが、枝の上へよじ登って行く。


 レモはハラハラしながら、


「神殿から見えないようにね」


 二人に声をかける。


 俺は重なる木の葉の間から、葉っぱ人間の行方をのぞいていた。


 彼らが神殿に近付いた途端――


 ババンッ


 バリバリッ


 ドッカーン!


 神殿の三カ所から火球や瘴気の塊、それから稲妻が飛び出した。五体の葉っぱ人間はあえなく散り散りになり、葉っぱに戻って風に吹かれて消えていった。


「分かりましたよっ、敵の居場所が! 一番上と――」


 師匠が興奮して話し始めると、


「右から三番目と――」


「左から三番目でしょ」


ナミル団長とユリアが口をそろえた。


「なっ、肉眼で確認できたというのか!?」


 自慢の魔道具を片手に唖然とする師匠。


「ま、アタシら獣人族なら、これくらい普通だね」


「くっ」


 師匠が枝に膝をついたときにはすでに、レモが呪文を唱え始めている。


 俺も三人から教えられた神殿の窓にねらいを定めた。


おびただしきひょうよ、こおれるやいばとなりて、我が意のままに駆けよ!」


 空中にクリスタルのごとき刃が無数に現れた。瞬間移動するかのような早さで神殿に向かい、一番高い窓、それから左右の窓に襲い掛かる。壁が崩れ、神殿の一番上で火矢を構えていたゴブリンの姿があらわになる。


「あのゴブリン、額に魔石が埋まってるよ!」


 目の良いユリアが報告する。


 ほぼ同時に右の壁が崩れ落ち、くちばしに雷電をまとわせた鳥型モンスターが、左の壁のうしろからは、全身を黒い瘴気に包まれたガーゴイルが姿を現した。


吹夥矢ヴァンミッレアロー!」


 レモの広範囲風魔法が完成し、三カ所のモンスターを一度に攻撃する。


「グワーッ!」

「ギャーッ、ギャーッ!」


 ゴブリンと鳥型モンスターが相次いで叫び声をあげ、見えないほど遠い地上へと落下していく。


 ガーゴイルだけは風魔法で粉々になったものの、瘴気の塊に包まれたまま残っていた。


「荒波よ、全てを洗い流せ」


 俺の言葉に従って、地平線の向こうから海がはしってきた。ガーゴイルだった黒いもやのあたりを指差し、意識を集中する。


 ザッバァァァン!!


 大波が神殿を飲み込んだ。 


「なんか色んなものが下に落ちて行くんだけど……」


 レモの言う通り、中にいたモンスターの大半が波にさらわれてしまったようだ。


 今回は攻めて来る俺たちを撃退するため、鎖でつないでいなかったようだ。熱湯攻撃から逃げられるように、かも知れねえ。


 大波が去ると、神殿の至る所から水がしたたり、吹きつける風には海の匂いが混ざっている。


「ジュキお兄ちゃん、熱湯かけたり海かけたりして、もし本当に神様が祀られてたら、たたられちゃうよ?」


「ユリア、怖いこと言うのやめてくんねえ?」


 俺たちの会話に苦笑しつつ師匠が、 


「自分たちの場所をこちらに教えればどうなるのか、敵も学んだことでしょう」


「じゃ、行きましょうか!」


 レモが瞳を輝かせて、枝の上に立ち上がる。


「みんな、俺の結界があるから多少の攻撃は無力化すると思うけど、慎重に、な」


 俺の言葉に四人がうなずく。ユリアを抱えて舞い上がる俺に続き、レモたち三人も風魔法で空へと飛び立った。


 ずぶぬれになった神殿を撫でて吹きつける風は、潮風の匂いがして心地よい。俺にとって海の匂いは、なつかしい故郷の香りなんだ。


 魔物除けに小声で、海の歌を口ずさみながら近付く。


「――全ての命の源よ

 我らが願い 聞きげたまえ

 汝荒ぶるとき 汝の子ら息をひそめ収まるを待つ――」


 母さんの実家――セイレーン族の漁村に伝わる、海に捧げる歌だ。


「――汝のおもて安らかなるとき

 あらゆる命 喜びに満ち 汝を慕い

 感謝のうた歌い踊らん――」


 壁を壊した三階の窓から神殿に入る。一階に着地しないのは、少しでも相手の裏をかくためだ。


「――汝の内へかえりたる日まで

 我らが祖先おやとして見守りたまえ――」


 歌いながら降り立った場所は三階回廊だった。下を見下ろすと視界が二重に見えて、俺はすぐに目をつむった。幻影使いが怪しい幻でも見せているんだろう。


 竜眼ドラゴンアイが視ている景色の方に、意識して焦点を合わせた。


 最上階まで吹き抜けになっており、光り輝く大木が建物自体を貫いているようだ。


「オーガが――」


 師匠の言葉と同時に、二階回廊から翼の生えたオーガが二体、こちらに向かって飛んでくる。体重が重いからか、空を飛べるためか、彼らはうまいこと大波から逃れたようだ。


 昨日ユリアが倒したのと同じタイプか。何匹も改造モンスター作りやがって――


「水よ、はしれ!」


 激流が二体を横薙ぎにし、一旦撃退した。だが葉のない大木の枝に落っこちただけ。またすぐに襲ってくるだろう。


「なんで歌声魅了シンギングチャームが効いてねえんだよ!?」




─ * ─




次回『幻影使いの最期』

しかし、更なる問題が浮上し――?

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