39、古代エルフが残した大樹の上の神殿

亜空間瞬間圧縮ハイパースペースプレシオン!」


 レモの空間魔法が発動した!


「ぐぎやあぁあぁぁぁ……!」

 ミシミシッ、バギッ!


 空間の裂け目に消えていく男から、断末魔の悲鳴が上がった。同時に聞こえたのは、全身の骨が砕ける恐ろしい音――


 さすがのユリアも戦斧バトルアックスを右手にぶら下げたまま、つり橋の上に立ち尽くしている。


「なんの、術――?」


 男の悲鳴が消えてしばらくしてから、俺はとなりのレモに訊いた。


「空間使いスパーツィオは空間を渡るとき、瞬間移動しているように見えて一瞬、があったのよ。おそらく一旦、亜空間に移動して直後に、現実世界の任意の位置に出現していたってわけ」


 太い枝に座ったまま、レモは淡々と説明を続けた。


「今の術は、スパーツィオが入った亜空間を強制的に閉じる術よ」


「中にいるスパーツィオごと、押しつぶしたってわけか」


「正解」


 怖い……!


 思わず身震いした俺を、レモがそっと抱き寄せた。ツインテールに結われた俺の銀髪に指をからめ、もう一方の手のひらで、猫耳の間をぽんぽんと優しくたたいてくれる。


「そんな怯えた顔しないで。私のかわいい白猫ちゃん」


「すごい術があるもんなんだな」


 俺はかすれた声でつぶやいた。耳の奥には今もまだ、スパーツィオの体中の骨がゴキバキと折れていく音が残っている。


「さっきスパーツィオの戦い方を見てて閃いたから、師匠と一緒に即席で考えたのよ」


「すげぇ……」


 発想も、容赦ない胆力も、道を歩きながら新たな魔法を作り出す能力も、全てが規格外だ。


「師匠のアドバイスがあったからよ」


 レモはクスっと笑ってから、俺の首元に唇を押し付けた。


「怖い思いさせてごめんね」


「いやいやいや! 俺はあんたをだました幻影使いを倒しに来たんだ!」


 レモは俺が守る! かわいいだけの美少女子猫ちゃんに、なり下がってたまるもんか!


「それにしても幻影使いはどこにいるのかしら?」


 レモは浮遊魔法を操って、ユリアのとなりに着地しながら疑問を口にした。俺も彼女のとなりに降り立ち、


「もうちょっと先に進んでみるしかねえか」


「この辺に幻影はあるの? ジュキには見えてる?」


 レモが俺の胸の辺りをのぞき込む。胸に開いた竜眼ドラゴンアイと目線を合わせてるつもりか?


「や、やめて?」


 思わず胸の辺りを手のひらで隠す俺。化け物っぽい外見になっちまったの、気にしてるのに。


「かわいーっ!」


 途端にレモが抱きついてきた。


「猫耳つけて、銀髪ツインテでミニスカート履いて、胸に手をあてて『や、やめて?』なんて、私を悶絶死させるつもりっ!?」


 レモの反応がおかしい! 俺は小さなため息ひとつ、


「きみだってピンクの猫耳つけて、かわいいんだよ?」


 こてんと首をかしげると、首元の鈴がチリンと鳴った。


 しまった。


 思った通り――


「やぁぁぁん、ジュキにゃんっ! たまんないわっ!!」


 レモがまた、俺の首に腕を回してきた。


「あともう一人、探すんでしょ? ナントカ使い……」


 ユリアがやや呆れた声を出す。


「なんだっけ、ヘンタイ使い? あ、それはジュキにゃんか」


「は!? なんでだよ」


 レモに抱きしめられたまま、ユリアをにらむ俺。


「だってジュキにゃんの周り、ヘンタイばっか」


「あんたも俺のスカートめくったり、変なとこさわったり、ヘンタイのうちの一人だろ」


 事実を並べたてると、ユリアはかわいげのない顔で、


「ちっ」


 と舌打ちした。


「とにかく、ここらへんに幻影はないよ」


 ようやく離れてくれたレモに答える。


「変よね。アジトに入る前はさんざん幻影を見せてきたのに」


「このあと、よっぽど強いモンスターを用意してるとか――」


 適当に予想しながら、木の中に作られた道を歩いていたら、


「なんか神殿みたいなのが見えてきた」


 ユリアが、生い茂る葉に透ける何かを指差した。


「まさか木の上に、古代エルフの建物が残っているのか!?」


 目をこらすと、半ば大樹と同化しかけているものの、古い神殿のようだ。


 レモも感嘆のため息をもらしながら、


「千年以上前にエルフがかけた保護魔法が残っているから、成長する瘴気の森に呑み込まれながらも、崩れずに残っているのね」


「敵はあの中に立てこもってるってぇわけか」


 古代エルフが木の上に築いた古道を進むうち、神殿に続く階段が見えてきた。


「おっきいのぉ」


 巨木の上に築かれた神殿を、ユリアは呆然と見上げている。


 一方レモは、太い枝の上に作られた、曲がりくねった階段を進みながら、


「籠城戦につきあってやる義理はないわよね」


 挑発するように、神殿へ不適な笑みを向けた。


「俺たちが不利ってわけか」


「ほぼ確実にね。だって幻影使いは当然、神殿の間取りを把握しているはずよ。建物を利用したり、隠れて私たちの不意を突いたりできるわ」


「う~ん、じゃあさぁ」


 ユリアは人差し指を唇にあて、何やら考えている様子。


「神殿、いっぱい穴あいてるでしょ? 周りの木から虫さんたくさんつかまえてきて、空飛んで上から投げ入れたら、みんなびっくりして外に出てくるかも」


 確かに神殿の建物は、まるで幹を利用して作ったように、そこかしこに空間があいていた。


 しかしレモはあからさまに嫌な顔をして、


「空飛んで大量の虫を運ぶ役目は誰がやるの?」


「レモせんぱいとジュキにゃん!」


 俺もかよ。


「虫より俺の熱湯注いだ方が消毒されて綺麗じゃね?」


「いいわね、それ!」


 レモが、神殿の入り口に続く階段の途中で、立ち止まった。


「でも普通に考えたら結界張ってあるか」


 冗談が採用されて驚いた俺、つい冷静になる。


「結界なんて私の聖魔法で解除するわよ」


「マジで熱湯案、採用なのか……」


 幻影使いが熱湯で倒せたらラッキーだが、さすがにそこまで弱くはないだろう。とはいえ、神殿からあぶり出すくらいはできるはずだ。


「じゃあ出発する? ジュキにゃん、抱っこ」


 ユリアが両手を俺の方に伸ばしてくる。


 しかしレモが腰に手をあて、


「ユリア、あんたは向かいの木の上にでも登って、眺めてなさい。地上にいると熱湯が垂れてきて危ないから」


「えーっ」


 ものすごく不満そうな声を出すユリアに、


「いっつもいっつも、空飛ぶたびにジュキに抱っこしてもらうなんて、甘ったれたらダメなのよ?」


「レモせんぱい、ジェラシーなの」


「ぐぬぬっ」


「オーガみたいな顔になってるから言うこと聞いておこーっと」


 ユリアは言いたいことだけ言って、くるりと背を向けると、階段を下りて木の中に戻って行った。


「それじゃあジュキ、熱湯作戦開始よ!」


 俺たちは手をつないで、エルフの神殿がそそり立つ空へと舞い上がった。




 ─ * ─




次回『熱湯大作戦!』

作戦通り、幻影使いは神殿の外に出てくるのか!?

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