51、銀髪幼女の正体

 ポカンとする俺を見て、幼女はさもおかしそうに笑い出した。


「坊や、わらわは『ラ・ドラゴネッサ』と呼ばれし太古のホワイトドラゴンじゃよ」


「えっ、ばーちゃん!?」


「そうじゃそうじゃ」


 目を細めて、いつくしみのまなざしを向けてくれた。


「おばあさまでしたとは!」


 レモが突然ハッスルしやがる。


「アルジェント子爵には大変お世話になっております。アルバ公爵家のレモネッラでございます」


 再び完璧な膝折礼カーテシーを決める。


 一方ユリアは、ドラゴネッサばーちゃんを指差し、


「あーっ、真っ白で大きなドラゴンさん!」


「思い出したかのう、嬢ちゃんも」


「うん! おいしいクラーケン捕った日に会ったの!」


「それよりユリア、地殻変動が起こってダンジョン『古代神殿』が地上に姿を現した日でしょ」


 レモの言葉にユリアは眉根を寄せ、


「そうだっけ?」


「よいのじゃよ。重要なことは皆それぞれ違うのじゃから」


 ばーちゃんが二度三度とうなずく。


「わらわにとっては千二百年ぶりに温泉に浸かった日じゃ」


「ああっ、もしかして――」


 思わず大きな声を出したレモが、自分で驚いて口をふさいだ。


「どした?」


 振り返った俺に、


「グランテルメで―― ほら、青空におっきな白い鳥みたいなのが飛んでたの、覚えてない?」


「ああ! あれ、ばーちゃんだったってこと!?」


「そうじゃよぉ。温泉の匂いがしたから近付いてみたんじゃが、わらわには小さすぎて無理じゃった」


 つい、小さな今の姿をまじまじと見てしまう。両足はもちろん、地面についていない。


「ばーちゃん、その外見なら入れるじゃん」


「温泉に浸かるときはやはり本来の竜体がよいのう」


 そうですか……


「それにしてもなんで、そんな小さな子供の姿になってるんだ?」


 俺の問いにばーちゃんはゆっくりと、俺がモンテドラゴーネ村を旅立ってからの話を始めた。


 ラピースラの魂がまた悪さをしに来ないか、海からモンテドラゴーネ村を見張っていたばーちゃんは、ある日もっと村に近付きたいと考えたそうだ。


 そこで人化の術を使って、二十五歳くらいの女性の姿になったという。


「なんで二十五歳くらい? ばーちゃんの姿じゃないの?」


 俺の素朴な疑問に、


「何歳にでもなれるってときに坊やは、年寄りの姿になるのかえ?」


 あれ? ばーちゃん、ちょっと怒ってる?


「え、俺は実際十六だから、じじいにはなんないけど……」


 至極当然な俺の回答を無視して、ばーちゃんは続きを語り始めた。


 妙齢の女性になって村へ現れると、ドーロ神父が手厚くもてなしてくれたそうだ。


 その後ばーちゃんは、ラピースラの魂が消滅したことを感知した。


 村人たちに伝え、共に祝おうとしたそうだが、


「皆、わらわを遠巻きにしてあがめておってな、寂しかったのじゃ」


「まさかそれで幼女になったの?」


「うむ。この姿になってからは皆、少しずつ打ち解けてくれての。村人たちと楽しく過ごせるようになったのじゃ」


 そいつぁよかったな。


「私はドラゴネッサ様がこのお姿になってから、村に帰ってきたのよ」


 ねえちゃんがしれっと話に加わる。


「ちょっと待って。なんでねえちゃんが村に? ギルドの仕事は?」


「ギルド職員交代で夏休みを取ってたのよ」


 なんだ、そんなことだったのか。ホッとした直後に、ねえちゃんは爆弾を投下した。


「でも今は、火大陸への長期出張依頼を受けて帝都にいるの。外洋を移動できる大きな船は帝都にしかないから」


「は!? 火大陸!?」


 全身の血の気が引いていく。


「なんでねえちゃんがそんな遠いところに――」


「あら? ジュキちゃんも一緒に行くのよ?」


「えぇっ!?」


 まったく話が見えない俺に、ドラゴネッサばーちゃんがうなずいて、


「そうじゃ。坊やにその話をするために帝都まで来たんじゃ」


「わしもアルジェント子爵とレモネッラ嬢、ユリア嬢に火大陸へ行ってもらうよう頼むつもりじゃった」


 皇帝までが口をそろえた。


 あんぐりと口を開けたまま固まっていたら、レモが声を低くして尋ねた。


「陛下、そのご命令は火大陸で、とある部族が不死の力を得たという情報と関係あるのでしょうか?」


「その通りじゃ。捕らえた複数の海賊が証言したそうじゃからの、間違いない」


 アントン帝は深くうなずいた。


「わらわはモンテドラゴーネ村で毎日楽しく過ごしているときに、不死鳥フェニックスの魂が救援の思念を発しているのを受け取ったのじゃ」


 四大精霊王は互いに精神的なつながりを保っているようだ。


「どうもまた魔神アビーゾにそそのかされた人間が出たようでのう、不死鳥フェニックス殿は人間の手に落ちてしもうたそうじゃ」


 皇帝も含めてその場の全員に、沈黙が落ちた。


「わらわの力を受け継いだ坊やに火大陸へ行ってもらおうと思ったんじゃよ」


「ドラゴネッサ様が不死鳥フェニックス様の意識を感知したのが、ちょうど私の休暇最後の日だったのよ」


 ばーちゃんのとなりに座っているねえちゃんが説明する話を引き取る。


「ジュキちゃん今までは、レジェンダリア帝国内にいるから我慢してたけど、ほかの大陸に行っちゃうなんて絶対無理でしょ?」


 なぜか俺に同意を求めるねえちゃん。なにが「絶対無理」なのかよく分かんねえから反応を示さなかったら、ねえちゃんはそのまま話を続けた。


「だから私、竜体に戻ったドラゴネッサ様の背中に乗って、ヴァーリエ冒険者ギルドまで戻ったの。でーんとギルド前の広場に着地してやったわ」


 ということは、温泉から見えた大きな鳥の背に乗っていたのも、ねえちゃんだったんだな。


「私はジュキちゃんの専属アドバイザーでしょ?」


「そっか、俺まだヴァーリエ冒険者ギルドのSSS冒険者として、登録されてんのか」


「そうよ! 私にちっともアドバイザーの仕事させてくれないんだから!」


 ねえちゃんは、ぷーっとほっぺをふくらませた。


「それで今回は、専属アドバイザーとして火大陸へ行くジュキちゃんに同行して、大陸外のモンスター生息状況を調査するって名目で、出張依頼をもぎとったのよ!」


「わらわが口添えしたのじゃ。竜体のままギルドマスターとやらに念話で事情を伝えたら、『ははー』ってなっておったわ」


 そりゃそうだろ。神にも等しい存在である精霊王が出てきたら、断れるわけがない。


「そういうことじゃ」


 今度は皇帝が言葉を継ぐ。


「火大陸で不死身の兵を従えた部族長が、海を隔てた水の大陸に攻めこもうと準備しておるという。アルジェント子爵たち三人には火大陸へ渡って、この部族長のたくらみを阻止して欲しいのじゃ」


「先手必勝ってわけですね!」


 なぜかレモが目を輝かせて、こぶしを握った。


 断れない依頼とはいえ、何もそんな前のめりになる必要ないじゃんか。


 ドラゴネッサばーちゃんは、姿だけ幼女になっても隠せない、ババくさい仕草で何度もうなずきながら、


不死鳥フェニックスを人間の手から取り戻さねばならぬ」


 重々しく宣言した。


「でもっ、その部族長と部族は不死身になっちゃったんですよね?」


 恐る恐る皇帝に尋ねると、ばーちゃんが答えた。


「坊やの聖剣なら不死身など関係ないのう」


 くっ―― そういえば不死身だった蜘蛛伯爵も斬れたもんな。


「えっと、ばーちゃんは一緒に行くの?」


「わらわはまだチェスの試合が終わっておらんからのう」


 眉根を寄せて困った顔をしやがる。 


「ドラゴネッサさん、強いんじゃから。ハッハッハ」


 楽しそうに笑うアントン帝にもちょっと腹が立つ。


「アントン殿、おぬしもなかなかじゃぞ」


 ちきしょー、じじばばですっかり仲良くなってるし!


「えーっと、それじゃあセラフィーニ師匠は――」


 皆まで言い終らぬうちにレモが、


「師匠は魔法学園の仕事があるわ。今はまだ夏季休暇だけど、すぐに秋学期が始まるわよ」


「ジュキちゃん、お姉ちゃんと旅するの、嫌なの?」


 姉が目に涙を浮かべて、俺の顔をのぞきこんできやがる。


 観念してため息をつくと、ユリアがにやっと笑った。


「今回はついに美少女四人パーティだねっ、歌姫ジュリアちゃん!」


「問題児ばっかじゃん!」


 抗議した俺に、


「えーっ、ジュキちゃん、私も問題児なのっ!?」


 ねえちゃんが泣きそうな声をあげた。この人も俺を女装させようとした前科持ちだからな。


「ふふっ、ジュキ。まだ見ぬ火大陸、楽しみね!」


 好奇心旺盛なレモの笑顔が、午後の日差しにきらきらと輝いている。


「そうだな。あんたと世界の果てまで旅する約束だったよな」


「そうよ、ジュキ。どこまでも自由に羽ばたいていきましょ!」


 二人の視線が絡み合う。手をつながなくても、キスしなくても、まなざしだけで互いの愛を確かめあえるんだ。




 こうして俺は、レモとユリアとねえちゃんと共に、火大陸へ旅立つこととなったのだった。




─ * ─




第六章、最後までお読みいただきありがとうございます!

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「嫁入り」コンテスト用新作の連載を始めました。

年増はいらないと言われて竜神の生贄に差し出された聖女が溺愛される話です。

https://kakuyomu.jp/works/16817330662821436679


嫁コン、「運命の恋」コン、そしてカクヨムコンとコンテストが続くのですが、その後は必ず『精霊王の末裔』の続きを書きますので、どうかフォローはそのままでお願いします!

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