49、古代エルフの護り木が目覚めた
金色だったエルフの
「なんかやばそう」
ユリアはしがみついていた木から離れ、枝を走り出した。
「ジューキちゃーん!」
枝の先から俺に向かってジャンプしやがった! 肝心なときにお兄ちゃん呼びじゃねぇのかよ!
「あっぶね!」
慌てて空中で抱きとめる。
「何しやがんだよバカ!」
「だってイルジオンくんの頭の石とっちゃえば、人間に戻るかなって思ったんだもん」
いや、そこだけじゃなく、もろもろ全部問題なんだよ!
「逃げましょう!」
師匠が大声を出したのと、
「た、助けてくれ……!」
木の枝に呑まれていくイルジオンが泣き声を出したのは同時だった。その身体は見る見るうちに枝の割れ目に沈んでいく。魔石を折られ、力が半減したイルジオンには、護り木から逃れる力も残っていないようだ。
「護り木を利用しようとしたバチが当たったな」
ナミル団長は沈鬱な表情でつぶやき、一方レモはくすっと可愛らしい声であざ笑う。
「自業自得よ!」
イルジオンの両足は幹と同じ赤黒い色に変わり、同化していく。
ゴゴゴゴゴ……
神殿自体が音を立て、赤黒い不気味な色に染まり始めた。
「みんな、三階の窓へ!」
ナミル団長が指示を出す。さっき俺が氷の刃で壊した窓だ。だがそれも、ゆっくりと修復していく。
「窓が閉じちゃう!」
「水よ、
俺の声に従い、氷の刃が縦横無尽に駆け巡り、閉じかけた窓を切り刻む。
『邪魔ナ人間ドモメ』
頭の中に、身も凍るような意識が入り込んできた。
「この声、エルフの護り木!?」
悲鳴を上げるレモに、
「そうでしょう。けがれた魔石を飲み込んで、邪悪なるものとして動き出してしまったようです!」
説明する師匠の声も切羽詰まっている。
『オ前タチモ食ラッテヤル!』
赤黒い枝が触手のように伸びてくるが――
「野菜を食べるのは人間様だーい!」
俺に抱かれたままのユリアがめちゃくちゃなことを言いながら、
『ガッ、ゴッ』
「ただの木だった」
ぽつりとつぶやいたのが余計に護り木を怒らせたらしい。
『マズハ、オ前カラ食ベテヤロウ!』
「やーだよっ」
ユリアが答えるのと同時に、俺は背中の翼を大きく羽ばたいた。
わらわらと伸びてくる枝を避け、ようやく神殿の外へ出る。俺とユリアが護り木を引き付けていた隙に、レモとナミル団長、続いて師匠も無事脱出に成功したようだ。
「これ、瘴気の森の外まで逃げなきゃダメってことか!?」
空の上から振り返ると、神殿だったものが赤黒い虫のように
「聖魔法で浄化してみるわ!」
レモは空に浮かんだまま、聖なる言葉を唱えだした。
「聖なる光よ、大いなる救いとなりて――」
神殿が何か攻撃してきたらすぐにレモを守ろうと神経を尖らせる俺のとなりに、師匠が浮遊魔法で移動してきた。
「ジュキくん、私が瘴気の森で君に初めて会った時、確か歌って魔物たちの暴走を鎮めていましたよね?」
「そう、だっけ……」
師匠と会ったのは、獣人族二人がユリアのお金を取り合ってケンカして、瘴気の森の魔物たちを刺激しちまったときだったか。確か俺は
「
レモの聖魔法が完成した!
「
すがすがしい白い光が、変わり果てた神殿を包み込む。禍々しい
『ああ、なんということだ!』
だが俺たちの頭の中には、悲痛な声が響いた。
『このわしが呪われた魔石に操られるとは!』
俺はユリアをナミル団長にあずけ、
『なぜ清らかだった森が瘴気に包まれておる?』
聖魔法の光が収まると、そこにはうっすらと金色に輝く神殿が建っていた。
『なぜ誰もおらぬのじゃ? 栄えていたエルフたちはどこへ行った!?』
「古代エルフの護り木よ」
師匠が静かに話しかけた。護り木まではかなりの距離があるが、声を張ったりはしない。相手は霊的な存在だから、伝えようとすれば、伝わるのだろう。
「エルフたちはほかの大陸に移りました。だがこの森に根を張った護り木と共に移動することはできなかった。それでこの地を去る時、あなたに休眠の術をかけたのです。あなた自身の精霊力によって、半永久的に続く術を――」
師匠の推察なのだろうが、限りなく事実に近いのかもしれない。魔術研究家でありながら、歴史にも通じている彼ならではの的確な推理だ。
『今までわしは眠っておったというのか? なら目覚めたくなどなかった……』
護り木の思念には、なお深い孤独と悲しみが宿っている。暗い波のように、俺たちの心をさらってゆく。
俺は竪琴の調弦を済ませると、故郷のモンテドラゴーネ村に伝わる『森に感謝を示す歌』を歌い出した。
「優しき森よ
緑の息吹よ
梢渡る風よ
常なる恵に
我ら感謝せん」
不思議なことが起こった。あたりの木々が一斉に枝を揺らし始めたのだ。
「おお、観客がウェーブ作ってる」
ナミル団長に猿のようにひっついたまま、ユリアが感心している。
俺は竪琴の弦を優しく撫でながら目を伏せた。四季折々、異なる表情を見せてくれた故郷の森が、まぶたの裏によみがえる。
「七色の花からこぼれる蜜も
さざめきあう木々の葉音も
実りの秋に拾い集める木の実も
暖炉の中で黄金色に燃える薪も」
秋の森でねえちゃんと、かごいっぱいの栗を拾った子供の頃を思い出す。
「我らの命の支えとなりて
子々孫々つなぎゆかん」
歌い終わると波のように揺れる木々が、大きな風の流れを作り出していた。まるで目ざめた護り木を撫で、勇気づけるように。
『なんと美しい歌声じゃ。わしのささくれ立った心を癒し、また眠りへと誘うようじゃ』
「寝ていいんだぜ、護り木さんよ。次にあんたが目覚めるときには、水の大陸はかつての清らかさを取り戻して、エルフたちも戻って来ているさ」
水の精霊王であるドラゴネッサばーちゃんの力が戻ったのだ。この大陸は数百年かけて浄化されてゆくだろう。
だが今まで街だった場所は湖の底に沈むことになる。瘴気が消えればモンスターの生息地も減って、
エルフが戻ってくるかも知れない数百年後の未来には、レジェンダリア帝国が続いているかすら分からない。
眠るように、護り木の意識が薄れてゆくのを感じる。
『ありがとう、少年――』
やったー! 俺、少年って呼ばれたぞ!
「ふっ。ちゃんと男装してきた甲斐があったってぇもんだ」
「あ。やっぱり男装なんだそれ」
ユリアに突っ込まれて俺はハッとした。
「間違い! 今の取り消しだから!」
「大丈夫よ、ジュキ。私は分かってるから」
レモが優しい笑顔を浮かべつつ、ユリアの頭にげんこつを落としてくれた。
「ジュキは中性的なのがいいの。完璧に女の子になっちゃったら、つまんないわ」
「お、おう……?」
あれ? いいのかこれ?
「護り木も元どおり眠りについたし、ついに依頼達成ってことか?」
ナミル団長がユリアを師匠に押し付けながら、誰にともなく尋ねた。
師匠は背中を向けて、ユリアをおんぶさせつつ、
「ええ。騎士団長を通して皇帝陛下から拝命した『魔石救世アカデミー残党殲滅任務』は、これにて達成です」
「よかった。あとは帝都に戻るだけだな」
俺は安堵のため息とともにうなずいた。
─ * ─
次回、帝都に戻った一行。
温泉で見かけた白い竜の正体が判明します!
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