41、幻影使いとバトル

「なぜ、そんな姿に?」


 好奇心からレモが、幻影使いイルジオン公爵令息に質問する。


「こいつのせいさ」


 イルジオンは右の額から突き出た魔石を指差した。


「魔力を司るのは頭の前の方、それも右側だという学説があってな。ここに魔石を埋め込むと魔力量が増大するらしい」


 だからといって、あんな馬鹿でかい魔石を埋め込む必要もないだろうに。


 俺のあきれ顔から胸の内を察したのか、イルジオン公爵令息は面白そうに笑った。


「フフフ、大きな魔石ほど魔力量も増えるのさ。私の素晴らしい幻影たちを見ただろう?」


「あー、理解したわ」


 レモが感情のない声でつぶやいた。


「欲をかいたら右半身に瘴気がまわって、魔物化しちゃったってわけね」


「欲をかいただと!?」


 いや実際そうだろ。アカデミーの奴らが魔石を埋め込んでいるのは見慣れたもんだが、お前ほどデカいのは初めて見たよ……。


「私に舐めた口を利いていられるのも今のうちさ。お前たちは無抵抗で、この魔物たちに殺されるのだから」


 俺たちが抵抗すれば、人質の命はないと抜かすのだろう。


「くそったれが」


 口の中でついた悪態は、どうやら聞こえていたようだ。


「銀髪のお嬢ちゃんは、よく分かっているようだね?」


 お嬢ちゃんじゃねーっつーの。だが言い返す余裕はない。人質に指一本触れさせずに、どうやってこの場を切り抜ける?


 ちらりとレモを見ると、彼女も額に汗をにじませて、思考を巡らせているようだ。


「さあ、魔物たちのエサになるのだ!」


「じゃあ、わたしから食べて!」


「ユリア!?」


 戦斧バトルアックスを投げ捨てて一歩、歩み出る彼女に、俺は思わず声をかけた。


「わたしは魔法が使えないから安心してね」


 そう、これはユリアの作戦なのだ。何も思いつかないユリアらしい、俺たちに丸投げ作戦。肉弾戦に有利な自分が出て行って、少しでも時間を稼ごうというのか。


 だがそれは、俺とレモを信頼してこその行動だ。


 目線だけ動かしてレモを見ると、呪文を唱えている様子はない。この至近距離だ。術を完成させるまでにバレて、人質に手をかけられてしまう。


 瞬時に大量の水でモンスターを窒息死させる? だがアカデミーに改造された魔物が、簡単に窒息なんかするのか? 師匠たちはモンスターの足元にいるのだ。俺たちが救うより先に、踏み潰されたら終わりだ。


 ああ、どうすれば―― 誰か名案を!


 ああ、神々よ――


 混乱のせいか、頭の中に何度も練習したオペラの叙唱レチタティーヴォが流れてきた。


 そうだ、歌ならごまかせるかも知れない。俺が聖剣の騎士であることは知れ渡っていても、歌声魅了シンギングチャームがどれほどの威力を発揮するか、気付いている者はほとんどいない。


 シャラララン――


耳の奥で、叙唱レチタティーヴォ部分の始まりを告げるチェンバロの和音が聞こえた気がした。


「――ああ、神々よ! なんという運命!――」


 俺は唐突に演じ始めた。


 場違い感がすごい! だが気にしちゃだめだ。俺は聖剣の騎士である前に歌手なんだから!


「え……」


 幻影使いイルジオンは固まった。


「なんでお前、セリフ歌うの?」


 冷静に訊いてくる。


 くそっ、恥ずかしい!


 いや、恥じらいなど捨てるんだ。


 お前は観客の前で羞恥心など覚えるのか?


 否。


 聴く者がいるのなら、俺はいつだって演じきってみせる。


「――おお、悲しみよ。おお、無慈悲な星々よ!――」


「ハハハ、気でもふれたのか? 無駄に高い声で歌いやがって」


 くそっ、俺の声を馬鹿にしたな!?


 だがそんなことで、へこたれたりはしない。歌い続けるんだ。


 そうだ、俺は誰だ? 帝都を席巻した稀代の歌姫だろ!?


「――愛に生きる者を見捨てるというのか!――」


 片手を胸に当て、もう一方の手を観客へ差し出し、物語に入り込む俺。


 ここでジャジャーンってチェンバロが鳴るんだよな。うん、俺の耳には確かに聞こえるぞ。マエストロ・フレデリックが弾くチェンバロの音色が。


「くだらん。最後につまらん茶番劇を見せてくれたこと、礼を言うぞ」


 イルジオンは気付いていないようだ。彼のうしろに立つ改造モンスターが二匹とも、とろんとした目をしていることに。


 イルジオン自身が歌声魅了シンギングチャームになかなか掛からないのは想定外とはいえ、魔物二匹さえなんとかすれば、こちらは三人。人質を奪い返せるはずだ。


 気分がよくなってきた俺は、その場で即興して、魔物たちへ歌いかけた。


「――帰りなさい、森の住人よ。

 戻りなさい、汝のすみかへ――」


「ふん、美しい声に免じて、私が許すとでも思ったか? 残念だったな。私はもう人間の心を捨てたのだ」


 偉そうにべらべらとしゃべるイルジオン。その声と俺の歌声にまぎれて、レモがこっそり唱える呪文は聞こえていないようだ。


「襲え!」


 モンスターたちを振り返ったイルジオンは、初めて異変に気が付いた。


「どうした、お前たち!」


 鞭を振るわれても、魔物たちは怒りもしないし、誰にも襲いかからない。


「貴様、何をした!?」


 イルジオンが俺を振り返ったときには、ユリアが師匠とナミル師団長、ネコ町長を怪力で持ち上げて走ってきたところだった。


「勝手なことを!」


 鞭を捨てたイルジオンの右手に、魔法弾が浮かぶ。


「水よ、やいばとなりて我が意のままに駆けよ!」


 人質さえ取り返せば怖いものはない。俺の言葉と共に水が走り、イルジオンの右手をひじのあたりからバッサリと切り落とした。


「ギャッ」


 ボトッ、ボトボトッ、と音を立てて、傷口から真っ黒い粘性の液体がこぼれおちる。地面にふれた途端、シューシューと音を立てて雑草が枯れていく。


 やべぇ、あいつの右半身、瘴気のかたまりじゃん……


「水よ、我らを守りたまえ!」


 あんな体液、一滴でも飛ばされたらかなわないので慌てて結界を張る。


「よくもぉぉぉっ!」


 イルジオンが叫ぶと、斬られた腕から無数の黒い手が生えてきた。


清浄聖光厖闊ルーチェプリフィカ・グランデ!」


 だがイルジオンが次の攻撃を放つより先に、レモの聖魔法が完成した。




─ * ─


幻影使いはレモの聖魔法で倒されるのか!?



昨日、更新忘れました!

日曜日まで3日連続更新しようかな、と思っております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る