エピローグ
50、聖剣の騎士、歌姫宮を下賜される
翌日、俺たち五人は騎士団長であるラルフ・バルバロ伯爵に任務達成の報告をしに行った。
「皆の者、大変ご苦労であった」
騎士団長はご馳走を用意して、個人的に俺たちをねぎらってくれた。
「あまり食べ過ぎてはいけませんぞ。このあと陛下がアルジェント子爵とレモネッラ嬢、それからユリア嬢をお呼びです」
「えっ」
フォークを持つ手が止まる。
「先に言ってくれよ……」
「食べる前に言ったら、緊張しておいしく食べられないかと思ったんだがな」
それも一理あるが――
「心配には及びませんぞ、アルジェント子爵。陛下もじかに礼をおっしゃりたいというだけですから」
別にいいのに、などと思いながら、カルチョーフィという野菜と仔牛肉を葡萄酒で煮込んだ料理をせっせと口に運ぶ。
「そうそう、アルジェント子爵。陛下の元には君のお姉さんと、もう一人思いがけない客人がいらっしゃっていますよ」
「は?」
耳を疑う発言に、うっかりカルチョーフィを飲み込んでしまった。独特な食感と香りがあって旨いのに、勿体ねえ。
「アンジェリカさん――君のお姉さんではありませんか?」
「いや、そうなんだけど、なんでねえちゃんが!?」
領都ヴァーリエで働いているはずでは!?
「直接会って訊きなさい」
騎士団長はにこにこしている。何か隠している笑顔だ。
ご馳走をたいらげた俺たちはバルバロ伯爵邸を出た。師匠は魔法学園教員寄宿舎に帰り、ナミル師団長は騎士団詰め所へ戻るという。
皇宮へ続く橋の前で、俺たちはとりあえず別れの挨拶をした。
「それじゃあな、かわいいお嬢さんたち」
ナミル団長は俺の頭をぽんぽんと撫でながら、
「打ち上げの日取りが決まったら連絡するよ」
「打ち上げ?」
上目遣いのまま首をかしげる俺に、
「ネコ町長さんとマタタビ酒で飲み会する約束してるからなっ!」
さわやかな笑顔で手を振り、去って行った。その背中を見送ったあとで、師匠が声をひそめた。
「皇帝陛下は褒美をつかわすと言って呼びつけて、次の依頼をするお方ですから、心しておいたほうがよいですよ」
「次の依頼!?」
驚いて訊き返した俺に、
「ま、私の体験談というだけです」
にこやかに手を振る師匠。
「それではまた打ち上げの際に」
いつもの調子で告げると去って行った。
「なんだろう、次の依頼って……」
不安になる俺に、
「まだ決まったわけじゃないでしょ? それにジュキ、久し振りにアンジェリカお姉様に会えるの、楽しみじゃないの?」
レモは俺が答える前に、橋の前の番人に皇帝陛下から呼び出されている旨を伝えた。
番人の許可を得て、欄干に石像が並んだ橋を渡りながら、俺は両手のひらを空へ向けた。
「楽しみより謎が多すぎて」
「もう一人、誰か来てるって言ってたわね」
「言ってたっけ!?」
ねえちゃんが帝都にいる衝撃で忘れたんですが。
橋を渡り終えると使用人が待っていた。彼のあとについて、完璧に手入れされた庭を横切る。
午後の日差しの下で、きらめく水しぶきを振りまく噴水を見上げていたら、
「ねえ、皇帝陛下もおいしいもの出してくれるかな?」
今食べたばかりなのに、ユリアがとんでもないことを言い出した。
「俺は遠慮しとくわ。腹いっぱいだし」
「私も」
緊張感のない会話をしているうちに宮殿に入った。謁見の間へ案内されるのかと思いきや、廊下を少し歩くとすぐに、また中庭に出てしまった。
「アルジェント子爵たちをお連れしました」
使用人が侍従に告げる。侍従の向こうに見える小さな噴水のそばに、テーブルセットが見えた。パラソルの陰になってよく見えないが、座っている人物が二人と、もう一人は――
「こちらへどうぞ」
侍従に案内されて近付くと、アントン皇帝陛下と銀髪幼女がチェスを打っているのが見えてきた。幼女のうしろに立ち、彼女の肩をもんでいるのは――
「ほんとにねえちゃんがいる……」
紫がかった銀髪をポニーテールにしている美女こそ、俺の姉――アンジェリカに間違いない。
顔を上げた姉が、俺にウインクして見せた。
俺たちの足音に気付いて、アントン帝が振り返る。着ているものこそ高価だが、騎士団長のような威圧感はない、優しげな初老の貴族男性である。リラックスしてチェスなんて打ってると、皇帝には見えない。
「おお、来たか、来たか」
くしゃっと相好を崩して手招きする。だが手の振り方ひとつとっても優美だ。
俺がその場にひざまずくと、
「椅子が足りぬの。持って参れ」
と命じた。木陰に控えていた侍従が、庭園入り口に立っている使用人に伝えに行く。貴族のこういう伝言ゲーム、ほんとにまどろっこしいよなぁ。
「報告は聞いておる。アルジェント子爵、レモネッラ嬢、ユリア嬢。今回も素晴らしい働きであった」
「はっ、ありがたき幸せにございます」
合っているのか分からねえが、それっぽい返事をしておこう。
頭を下げている俺からは見えないが、姉がクスっと笑った気配がする。
気付いているのかいないのか、皇帝が言葉を続けた。
「アルジェント子爵には褒美として、皇宮敷地内に建つ離宮を取らせよう。仲間と共に暮らすがよい」
「はっ」
かっこよく返事だけしたものの、状況がよく分からない。えーっと、離宮? ってことはお屋敷一個もらえるの?
俺の理解が及んでいないことに気付いたのか、ここまで案内してくれた侍従が、
「敷地の南東に立つ小さな屋敷にございます。しばらく人が住んでおりませんでしたので、現在急ピッチで清掃と改修を進めております。屋敷内の調度品やインテリア配置は全て皇后様がお決めになりましたので、ご安心ください」
え? クリスティーナ皇后様が? そのどこに安心できる要素があるんだろう?
「なおこちらの離宮はすでに
バカ真面目な顔で告げてから、侍従は下を向いた。よく見ると、唇を真一文字に結んで、笑いたいのをこらえていやがる。
今日の俺は白一色とはいえ、マントをつけた男性冒険者の姿だ。この俺が歌姫宮を下賜されるのが、おかしくてたまらないんだろう。
くっそー、喜びが半減するんだけど。
「なお、歌姫宮は皇后様のお部屋の窓から、よく見える位置にございます」
「は?」
もはや喜びはゼロになった。
「お兄ちゃん、着替えるときはカーテン閉めた方がいいよ」
ユリアがボソッと忠告する。
馬鹿っ、皇帝の前で皇后様に失礼なことを――と焦ったときには、
「そうじゃそうじゃ。オペラグラスで覗かれんようにな」
アントン帝も笑い出した。
レモも侍従たちも、さらに誰だか分からねえ銀髪幼女も肩を震わせている。唯一ねえちゃんだけが、心配そうに眉尻を下げ、困ったようにほほ笑んでいた。
「さてと、
アントン帝が育ちの良さそうな笑みを俺に向けたとき、宮殿の中から椅子を持った使用人が三人出てきたのが見えた。
「陛下、お気遣いありがとうございます」
ねえちゃんが、俺より先に答える。
「ジュキちゃん、お仕事お疲れ様」
「あ、うん。ねえちゃん久し振り」
返事をしたときにはすでに、俺は姉に抱きしめられていた。
使用人たちが椅子を並べると、皇帝は俺たち三人と姉に腰を下ろすよう、うながした。
「お姉様、ジュキエーレ様には大変お世話になっております」
レモは席へ着く前に、ねえちゃんへ優雅な
「まあ、レモネッラさん! そんな、こちらこそ――」
戸惑う姉が素朴でかわいらしく見えるぞ。
二人のやり取りを横目に見ながら、俺とユリアが席に着くと、銀髪幼女が口を開いた。
「アントン殿、わらわが誰か、坊やたちに話さんといかんじゃろう」
舌ったらずなくせに老婆のような口調で、ちぐはぐな印象を受ける。
「おお、そうであった。アルジェント子爵たちは、そなたの人化した姿を見るのは初めてであったな」
人化? ポカンとする俺を見て、幼女はさもおかしそうに笑い出した。
─ * ─
次回、第六章最終話『銀髪幼女の正体』、明日の朝更新します!
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