36、空間使いとバトル

「僕は空間使いスパーツィオ。空間を操り、同時に空間と同化することができる。今の僕は瘴気の森と一体化しているのさ!」


「よかったね。頭皮から草が生えて」


 戦斧バトルアックスで自分の肩をたたきながら、ユリアがとぼけた声を出した。


「は!?」


 樹洞のごとく、ぽっかりと口をひらくスパーツィオ。


「ハゲが治ったのかなーと思って」


「ユリア、イーヴォじゃないから」


 レモが小声で教えると、


「あそっか」


 ユリアは納得した。


 俺は二人の会話を聞きながら、植物が苦手な水とは? と考える。


 レモがすかさず、


焔翔矢フレイムヴェロス!」


 火魔法を放つが、あまり得意ではなかったはず。確かに植物の弱点っていったら火だよな。だが火の精霊の力が弱体化している今、ひょろひょろと飛んでいく炎の矢は無力だった。


 スパーツィオは大木の腕で、矢をはたき落とす。


「目障りだ」


 地面に転がったそれを、踏みつぶした。


 火が使えないならこれでどうだ?


きたれ、塩田に満つる海水よ!」


 バシャーン!


 スパーツィオの真上から雨のごとく、塩分の濃い海水が降り注ぐ。


「げほっ、げほっ!」


 一応効いてる!?


烈風斬ウインズブレイド


 そのすきにレモが得意の風魔法を放つ。ねらいは頭!?


 ザワザワザワ――


 側頭部から大量の枝葉が伸びてきた。


「にゃんと不気味にゃ……」


 師匠の結界に守られながら、ネコ町長があっけにとられている。全くだ。どんなに強くなろうとも、あんな姿にはなりたくねぇよな。


 バサバサッ


 レモが放った風の刃はいくつもの枝を切り落としたが、本体には届かなかった。


「残念だったな、嬢ちゃんたち」


 木彫りの顔がまた、不気味に嗤う。


「僕は塩害にも強い木でな。クックック……」


顕巨岩グランルペス!」


 余裕をかましたところへ飛び来る大岩。レモの攻撃だ! 土魔法も使えたとは。ニコが使っているのを見たことがある。巨岩を生み出す術だが――


「こんなものっ!」


 スパーツィオは両手で岩を受けとめてしまった。巨岩と言うほどのサイズにならなかったのは残念。やはりレモのギフトが風魔法アリアだからだろう。勉強熱心なレモは他属性の魔術も操れるが、風魔法ほどの威力は出ない。


 だがスパーツィオがレモに気を取られている間に、俺はヤツの体内に意識を集中していた。


「汝が体内流れし水よ、全て蒸発せよ!」


「グ、グギャァァァ!」


 倒したか!?


「たまらん! 同化解除!」


「えっ、マジ!?」


 スパーツィオは瞬時に人間の姿に戻る。


「スパーツィオくん、すっぱだか」


 ユリアがぼそりとつぶやくが、突っ込みを入れる余裕はない。


「やぁっ!」


 ナミル団長のマジックソードが裸の男を貫く――と見えた刹那、


「消えた!」


 スパーツィオは空間の裂け目に吸い込まれた。


「あの木のうしろにいますニャ!」


 鼻をヒクヒク動かしながら、ネコ町長が近くの大木を指差す。


「待てーっ!」


 ナミル団長が魔豹レオパルド族の俊足で追うが、


「また逃げた!」


「あっちですニャ!」


 反対方向を指差すネコ町長。


 今度はユリアが追いかけるが――


「また消えちゃった!?」


「あーちょこまかと!」


 ナミル団長が地団太を踏む。


「しかし短距離しか移動できないようですね」


 師匠だけは冷静に分析している。


 呪文を唱えていたレモが、


風纏颯迅ヴェローチェファルコン!」


 風魔法を操って追跡を開始する。俺も翼を顕現し――


「深追いするのはやめましょう!」


 師匠が大声で止めた。


「アジトと反対方向に逃げて攪乱される可能性が高い。アジトを見つけて幻影使いと一緒に叩きましょう」


 少し離れた木につないであったのか、スパーツィオは魔獣に飛び乗って、木立の向こうへ消えていった。


「空間使いを倒す方法ねぇ――」


 ぶつぶつ一人でつぶやきながら、途中まで追いかけたレモが戻ってきた。


「瘴気の森と同化した上、空間を渡って逃げるとは厄介だわ」


 腕を組んで、真剣な顔で考えている。


「でも空間魔法って風魔法の上位なんだよな」


 難しい顔をしたレモに、俺は思い付きで話しかけた。


「だったらレモの得意分野ってわけじゃないのか?」


「ふふっ、私もそれを考えていたところよ」


 レモはクスっと笑った。自信に満ちたその表情を見るに、おそらく何か閃いたのだろう。


「次にまみえるときが楽しみだわ」


 それからレモは、詠唱文について師匠にあれこれ相談しながら歩いていた。


「アニャシの目には崩れかけた石門みたいにゃのが見えるんだが、あの先に歩いて行ってほしいニャ」


 ネコ町長が、先頭を歩く俺に指示する。


 俺は一瞬目を閉じてから、


「あの遺跡はジュキにも見えるから幻じゃにゃいよ。ここらへんはエルフの遺跡が残ってるそうニャ」


「エルフ!? この大陸にエルフが住んでたのかいニャ?」


 驚くネコ町長に、俺は師匠から聞いた話を披露した。


 エルフの遺跡が点在する森を進むうち、


「近いですニャ」


 ネコ町長がいつになく緊迫した声で告げた。魔術談議に花を咲かせていたレモと師匠も口を閉ざし、俺たち全員に緊張が走る。


「ユリア嬢、そろそろ起きてくんな」


 場違いなセリフに耳を疑って振り返ると、ナミル団長がユリアをおんぶして歩いていた。


「さすがユリアさんは大物ですねぇ」


 自分の授業でもいっつも寝られていた師匠が、複雑な笑みを浮かべる。


「えへへー、すごいでしょー」


 ユリア、完全に褒められた気でいるな。きょろきょろ辺りを見回しながら、


「おっきな木がいっぱい! わたし、ここ来たことあるよ」


「おととい来たからね」


 レモが間髪入れずに突っ込んだ。


「もう忘れちまったのかい?」


 ナミル団長が呆れを通り越して、驚きの声をあげた。俺もレモも師匠も、ユリアの平常運転に心を乱されることはない。


「アタシもユリア嬢も、死霊使いに生気を吸われてピンチだったじゃないか」


「ああ!」


 ユリアがぽんっと手をたたいた。


「おししょーさまと踊ってたかわいいおじいちゃん!」


 かわいくなったのはあんたの生気を吸ってからだけどな。


「そうですよ、ユリアさん」


 師匠が真面目な口調で答えた。


「彼は言っていました。アジトは木のウロの中にあると」


 周囲には、樹洞を持つ大木がたくさん立っている。


「ここだニャ」


 ネコ町長が肉球で鼻を押さえながら立ち止まったのは、ひときわ巨大な木の下だった。根元に開いた大きな空洞の中に立っているのは、見慣れない文字の刻まれた石門だ。


「なるほど。古代のエルフ王の住みかをアジトとしたんですね」


 師匠が石門をのぞき込む。遥か上へと階段が続いているようだ。


 俺たちはついに、幻術使いと空間使いが待ち受けるアジトへたどり着いた。




 ─ * ─




 次回は、木の中の階段をのぼって、敵のアジトに侵入します!

 巨木の上に広がるのはどんな世界?

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