44、俺が使うのは女子更衣室? 男子更衣室?

 俺は大切なことを尋ねた。


「ちょっと待って、混浴なの?」


湯浴ゆあを借りられるから心配ないぞ」


 ナミル師団長の言葉に、俺はわずかにがっかりするやら嬉しいやら、自分でもよく分からなくなる。


「湯浴み着ってどんなの?」


 問題は布面積だ!


「ハハハ、ジュキにゃん。君のうろこはちょっと離れたら分からないようなやつじゃないか。心配無用だよ」


 あれっ? なんか話がかみ合ってなくね?


 レモも二度三度と首を縦に振り、


「そうそう、つるすべなの。ずっと撫でてたくなる感じ」


 そういえば俺、先祖返りした外見で人族地域の公衆浴場に入るのを心配していたんだった。混浴の話で頭からすっ飛んでたぜ。


「分かるのぉ」


 なぜかユリアも相槌を打っている。


「ジュキちゃんのうろこって舐めたくなるよね」


 この犬っころめ! 気をつけねば!


「ジュキにゃん、モテモテだにゃあ。アニャシは湯に入るのは勘弁だにゃ」


 耳をぺたんと寝かせて、ネコ町長が渋い声を出す。猫って水は苦手だったっけ。


「獣人のお客様には、サウナやブラッシングのサービスがございます」


 宿の人の言葉に、ネコ町長はピンっと尻尾を立てた。


「ブラッシングにゃと!?」


「気持ちいいんだよ、ブラッシングサービス。ユリア嬢も受けないか?」


 ナミル団長に誘われたユリア、


「えー、わたし毛が生えてるところ、頭くらいしかないもん」


「頭と耳の付け根だけでも充分に心地よいぜ。慣れてきたら尻尾だな」


「やだやだ、尻尾なんて他人にさわられたくないもん!」


「それがプロの技だと、今までに感じたことのない快感があるんだ。特に付け根をポンポンされると――」


 獣人族同士で何やら盛り上がりだした。


 宿の人は師匠に布の束を渡しながら、


「ご宿泊のお客様がグランテルメをご利用になる場合、無料でこちらの貸出サービスを提供しております」


「ありがとうございます。たしか湯浴ゆあはグランテルメの受付で借りられるんでしたよね?」


 師匠、グランテルメに行ったことあるんだな。


「はい。湯浴ゆあの着用は義務付けられていますから、料金に含まれております」


 


 星空亭を出た俺たちは、ナミル団長を先頭に街のメインストリートを進んだ。


 程なくして、神殿を思わせる大きな建物が現れる。かなり広い敷地に鎮座するそれは、立ち並ぶ大理石の柱が印象的な二階建ての建物だ。二階建てと言っても、一階分の高さが、普通の建物の二倍くらいある。


 正面の石段を登って中に入ると、広いロビーで皆、思い思いにくつろいでいる。


 アーチを重ねたような天井の下、ソファにもたれかかって新聞を読む人、飲み物片手に談笑する人など様々だ。


 大理石の天板がついた受付は星空亭より大きい。俺たちの番が来ると、ナミル団長が銀貨を三枚置いて、


「黒猫氏はブラッシングのみのコース、この二人は人族用の湯浴ゆあでお願いします」


 と、猫耳をつけたままの俺とレモを指差した。


「かしこまりました。大浴場を利用される方は五名様ですね。一名様、ブラッシングのご利用でうけたまわりました」


 受付のうしろには、作りつけの棚が壁一面に並んでいる。受付の人が、棚からカラフルな湯浴ゆあを持って戻ってきた。


「人族用が三着、尻尾穴がある獣人用が二着ですね。男性は手前の部屋、女性は奥の部屋でお着替えになれます」


 重ねた湯浴ゆあを受け取って、ナミル団長は意気揚々と更衣室へ向かう。


「はいこれ、セラフィーニ顧問の湯浴ゆあな」


 男子更衣室の前でナミル団長は師匠に、青い半ズボンを手渡した。


「どうも。では皆さん、のちほど」


「え、ちょっと待って。俺のは?」


 師匠、先に行っちゃったじゃん!


「ジュキにゃんはこっちだろ?」


 しれっと女子更衣室を指差すナミル団長。


「ふえぇっ!?」


 俺はつい高い声を出した。


「何言ってんの!? さすがにまずいだろ!?」


 だがナミル団長は声をひそめ、


「ジュキにゃん、まさかツインテ・ミニスカート姿で男子更衣室に入るつもりか?」


「ジュキ、危険だわ」


 レモが眉根を寄せ、


「襲われちゃうよ?」


 ユリアはこてんと首をかしげる。こいつだけ俺をからかってる気がするんだよな。


「で、でもっ!」


 女性と一緒に女子更衣室に入って着替えるなんて、さすがにそれは犯罪だよ! 今度こそ男性終了の鐘が鳴る気がする!


「ジュキは目をつむっていれば大丈夫よ。私が全部脱がせて着替えさせてあげるから」


 にんまりと悪い笑みを浮かべるレモ。


「だけど着替え終わったあとは俺、男の湯浴ゆあだろ? 捕まっちゃうよ」


「そこも安心してくれ」


 ナミル団長が鷹揚な笑みを浮かべ、


「ここに四着、女性用の湯浴ゆあがある」


「ふえぇっ!?」


 俺は再び驚愕した。


「お、男用の受け取ってこなきゃ!」


 ツインテールを振り乱して、俺は受付に駆け戻った。


 しかし列に並んでいると、


「あれ? あの銀髪の女の子、帝都劇場で人気の歌姫ちゃんじゃない?」


「ああ! 初演でうっかり上半身裸になるサービスしちゃったロリっ子!」  


「温泉に入るのか!」


 若い男女のグループがうわさし始めた。俺は自分の靴だけを見下ろして、聞こえないふりをする。レモたちが俺を隠してくれていたことに、ようやく気が付いた。一人になった途端、これだ。


「噂によると、ジュリアちゃんの乳首って桜色なんだってさ」


 なんでそんなうわさが広まってるんだよーっ! 俺は涙目のままぐっとこらえる。


「うわ、見てみたい! 湯浴ゆあも男装だといいな」


「期待していいと思うぞ。帝都でも普段は男装だっていうからな」


 俺はスススーっと受付から離れた。師匠の手にしていた男性用湯浴ゆあは、ひざ丈の半ズボンだけだったはず。乳首を隠すには、女性用の湯浴ゆあを着るしかない!


 レモたち三人は、更衣室の前に備えられたソファに座って、俺を待っていてくれた。


「女性のでいいや」


 無表情のまま告げた俺に、


「よかったぁ」


 レモが安堵の笑顔で抱きついてくる。


「私たち、全部一緒ね!」


 俺は仕方なく、目をつむって更衣室に入った。両側からレモとユリアに手をつながれ、うしろを歩くナミル団長が俺の両肩に手を置いてくれているから、あまり不安はない。


「ジュキ、目ぇ開けていいわよ」


 レモの優しい声。


「え、でも――」


 躊躇する俺に、うしろからナミル団長の快活な声が降ってきた。


「だって目ぇつむったままじゃあ着替えらんないだろ?」


 そっか、レモに着替えさせてもらうわけじゃないんだな。


 俺は意を決して、目をひらくことにした。


 透明人間になったら入ってみたい場所第一位、女子更衣室がいよいよ俺の前に姿を現す――!




─ * ─




次回『らぶらぶ公衆大浴場』

そのまんまな内容です!

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