37、樹洞の中のアジト

「さて、ここまで案内してもらえば、もう大丈夫です」


 師匠がネコ町長を見下ろした。


「ニョッキ元町長殿は我々が責任を持って、瘴気の森の外――宿場町まで送り届けましょう」


 ナミル師団長は俺とレモ、そしてユリアを順番に見て、


「予定通り、あとは三人に頼んでよいか?」


「任せてよ!」


 まっさきにレモがこぶしを握って見せ、続いて俺とユリアもうなずいた。


「にゃにゃにゃっ!?」


 だがネコ町長は驚きの声を上げた。


「かわいい銀髪歌姫ちゃん、アジト潜入チームなんですかニャ!?」


 金色の目をまん丸に見開いている。


「レモとユリアだって充分すぎるほど美少女なのに、なんで俺だけ」


 ぷくーっと頬をふくらませると、


「なんかジュキって、おしとやかに見えるからじゃない?」


 レモがいい加減なことを言う。おしとやかに見える男ってどんなだよ!?


「まあ実際、レモネッラ嬢とユリア嬢に比べたら、控えめな性格なんじゃないか?」


 ナミルさんまで適当なこと言いやがって!


 それから苦笑しつつネコ町長を見下ろし、


「ま、信じられないだろうが、この中で一番強いのがジュキにゃんなんだよ」


「この中で、というか帝国一強いのよ」 


 レモが付け加える。


「みゃー! こんな可憐なお嬢さんが……! 信じられないニャ。一緒に宿場町まで帰れるものとばかり――」


 残念そうなネコ町長に、俺はため息をついた。


「俺、お嬢さんじゃなくて男だから」


「もっとびっくりですニャ。そんな華奢な身体でどう戦うにゃ?」


「ほ、ほっといてくれ……」


 俺は思わずうつむいた。鍛錬不足を指摘されたようで恥ずかしい。


「ジュキは美しい歌声で敵を無力化するんだから、必要なのはしなやかな筋肉であって、マッチョになる必要はないのよ」


 レモが理路整然と弁明してくれた。


「ま、そういうわけだ」


 どういうわけだか知らないが、ナミル団長が俺の肩をぽんぽんとたたいた。


「全部終わったらみんなで打ち上げしような!」


「マタタビ酒飲むにゃー!」


 突然テンションぶち上がるネコ町長。


「では皆さん、のちほど」


 師匠はおだやかに笑って片手をあげた。


「じゃあな!」


 ナミル団長が尻尾と一緒にぶんぶんと手を振る。三人の姿が木立の向こうに消えると、俺たちは石門をくぐって樹洞の中へ足を踏み入れた。


「どこまで続いてるんだ? この螺旋階段」


 木の匂いに包まれながら、俺は古い石段を見上げた。


「暗いわね」


 つぶやくなりレモは呪文を唱えた。


「聖なる光よ、きらめきたまえ。光明ルーチェ


 魔法の明かりがぼんやりと、樹洞の中を照らし出す。壁は幹の内側そのもの。手すりのない石段が、ぐるぐると上へ消えてゆく。


「ジュキ、一応、竪琴弾きながら行った方がいいかも」


「そうだな。どこに敵が隠れてるか分かんねえし」


 俺はうなずいて、亜空間収納マジコサケットから竪琴を取り出した。


 レモは階段をのぼりながら、


「さっき師匠とも話してたんだけど、魔石救世アカデミーの地下にたくさん檻があったでしょ」


「やつらが魔石を埋め込んでた実験モンスターがいたんだよな」


 俺もレモのあとに続く。


「そう。あのモンスターたち、全員倒したか分からないのよ。捕らえられていた私をジュキが助けに来てくれたとき、熱湯で大半を片付けてたとは思うんだけど」


 レモが捕らわれた日、熱耐性のある炎獅子フラムレオン青銅巨人タロース、二匹のガーゴイルは熱湯攻撃にひるまず俺に向かって来た。あいつら以外のモンスターを全て倒していたのかと考えると――


「逃げたヤツもいるよな」


 俺は白猫コスチュームのひじに精霊力を集めて、にょきっとかぎ爪を出した。ぽろろん、と竪琴をなで始めた俺を振り返ったレモが、ふとほほ笑む。


「本当に猫ちゃんが竪琴弾いてるみたいで、かわいいわ~」


「かわいいばっかり言うなよ」


「ふふっ、ジュキはかわいくてかっこいいの。私の自慢の恋人よ」


 足を止めて見下ろすレモと、しばし見つめ合う。だが――


「ジュキにゃん、ミニスカート似合ってるよ」


 うしろからユリアの意地悪な声。


「うるせーよ」 


 くそっ、レモといい雰囲気だったところ、邪魔しやがって!


「ぺらっ」


「やめろバカ!」


 ユリアのやつ、またスカートめくりやがった!


「ユリア、先頭歩きなさい」


 レモが有無を言わせぬ口調で命じた。


「ちぇーっ。ジュキにゃんの丸いお尻、もっと堪能したかったなー」


 ユリアは口をとがらせながら、俺とレモの脇をすり抜けて先頭に移動した。


「じゃ、私がジュキのうしろ歩こっかな」


 なぜか一番うしろを陣取るレモ。しばらく石段を登っていると、


「ぺらり」


「きゃっ! おいレモ!」


 なんであんたまで俺のスカートめくるんだよっ!


「ごめんごめん。一度やってみたかったのよ」


「なんで?」


 不機嫌な声を出す俺。


「だってジュキの反応がかわいいんだもん」


 俺は足を止めて振り返り、レモをにらんだ。


「……いじめっこ」


「ほら、かわいい」


 この上なく満足そうなレモを見ていたら、俺も幸せな気持ちになってきたぞ。


 先頭を歩くユリアも立ち止まって、はるか上を見上げている。


「まだまだずっと階段だね」


「外から見上げたとき、めちゃくちゃ高かったもんな、この木」


 てっぺんが全く見えなかったのだ。


 だがそれからしばらく登るうちに、上から外の明かりが差し込んできた。


「出口かも!」


 レモがソワソワしている。


「わぁ!」


 先頭を歩いていたユリアが、声を上げて立ち止まった。


 俺もうしろからのぞき込む。


「ついに外だな」


 幹にぽっかりと丸い穴が開いている。その先には太い枝が差し出され、となりの木へと続いていた。


 枝の上には手すりがつけられ、一応落ちないよう工夫はされているが、下から冷たい風が吹き上げてくる。


「ちょっと怖いね、これ……」


 ユリアが珍しく硬い声を出した。


「下見ないで歩くんだよ」


 俺はユリアの黄色い頭だけを見て進む。だが怖いもの知らずのレモは手すりをつかんで、わざわざ見下ろしていた。


「見たくても地面なんて見えないわよ。高すぎて」


 空中回廊のごとき木の枝を渡って隣の木に移るも、聞こえるのは鳥のさえずりだけ。


「全然敵が出てこねぇんだけど、本当にこの先にいるのかな?」


 俺が竪琴を弾いているからだろうか?


「細い螺旋階段とかつり橋とか、大きなモンスターが動けない場所だったから、今までは襲われなかっただけじゃない?」


 レモの予想も一理ある。


 枝同士が結びつけられたり、つり橋が架けられたりと、古代エルフが大木の上に作り上げた世界を、俺たちは歩き続けた。


「わー、まあるいおうち!」


 高いところに慣れてきたのか、ユリアが少し離れた木の上に乗った廃墟を指差した。


「あれもエルフさんたちの住処すみかだったのかぁ」


 しみじみとながめるユリアは、ほとんど観光気分である。


「ったく、レモをだました幻影使いってのはどこに隠れてやがんだ?」


 変わり映えしない景色に、俺はしびれを切らす。


「なんだか誘いこまれるような一本道で、探検の面白みがないわよね」


 一方レモは、最初こそ空中回廊に心を躍らせていたが、同じ景色が続いて飽きてきた模様。


 大木同士をつり橋でつないだ道だから、一本道と呼ぶにはいささか抵抗を感じるが、かといって分かれ道を選ぶような場面には遭遇しない。


「空飛んで、隣のつり橋に移動してみるか?」


 俺の思いつきに、


「やみくもに飛んで敵を探すのもねえ…… ここまでネコ町長についてきてもらったほうが良かったのかしら」


「でもなんで襲ってこないんだろうな。アジトに侵入されても構わねえのか?」


「罠だってこと? それにしては何も起こらなさすぎというか――」


 レモが首をかしげて、あれこれ考えているのに、


「わぁ見て! またあったよ、まあるいおうち!」


 ユリアは無邪気にはしゃいでいる。


「さっきのとそっくりじゃねえか?」


 同じもの見て騒ぐなよ、と思っていたら、


「ちょっと待って。そっくりっていうか、まったく同じ遺跡じゃない!?」


 硬い声を出したレモが、足を止めた。





 ─ * ─

 

 



同じところをぐるぐる回っていることに気が付いた三人。

なぜ? どうやって抜け出す!?


近況ノートに「古代エルフの残した木の上の世界」イラストを載せています!

https://kakuyomu.jp/users/Velvettino/news/16817330661623951563

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