40、熱湯大作戦!
俺が翼を解放すると同時に、レモが浮遊魔法で舞い上がった。
悠久の時を過ごすうち木々に侵食され、絡みつかれた壁を見ながら、神殿の上まで浮かび上がる。
「
レモはさくっと結界を解いた。
何重にも絡み合う枝の間から見える、建物の開口部に向かい――
「熱湯」
バチャバチャバチャ。
緊張感のない音と共に湯気を立てて、お湯が流れ込んでいく。
「ギョゲゲゲゲ!」
「ピギャー」
神殿の中から聞こえるのは、不気味な叫び声。
「やっぱりモンスターがいるっぽいな」
「みたいね。でも誰も外に出てこないわね」
レモは神殿の入り口を見下ろしている。レモをだました
「幻影使いのいるところまで流れるうちに、ちょうど気持ちよいお湯になってんのかな」
俺は神殿内をのぞきこむが、もうもうと立つ湯気に邪魔されて何も見えない。
「もう少し下の階から熱湯入れてみましょ」
レモは二階分ほど下がると、三階あたりの高さで中をのぞきこんだ。
「聖なる光よ、
光魔法を投げ込むと、廃墟と化した広間に見えたのは――
「あ、モンスターたちが鎖につながれてるわ」
「それで逃げられねえのか。かわいそうだな」
熱湯攻撃を躊躇する俺に、レモは言い切った。
「解放されたら私たちを襲いに来るんだから、やられる前にやるのよ、ジュキ」
「はい。では、熱湯」
「ギギギー!」
「グオオオオ!」
のたうち回るやつらを見たくないので、俺は窓のような開口部から距離を取った。レモは空中に浮かんだまま、広間の様子を凝視している。
「何体かは魔石に戻ったわ。どうして幻影使いは姿を見せないのかしら。自分の手ごまが減らされてるのに、私たちを迎え撃たないって変じゃない?」
「中でやけど負って死んじゃったのかな?」
レモのうしろに浮かんだまま適当なことを言うと、
「今までさんざん私たちに幻影を見せてくれた相手よ? 最後の最後に限って、私たちが来たことに気付かず熱湯かぶるなんてありえないわ」
「だよな……」
モンスターどもの阿鼻叫喚を聞きながら、俺は腕組みする。
「幻影使いイルジオンの望みは、皇帝の座を乗っ取ることだったよな?」
「そう、そのために皇家側の戦力である私たちを片付けようと――まさか師匠たちを人質に取ったんじゃ!?」
「ええっ!?」
俺はレモの推理に驚きの声をあげた。だが、冷静になって考えると――
「師匠たちだって強いだろ? いくらなんでも――」
「でもジュキがいないと、幻影か本物か、見分けがつかないのよ?」
「レモがだまされたんだもんな……」
不安になる俺の手を、レモが握った。
「急いで戻りましょう!」
レモは浮遊魔法をコントロールして、どんどん下降してゆく。
「ジュキにゃん、レモせんぱい、どこ行くのー!?」
「あ、ユリア忘れてた」
俺は慌てて舞い戻ると、木の枝に引っかかっていたユリアを回収し、もう一度地上へ向かって飛んだ。重なる枝を右へ左へ避けながら、ひたすら下りるうちに地上が見えてきた。
「あれ、師匠たちじゃないか!?」
「なんだか様子がおかしいわ」
少し下を飛ぶレモが緊迫した声を出す。
「みんな倒れてるのぉ。でももう一人、誰かいるのぉ。あ、木の陰にモンスターも二体いた」
目の良いユリアが、俺の腕の中で恐ろしいことを言う。
地上で繰り広げられていたのは、想像しうる限り、最悪の事態だった。
「遅かったではないか」
舞い降りた俺とレモを迎えたのは、仮面をつけた男。異様に大きな右手に鞭を握っている。特注と思われる革グローブを嵌めているから見えないが、あの右手に魔石が埋め込まれているのだろうか?
「師匠たちに何をした!?」
妙にまがまがしい気配を放つ男のうしろには、眠らされ、大木に寄りかかっている師匠とナミル師団長、そのひざの上にネコ町長。二匹のオーガが三人を囲むように立ち、見張っている。どちらも翼が生えているところを見ると、魔石救世アカデミー謹製モンスターだろう。
「ちょっと眠ってもらっているだけさ。君たちが抵抗しなければ、彼らを殺しはしない。大切な人質だからねぇ」
人を馬鹿にしたような物言いが気に食わない。
「お久しぶりですわ、イルジオン様」
レモがまるで夜会で再会したかのように、ふわりと
「なっ、なぜ私を知っている!?」
「以前、劇場でお見かけしましたわ。お声で分かりましたの」
「イルジオン様、もしかしてセラフィーニ先生とナミル副師団長を、瘴気の森のモンスターから救って下さったのですか?」
えっ!? レモの言葉にイルジオンも俺も絶句した。
「それならお礼を申し上げなくては。一緒にモンスターを倒して、瘴気の森から脱出しましょう」
なるほど、魔物二匹とイルジオンを引き離す作戦か。とりあえずイルジオンが魔物に命令できない状況を作れれば、師匠たちの命は守れる――かも知れない。
「何が『瘴気の森から脱出しましょう』だ! だまされないぞ」
さんざん俺たちをだましてきた幻影使いは、声を荒らげた。
「帝都に帰ろうものなら、私は魔石救世アカデミーの筆頭幹部として獄につながれる身だ。お前の口車には乗らん!」
「まあ、残念ですわ。ナミル獣人師団長とセラフィーニ元魔術顧問を救われたあなたなら、情状酌量の余地もありましょうに。わたくしも騎士団長に口添えしますわよ?」
おお、よくもまあ口から出まかせを。本当に心強いな、レモのやつ。つい今しがた、あわよくば幻影使いもろとも俺の熱湯で煮殺そうとしていた者のセリフとは思えねえ!
「たわごとをっ!」
イルジオンは吠えた。
「しらばっくれるなよ、レモネッラ嬢。こいつらを気絶させたのが私だと分かっているくせに」
レモは何も言わなかった。静かに相手の出方を見守っているようだ。
「それに私はもう、まともな人間の社会には戻れないのだ!」
言うなりイルジオンは仮面を剥ぎ取った。
「なっ」
「――――!」
「わぁ」
俺は思わず声を上げ、レモは息を呑んだ。あまりに奇怪な素顔に、ユリアは慌てて口をふさぐ。
男の顔の左半分は、どこにでもいそうな貴族といった風貌だが、特筆すべきはその右側。額からはこぶし大の魔石が突き出ている上、灰色に変わった皮膚はひび割れ、その隙間からいくつもの目玉がのぞいていた。
「なぜ、そんな姿に?」
好奇心からレモが質問した。
─ * ─
イルジオン公爵令息はなぜ化け物と化したのか?
人質をとられたジュキたちは、どう戦う!?
次回『幻影使いとバトル』につづく!
ジュキが熱湯を流し込んだ神殿の挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/Velvettino/news/16817330662041751506
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