38、空間使いの策略

「ちょっと待って。そっくりっていうか、まったく同じ遺跡じゃない!?」


 硬い声を出したレモが、足を止めた。


「うん! あのまあるいおうち、さっきから何度も見てるけど、全部一緒だよ!」


 元気なユリアの返答に、背中がぞくりと寒くなる。


「俺たち―― 同じところをぐるぐる回ってる?」


「空間魔法を使われているんだわ!」


 レモがすぐさま答えた。


「空間使いスパーツィオか!」


 俺も敵の名を思い出す。レモはうなずいて、


「空間をねじ曲げて、二つの地点をつないでいるのよ。私たちから逃げる際、空間移動していた様子だと、そんなに遠い二地点をつなげるとは思えないけれど」


「よく分かんねえけど、どこかにワープポイントがあるって理解であってる?」


「ええ、そんな感じよ」


 それなら――


竜眼ドラゴンアイで魔力の流れが不自然な箇所を探せば、ワープポイントを見つけられるかな?」


「そうよね!」


 レモが俺の手を握った。


「ぜひお願いするわ!」


 それからもう一度、見覚えのある道を進んだ。竜眼ドラゴンアイに感じる魔力の流れを注意深く観察しながら。


「あ。あのつり橋の真ん中――」


 俺は行く手を指差した。


竜眼ドラゴンアイで見ると、光のカーテンが降りてるみてぇな……」


 オーロラのような虹色の光が、帯状にゆらゆらと揺れている。


「素晴らしいわ、ジュキ! きっとあのつり橋が、途中から最初のつり橋につながっているのよ」


 ユリアがトテトテとつり橋の中央に走って行き、


「そういえば毎回、つり橋渡るたびに匂いが変わる場所があったの」


 オーロラのカーテンに首を突っ込んだり出したりしながら、


「おもしろーい。まわりの景色がちょびっと変わるよ」


「どいてろ、ユリア。聖剣で空間を切り裂くから」


 剣の柄に手をかけた俺に、レモもうなずいて、


「第一皇子が私たちを亜空間に閉じ込めたとき、聖剣にかけた空間魔法、覚えてる?」


「ああ。『亜空間消滅リアルリターン』だろ? 呪文なんだっけ」


「書き留めてあるわ」


 斜めがけしたポシェットから手帳を取り出すレモを見ながら、橋の真ん中でユリアが首をかしげた。


「ねえねえ、空飛ぶ術で、この変な部分だけ飛び越えればいいんじゃない?」


「「…………」」


 沈黙する俺たち。


 ややあって気を取り直したレモが、


「ね、ねえジュキ。空間が歪んでる部分って、飛び越えられるような大きさなのかしら?」


 両腕を大きく広げ、


「こう、空間全部に魔法がかかっていたら、どこまで行っても越えられないじゃない?」


「そんな広いスペースじゃないな」


 俺は竜眼ドラゴンアイで、空間の歪みを作り出しているカーテンのサイズをよくよく観察する。


「ただ、つり橋の一部分を完全に覆ってるから、空を飛ばない限り迂回は不可能ってだけで」


「ふん。私たちの敵じゃないわね。大した力もない空間使いめ」


 気付いたのはユリアなのに、妙に偉そうなレモ。


聞け、風の精センティ・シルフィード。汝が大いなる才にて、低き力のしがらみしのぎ、我運び給え」


 何事もなかったかのように呪文を唱えだした。


 俺が竪琴を亜空間収納マジコサケットにしまっていると、ユリアがつり橋のたもとまで戻ってきた。


「ジュキにゃん、抱っこ」


「あんたも浮遊魔法くらい使えるようになってくれよ」


 文句言いつつ、ユリアの身体に精霊力をまとわりつかせて体重を軽減する。それから抱き上げ、俺も翼を広げて浮かび上がった。


空揚翼エリアルウィングス


 風魔法で空中を移動するレモを案内するように、少し先を飛ぶ。


「変なカーテンはここまでだよ」


 帯状に広がるオーロラを越えたとき、


「「あ」」


 俺とユリアは同時に声を上げた。


「どうしたの?」


 すぐにレモも俺たちのうしろからのぞき込み、


「へえ。空間使いさん、つり橋の上に立って空間魔法を維持してたのね」


 クスッと意地の悪い笑みを浮かべた。


 つり橋の反対側には、空間使いスパーツィオが立っていた。両手を前に突き出し、俺たちを惑わした空間魔法を発動し続けているようだ。


「なんだか間抜け」


 ユリアがボソッとつぶやく。その通りである。


 今は木と同化しておらず、人間の姿だった。


「ちゃんと服着てるね。フクーツィオになっちゃった」


「そんな腹痛みたいな名前があってたまるか」


 一応突っ込んでから、俺はレモに尋ねた。


「どうする? ここから魔法弾放って仕留めるか?」


 空中で羽ばたきながら、


「でも気付いた瞬間に、空間渡って逃げそうなんだよな」


「ふふふ、考えがあるの。ジュキとユリアには通常通り攻撃してもらえばいいんだけど」


 レモはちらりと、俺に抱えられているユリアを見た。


「このままの体勢だと、ユリアが戦力にならないわね。つり橋を渡った木まで飛んで行って、空間使いのうしろから攻撃しましょ」


 レモが指差した大木の上まで、俺たちは移動した。


 太い枝にそっと着地する。瞬間、枝はかすかにしなったが、つり橋の上にいる空間使いが気付いた様子はない。


「こっから飛び降りていい?」


 戦斧バトルアックスを構えて尋ねるユリアに俺は、


「待ってくれ。あんたが飛び降りたら絶対に敵が気付く。そうしたらまた空間を渡って逃げられるぞ」


「ねらってるのは、その瞬間なの」


 レモが自信たっぷり、ウインクして見せた。


「ジュキはユリアの援護をしてあげてね」


「分かった」


 俺がうなずくのと同時に、


「じゃ、行ってきまーす!」


 ユリアがひらりと枝から身を躍らせ、レモが呪文を唱え始めた。


聞け、風の精センティ・シルフィードくうべるぬしよ――」


 ユリアの着地と同時につり橋が大きく揺れて、びっくりした空間使いが飛び上がった。


「な、何やつ……!?」


「ユリアだよー」


 答えはのんびりとしているが、意外なほど身軽につり橋の上を走って、戦斧バトルアックスを一閃する。


「同化!」


 空間使いが叫ぶと同時に、前に突き出した左手が大木に変じ、戦斧バトルアックスを受けとめた。


「死ねっ!」


 同じく大木となった右手をユリアめがけて振り下ろすが、


「水よ!」


 まだ人間のままだった首から上をねらって、俺は水球を放つ。


「ぐふぅっ! い、息が――」


 首から上をすっぽりと水に覆われた空間使い。呼吸を確保するためか、頭から小枝が生え出し、上半身がみるみるうちに樹木と化していく。


「足の小指をねらって、えい!」


 だがまだ人間体だったブーツの端に、ユリアの戦斧バトルアックスが振り下ろされた!


「ぎゃーっ、痛い!」


 男はたまらず右半身から、かき消えていく。


「空間を渡るつもりか!?」


 そのときだった。


亜空間瞬間圧縮ハイパースペースプレシオン!」


 レモの空間魔法が発動した!




 ─ * ─



 レモの空間魔法を喰らったスパーツィオの命運や如何に!?


 次回『古代エルフが残した大樹の上の神殿』

 敵が立てこもっているかも!?

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