42、幻影使いの切り札

清浄聖光厖闊ルーチェプリフィカ・グランデ!」


 レモの聖魔法が完成した。


 あたたかい光が満ちあふれ、イルジオンも、モンスター二体も包み込んで白く輝き出す。


 俺たちには無害な光の中へ、ユリアが走り込み、


「てやっ、とう!」


 戦斧バトルアックスでモンスター二体をたたいた。軽く小突いただけに見えたが、特大聖魔法の中で彼らはあっという間に浄化され、黒い霧に変わることもなくかき消えた。コロコロと浄化された綺麗な魔石が大地を転がる。


 残るは幻影使いイルジオンのみ――


 だが白い光の中で、イルジオンの輪郭がゆらりとぶれた――と思ったら……


 えっ、俺!?


 白い衣に身を包んだ銀髪の少年が、震えながらレモに懇願し始める。


『どうして――?』


 声には出さずに、唇だけを動かして問う。くるりとカールした銀色のまつ毛が涙に濡れ、青ざめた頬にツインテールがかかる。


「レモ、だまされるな!」


 俺は腰の聖剣を抜いてレモと、偽物の自分の間に飛び込んだ。


 気をそがれたレモの聖魔法は、すっかり力を失っている。


 俺は、姿を変えた幻影使いイルジオンと対峙した。まるで鏡を見ているようだ。聖剣の柄を握る右手に力がこもる。


「ふざけるなっ!」


 だが剣を突き出す瞬間、イルジオンの姿はまた変化した。


 美しいピンクブロンドの髪をなびかせた、愛らしい少女に――


『やめて、ジュキ』


 さくらんぼのような唇が、明確に動いた。


 幻影だってのは、分かってる。本物のレモはうしろにいるんだから。


 俺はたまらず目を閉じた。竜眼ドラゴンアイなら、禍々まがまがしい黒い影しかとらえないから。


「許さねえ!」


 俺は聖剣を横に薙いだ。


 だが一瞬遅かった。


 瀕死の怪我を負ったように見えたイルジオンだが、大きくうしろに飛んで聖剣を避けたのだ。太い幹のうしろに隠れ、その姿は良く見えない。


 だが足元にはユリアがいるはず!


「逃がさないもん!」


 イルジオンのジュストコールをつかんだようだ!


風纏颯迅ヴェローチェファルコン!」


 飛翔の呪文を唱えるや否や、ジュストコールを脱ぎ捨て垂直に舞い上がった。


 重なる木の枝を折って、空へと突き進む。


 気絶したままの師匠たちを置いて、追いかけるわけにもいかない。


 レモの姿をした者を聖剣で斬ろうとした恐怖心が、今も心に重くのしかかってくる。


「ジュキ――」


 レモがうしろから俺を抱きしめた。


「偽物だって分かってても私、ジュキの姿になられたら攻撃できないよ……」


 俺も同じだ。レモの姿をした敵に剣を向けるなんて、心が疲弊する。


「レモ、つらかったな」


 俺は涙を浮かべた彼女に向きなおると、そっと抱き寄せた。


 ユリアは、魔法陣の刺繍された布で戦斧バトルアックスを手入れしながら、近づいてきて、


「あいつ最後逃げる瞬間、わたしにオークの丸焼き見せたんだよ?」


「は?」


 抱き合ったまま、間抜けな声を出す俺。


「だからぁ、ジュキにゃんにはレモせんぱいの姿、レモせんぱいにはジュキにゃんの姿になって命乞いしたんでしょ?」


 懇切丁寧に説明してくれるユリア。馬鹿なユリアに眉をひそめられたくないぞ。


「わたしには、オークの丸焼きになって見せたんだよ。匂いなんてしないはずなのにおいしそうで、ぶっとい足をつかんだはずが幻影だったの」


 なんだよ、オークの丸焼きって……


 すっかりロマンチックな雰囲気は消え去って、レモは師匠たちのために聖なる言葉を唱えだした。


「聖なる光よ、まわしきけがれを打ち消したまえ」


「はぁ、おなかすいたなあ」


 平常心すぎるユリアにバレないように、俺は目じりに残っていた涙を指先でぬぐった。


「ジュキにゃんの故郷はオークの丸焼き食べた? 腹を開いて内蔵取り除いて、そこに鉄の棒を差し込んで直火の上で焼くの。皮はパリパリ、中はジューシー、炎の上に脂がたれてきて、ジューっていって――」


清浄聖光ルーチェプリフィカ!」


 普段からは考えられないくらい饒舌になったユリアを無視して、レモは師匠たちに治癒魔法をかけた。


「ううっ、私たちは一体何を―― レモさん!?」


 目を覚ました師匠は、レモを見るなり飛び起きた。


「無事だったのですか!? ジュキくんも、ユリアさんも――」


 いつも冷静な師匠にしては、尋常じゃない取り乱し方だ。


 レモが静かに尋ねた。


「師匠、幻影使いイルジオンに幻影を見せられていたんじゃない?」


「――あ」


 レモの言葉に、師匠は頭を抱えた。


「私としたことが、なんと情けない――」


 起き上がったナミル師団長も、


「猿ぐつわをかまされて傷だらけになった三人を爪に引っかけて、羽の生えたオーガが二体、空から舞い降りてきたんだ」


 悔しそうに唇をかんだ。


 ネコ町長は敵が目の前にいるかのように全身の毛を逆立てて、


「仮面の男が現れて、アニャシたちが抵抗しにゃければ、ジュキにゃんたちの命だけは助けてやるっていったのにゃ」


「ほんっとーにやること汚ねぇな、あいつ」


 俺は足元の石を蹴り上げた。大切な人を思う気持ちを、どこまでも利用してきやがる。


「抵抗しないアタシたちに臭い息を吹きかけやがったのさ、あいつは」


「幻影使いイルジオンの口から出ていた黒い煙は、毒性の強い瘴気でしょう」


 師匠がナミルさんの話を補足した。


「呪文を唱える素振りもにゃいから、アニャシたち誰も避けられなかったニャ」


 息を吐くだけだもんな。


 師匠はいまだ後悔のにじむ苦々しい顔で、


「今日は宿に帰ってゆっくり休んで、幻影にだまされない方法を考えましょう」


「でも」


 と疑問の声をあげたのはレモ。


「明日はネコ町長さん、いないんでしょ? ここに戻って来られる?」


 確かに瘴気の森は広い上、目印もない。


「ご安心ください。私の特製魔道具に、太陽と月の位置から計算した座標を登録しています」


 おととい自慢げに見せていた魔道具か。羅針盤が、折り畳み式の金属製地図に埋め込まれたみてぇなヤツな。


 街道の方へ向かって歩きながら、ナミル団長が今後の計画について話し始めた。


「宿場町からは早馬便を出そう。騎士団長に手紙を書いて、魔力視のできる魔法騎士を混ぜた護衛団をよこしてもらう。彼らにしっかりと守ってもらって、ニョッキ元町長殿は家までお送りしよう」


「それなら安心ニャ」


「問題は我々の方ですよ」


 師匠が口をはさむ。


「魔力視のできる魔法騎士に大した戦闘力はありませんから、幻影使いイルジオンとの戦闘に巻き込むわけにはいかない」


「そうだけど、幻影を見破れるジュキにゃんと一緒に行動すれば問題ないだろ?」


 ナミル団長の気楽な物言いに、レモが片手を挙げた。


「私に考えがあるんだけど――」





─ * ─



レモの提案とは?

第二章の頃にラピースラの悪霊を見破る際、使った方法です!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る