48、幻影使いの最期

「なんで歌声魅了シンギングチャームが効いてねえんだよ!?」


 焦る俺にユリアがのんびりと、


「空飛ぶオーガさんたち、お耳に魔石が嵌まってたよ。オレリアンくんみたいに」


 気の抜けた口調で第一皇子をくん付けしやがる。


 一方レモは唇をかみしめた。


「幻影使いイルジオンがジュキの能力に気が付いて、一晩で対策したに違いないわ」


「ま、アタシらも幻影対策にジュキくんの結界張ってるし、お互い様ってぇわけだ。ほら、また来たぜ」


 ナミルさんのかけ声に、ユリアがしゃがみ込む。何をしているのかと思ったら、両手に握っているのは壊れた神殿の欠片。


「石投げてみるのー。えい」


「グオッ」

「ガッ!?」


 ユリアが両手で適当に投げた破片は、ものの見事に敵をとらえた。一匹は眉間に破片が刺さり、もう一匹はあごに食らって卒倒する。


「ユリア、近接戦以外もいけるんだ……」


 感心する俺に、師匠が耳打ちした。


「幻影使いがどこにいるか分かりますか? 竜眼ドラゴンアイに瘴気が見えるとか――」


 俺は胸の竜眼ドラゴンアイに集中して、神殿内にくまなく意識をめぐらせる。そのあいだにまた空飛ぶオーガが襲ってくるが、明らかに動きがおかしい。


暴旋風撃トルネードアタック!」


 レモの風魔法をよけることもできず、瞬時に黒い霞と化した。


 もう一匹も――


壌塊斬エルデブレイド!」


 ナミル団長が放った岩の刃に胸を突かれ、こちらも魔石を残して消えた。


 仲間がモンスターを撃退しているあいだ、竜眼ドラゴンアイで瘴気を探っていた俺は、こそこそと逃げ隠れする幻影使いをようやく見つけ出した。 


「いた! 二階の回廊の――太い柱のうしろ!」


 俺は斜め下の回廊を指差して、


「見えるかな? 外から伸びてる枝に隠れてるんだ」


 窓から侵入する森の木々に隠れながら、幻影使いイルジオンはゆっくりと移動していた。どこへ向かうつもりだ?


「あそこね!」


 レモはにやりと笑い、呪文を高速詠唱した。


烈風斬ウインズブレイド!」


 バシュウゥゥゥッ!


 風の刃が、木の枝も神殿の柱も砕いて飛びかかる。


 だがイルジオンはゴロゴロと二階の回廊を転がり、なんとか攻撃を避けた。そのまま俺たちには目もくれず、回廊から飛び降りる。その先には輝く木。葉はつけておらず、金色に輝く枝だけが伸びている。


 攻撃しようとして俺は本能的に思いとどまった。


「なあ師匠、あの金色に光ってる枯れ木みてぇの、木の精霊をつかさどる存在とかじゃないよな?」


「私もそれを危惧していたところです。さっきからイルジオンは我々に攻撃せず、オーガ二匹で時間稼ぎをしているように見える――」


「よく分かんねえけど、あいつを止めなきゃだめってことだな!?」


 俺は話し終わる前に、三階の回廊から飛び立っていた。


「あぁっ、ジュキお兄ちゃん、待ってぇ!」


 うしろでユリアが叫んでいるが、今回ばかりは無視させてもらう。レモとナミル団長も風魔法で俺を追って来た。


「もう!」


 遠く背後で聞こえるユリアの声。


「ジャーンプ!」


「えっ!?」


 あろうことかユリアは三階回廊から光の木に向かって飛び降りた。


「危ないっ!」


 空中に浮かんだまま師匠が声を上げる。


「イルジオンくん、何してんのー?」


 まるで友だちの家に遊びに来たような気軽さで、光の木に飛び移ったユリアが尋ねた。


「私の幻影に惑わされないだと!?」


 驚愕するイルジオン。だがすぐに印を結んだ。


「ユリア、逃げろ!」


 俺の叫び声にも、


「あとでね」


 ユリアはのんびりと答えて、戦斧バトルアックスを構える。


煽猛焚フレイムバースト!」


 イルジオンが至近距離で火魔法を放つが、


「危ないよぉ」


 ユリアは戦斧バトルアックス一振りで火の球をはじき飛ばした!


 火魔法が弱っているせいもあり、火球は海水に濡れた一階に落ちるとシュッと音を立てて消えた。


「チッ、エルフのまもり木に攻撃して、怒りをかえばいいものを」


「なんだって!?」


 聞き捨てならない発言に、俺は空中で声を上げた。


「クックック…… お前たちはもう私に攻撃できぬのだ。攻撃魔法がこの木に当たれば、この神殿そのもの、ひいては森全体の怒りをかうからな」


 俺は斜め上に浮かんだままの師匠を振り返った。


「あいつの話、本当?」


「瘴気の森全体が怒りだすのは大げさでしょう。ただ、エルフの魔法が残っている範囲なら―― 木々が意思を持って襲いかかってくる可能性が無いとは言えません」


「グハハハハ! よく分かっているではないか!」


 枯れ木にしがみついた不格好な姿のまま、イルジオンは哄笑を上げた。


「お前たちに残された選択肢は二つ。このまま私に殺されるか、私に攻撃して古代エルフのまもり木を傷付け、神殿の怒りをかって殺されるか」


 人質の次は、古代樹を盾にするとは――


「卑怯だぞ!」


 レモをさらったときから分かっていた。それでも人の心をもてあそぶ戦い方が許せなくて、俺は思いっきりイルジオンをにらみつけた。


「わざわざ男装してきたのに残念だったな、お嬢ちゃん」


「なっ」


 精神攻撃を受けてひるんだ俺をかばうように、レモが俺の前に浮かんだ。


「それで、イルジオン公爵令息様。私たちを殺して、あなたはどうするつもり? 手下のモンスター全て、海水で流されちゃったんでしょ?」


 そうか、さっきのオーガ二匹が魔石救世アカデミー最後のモンスターだったのか。するともう帝都にモンスターを仕掛けて、皇帝の座を武力で奪い取るなんて作戦も、使えねえわけだよな。


「ククク、ここは瘴気の森。モンスターには事欠かないのさ」


「でもあなた、野良モンスターを生け捕りにして、その額に魔石を埋め込むなんてできるのかしら? 瘴気の森のモンスターは強いわよ?」


「うっ」


 何も考えていなかったのか!? イルジオンは言葉に詰まった。


「ラピースラがいる頃は、大方彼女がモンスターを操ったり、おとなしくさせたりしていたんでしょうが」


 すらすらと推理を披露するレモ。その通りだったようで、イルジオンは怒りに震えていた。


「わ、わ、私の幻影魔法があれば帝都民を操れる! お前たちを倒して、帝都民を全て私の奴隷とするのだ!」


 実現可能かどうかはともかく、危険なことを言い出しやがった。元人間――というより今も半分は人間なので、残酷な技は使いたくなかったが――


 何より、こいつはレモの仇なんだ。


 俺は意を決して、イルジオンの体内に意識を集中した。


「汝が体内流れし水よ、絶対零度に迫りてあらゆる動き静止せよ!」


「うぐっ、男装小娘め、何をした!?」


 相手の体内に流れる血液を凍らせるなら、エルフの護り木とやらは傷付かないはずだ。


「グオォォォッ!」


 イルジオンが雄叫びを上げると、額の魔石が赤く光り出した。右半身に走る皮膚の裂け目からのぞく無数の目玉も、炎の色に変わっていく。


「聖なる光よ、まわしきけがれを打ち消したまえ――」


 レモが聖なる言葉を唱え始める。聖魔法なら護り木に触れても、怒らせることはないもんな。


清浄聖光ルーチェプリフィカ!」


 神殿内に広がった白い光が、イルジオンの魔石に収束していくが――


「グオォッ!」


 イルジオンが叫ぶと一気に瘴気が噴出し、聖魔法の光はかき消えてしまった。


「貴様ら、邪魔をするな! 私が皇帝になってやる!」


 さっきまでとは声まで変わっている。生きている人間とは思えない無機質な響きに鳥肌が立つ。


「ユリア、危ないから離れろ!」


「そうよ! 木を伝って下に降りなさい!」


 俺とレモが声をかけるが、


「分かったよ! このおじちゃん、頭にくっついてる石がいけないんだ!」


 ユリアが戦斧バトルアックスを一閃し、


「ギィヤアァァァ!」


 イルジオンの口から響いた雄叫びは、魔物が上げる断末魔の咆哮のよう。


「魔石が折れた!?」


 イルジオンの額から飛び出した魔石が、半ばから折れたのだ!


 宙を飛んだ魔石は神殿の壁に当たり、跳ね返る。護り木の根元に落ちてきたと思いきや――


 コロン。


 かすかな音を立てて、根元の穴に吸い込まれてしまった。


「木の色が――」


 レモが片手で口を押さえた。


 魔石が落ちた穴から次第に、金色だった幹が赤黒く変色し始めた!




─ * ─



次回『古代エルフの護り木が目覚めた』

邪悪な魔石を取り込んでしまった護り木が、眠りから覚めただと!?

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