六、魔石救世アカデミーの最期

43、幻影使いへの対抗策はこれだ!

 レモが片手を挙げた。


「私に考えがあるんだけど――」


 全員の視線がレモに集中する。


「ジュキが精霊力を溶かしこんだ水の結界で視界を覆うと、私たちも魔力視できるようになるのよ」


「そうなの!?」


 驚きの声を上げた俺を、レモがまじまじと見た。


「ジュキが思いついたんじゃない」


「そうだっけ? いつの話?」


「スルマーレ島で、ルーピ伯爵家主催の魔術剣大会に、私が出場したときよ。ジュキが私を守るため、精霊力を混ぜた水で包んでくれたでしょ?」


 言われてみれば、そんな気がする。


「レモが対戦相手のむさい男に怪我させられちゃあ、たまんねえと思ったんだよな」


 実際には、レモの対戦相手は激よわイーヴォで、俺の心配は杞憂に終わったのだが。


「それは興味深いですねぇ」


 あごをなでる師匠は、すでに魔法学者の顔になっている。


「ちょっと私にかけてもらえませんか?」


 こういう好奇心旺盛なところ、ちょっとレモと似てるよな、このオッサン。


 俺は背の高い師匠の全身に意識を向け、


「我が力溶け込みし清らかなる水よ、薄きとばりとなりて、この者にまといて守護となれ」


「おっ、視界が少し変化しましたね! ああ、耳のそばでかすかに水音もしますよ!」


 だいぶ興奮してやがるな。


「ああっ、視えます視えます! 瘴気の流れが分かりますよ! これはいいですねぇ」


「でもジュキにゃんの負担が大きすぎないか? 四人分の結界を維持しながら戦うことになるんだろ?」


 ナミル団長が心配してくれる。俺は彼女を安心させようと、ほほ笑んだ。


「俺の精霊力はほとんど無限だから、気にしなくて大丈夫ですよ」


「くっ、かわいい顔して!」


 なぜかナミル団長が片手で顔を覆った。


「そんなちっちゃいカラダのどこに、そんな精霊力があるんだ!」


「失礼だよっ!」


 俺は思いっきり抗議した。腹の立つナミルさんは放っておいて、俺はスカートの裾をはためかせて師匠に駆け寄る。


「なあ、訊きたいことがあるんだけど」


「なんでもどうぞ」


 柔和な笑みを向ける師匠に俺は、幻影使いに歌声魅了シンギングチャームが効かなかったことを打ち明けた。


「オレリアン第一皇子みてぇに、耳に魔石埋め込んでるわけじゃないのに」


「脳に魔石を埋め込んでいるのが理由でしょう」


 額から飛び出していた魔石のことか。だがどうも腑に落ちない。


「耳って横についてるじゃん。なのに、おでこが関係してくるの?」


 俺は自分の耳をさわりながら首をかしげた。ちょっと場所が違う気がするんだが。


「幻影使いイルジオンは間違いなく、ジュキくんの歌声が聞こえていました。その点、オレリアン殿下とは異なります」


 そういえばオレリアンは魔石が嵌まっていた頃、会話はできるのに音楽は聞こえていなかったんだ。


「ジュキくんの歌声魅了シンギングチャームが人間に作用するときは、まず感情を動かし、それから理性に影響を及ぼしていると考えられます。つまり理性のはたらきを抑制したり、物事の判断に介入したりしている」


 やべぇ。いきなり講義が始まった。


「人間の脳は部位によって役割が違うんですよ。理性や判断をつかさどる場所は、額のすぐうしろなんです」


「そこに魔石を刺すことで、俺の歌が聞こえてはいても影響を受けない状態になったってことか」


「おそらく、ですが」


 あいつを歌声魅了シンギングチャームで無力化するには、額の魔石を抜かなきゃならねえのか――ってそれができるときには、すでに倒してるんじゃね!?


 歌声魅了シンギングチャームは、イルジオンが従わせている魔物用と割り切って、真っ向勝負しかねえか……


 俺は小さなため息をつきつつ、覚悟を決めた。




 宿場町に戻ってきた俺たちは、オークの丸焼きを食べたいと騒ぐユリアのために、まず飯屋に入った。


「香草詰め仔オークのオーブン焼きで我慢しなさい」


 レモにさとされて、ユリアはしぶしぶうなずいた。


 メインストリートを見て回ったが、オークの丸焼きを出す店は見つけられなかったのだ。


 ナミル団長と師匠は早馬便を出しに行ったので、テーブルを囲むのは俺たち三人とネコ町長だ。薄切りにされて皿に並んだ仔オークには、まったくモンスター料理感がなく、レモも安心して口に運んでいる。


「ハーブの香りがオークの臭みを消して、思ったより上品な味わいね」


「だな。でもコクはあるし、肉質はしっとりしてるし、こいつぁうめぇや」


 オーク肉のいいとこどりをしているような料理だ。


「うみゃい、うみゃい。アニャシにはちょいとばっかし香草がきつすぎる気もしますがにゃ、肉はいつでも最高ですにゃ」


 ネコ町長も満足そう。


 ユリアは大量に重ねてパンではさみ、かぶりついている。


「うんうん。オークの丸焼きとは別物だけど、これはこれですっごくおいしいの」


 気に入ってくれたようでよかったぜ。




 すっかり腹いっぱいになった俺たちは、ナミル師団長が馬車をあずけたと言っていた宿「星空亭ほしぞらてい」へ向かった。


 道行く人に場所を教えてもらい、にぎやかなメインストリートに面した立派な宿へたどり着いた。足を踏み入れると一階は吹き抜けになっており、高い窓から差し込む午後の日差しが、磨き上げられた石の床に反射している。


 迷わずレセプションへ向かおうとして、


「あれっ、師匠とナミルさん――」


「おや、ジュキくんたち。遅かったではないですか」


 年季の入った木製カウンターの前に、ナミル師団長と並んで立っていた師匠が振り返った。


「俺たち飯食ってたから」


「私たちも済ませましたよ」


 あっそうですか。俺が沈黙していると、宿の人と話していたナミル団長が俺たちの方に体を向け、


「貴族用の寝室が一部屋、準備にあと半刻ばっかしかかるんだってさ。その間に公衆大浴場『グランテルメ』に行ってきたらどうかって」


「貴族用の部屋?」


 俺たちの中で一番身分の高いレモが、すぐに反応した。


「私、普通の部屋で構わないわよ。もちろんグランテルメも行ってみたいけど」


「いや、貴族用寝室を取るとサービスが向上するし、左右に使用人部屋がついてきて便利なんだよ。アタシと御者さんがそこに泊まろうと思ってさ」


 なんだか分からねえから、ナミル団長にお任せしようと黙っていると、レモもあいまいにうなずいた。


「そのほうが都合がいいなら、私はなんでも構わないけれど」


「助かるよ。ニョッキ元町長殿には、ちゃんと一人部屋を用意しましたから」


「気を使ってもらって悪いニャ」


 部屋割なんかどうでもいいと思っていたが、だんだん気になってきた。


「ナミルさん、俺は誰と――」


「ああ、ジュキくんは師匠とツインルームでいいかな? 一番安全だと思うんだ」


「うん、それでお願い」


「ちょっと待ってよ! 師匠と過ごすのが安全ってどういうこと!?」


 声を上げたのはレモだった。


「ジュキは私の婚約者なのよ!? どうして師匠にゆずらなきゃいけないの!?」


 一同全員、うわめんどくさいことになった、という顔になる。困ったような微笑を浮かべて立っている宿の人に、気を利かせた師匠が、


「あとで話し合いましょうか」


 と提案した。


「そうそう、とりあえず今は温泉に行こう、温泉!」


 何度も首を縦に振るナミル師団長。


「天然温泉なの?」


 好奇心にあらがえないレモが質問する。話を変えられたことには気付いているんだろうが。ホッとした顔で宿の人が、


「はい。何代か前の領主が、土魔法の名手を集めて掘り当てたんです」


 と説明すると、レモとユリアから歓声が上がった。


 だが俺は行くかどうか迷っていた。故郷の村では気にせず川で水浴びしていたが、人族の宿場町で手足のうろこをさらす勇気が出ない。


 でも俺が行かないって言ったらレモとユリア、がっかりするよな、などとグルグル考えてしまう。


「どうしました?」


 おっとりとした声に振り仰ぐと、師匠が優しい笑顔で見下ろしている。


「いや俺、こんな体だからさ……」


 苦笑すると、


「さすがジュキにゃん。恥じらう姿がかわいいのう」


 ナミルさんが早速にんまりと笑う。


「ジュキのカラダ、すっごく綺麗よ?」


 案の定、寂しそうな顔をするレモに、


「綺麗か汚いかじゃなくて、目立つじゃん」


「大丈夫! 私たちがしっかり守ってあげるから!」


「そうだよ、ジュキにゃん!」


 ユリアがこぶしを握って見せる。


 ナミル団長は豹柄の尻尾で、俺の腰のあたりをバシバシとたたいた。


「アタシが抜群のプロポーションでジュキにゃんの前に立ちはだかって、衆目を一身に集めてやるから安心しな!」


「え、ちょっと待って。混浴なの?」




─ * ─





次回『俺が使うのは女子更衣室? 男子更衣室?』

もう一度、幻影使いイルジオンに挑む前に、ひとっ風呂浴びて英気を養いますよ!

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