19、帝都冒険者ギルド

 ギルドの建物は、商業施設の多いにぎやかな通りに面していた。


「すげぇ。四階建てじゃん」


 堂々たる風格を持つ白亜の屋敷を見上げて、俺はあんぐりと口を開けていた。雲一つない夏空は、水色のインクで塗りつぶしたかのようで、大理石の白さがよりきわ立つ。


「ああ。でもいわゆる冒険者ギルドの機能は、一階と二階で完結しているよ」


 ナミル団長が指差して教えてくれる。


「三階は高ランク冒険者が専属アドバイザーと面談する個室、四階は登録冒険者が出入りできる魔術書の閲覧室なんだ」


 フロア一階分を埋め尽くすほどの魔術書を、ギルドが所蔵しているのか。さすが帝都。


「すごいわね!」


 案の定、魔術研究好きなレモが目を輝かせている。


「もしかしたら魔法学園の図書館にない魔術書もあるかも?」


 そうか、貴族しか入学できない魔法学園と違って、冒険者ギルドなら庶民出身の魔術師も登録できるのだ。多くの冒険者が帝都を目指すのもうなずける。


「どうなんだろうな?」


 ナミル団長は詳しくないようで、首をかしげながらギルドの建物に足を踏み入れた。


「アタシら魔法騎士団員は帝立魔法図書館を使えるから、ギルドの蔵書についてはよく知らないんだ」


 彼女に続いて、開け放たれた入り口から中に入る。一階はバーカウンターに、冒険者たちが囲う丸テーブル、そして壁には複数の掲示板。


「あれって依頼掲示板だよな? なんで五つもあんの?」


「ランクごとに分かれてるらしいよ。じゃないと込み合って大変なんだろ」


 ナミルさんの解説に納得する俺。冒険者の人数が多いから、掲示板前が大混雑になるってことか。


「受付は二階なんだ」


 ナミル団長は迷うことなく、奥にある階段へ向かって歩く。


 冒険者たちの間を縫って進む俺たちに、なぜか視線が集中している気がする。


「おいおい、あの銀髪に白い肌の子、聖剣の美少女騎士ジュリアちゃんじゃないか?」


「え、髪短いし少年だろ?」


「よく見ろよ。あんな華奢でまつ毛の長い男がいるかよ」


 お前こそよく見ろ。俺は男だ。


 幅広の木製階段をのぼる俺を見上げながら、男どもは勝手な妄想を繰り広げているようだ。


「二階に上がっていくってことは、ギルドに登録するんだろうか?」


「マジか! 合同クエストで一緒になんねぇかな」


 階段をのぼりきったところでナミル団長が、ニヤニヤしながら待っていた。


「ジュキくん、きみ普段から変装して過ごした方がいいんじゃないか?」


「だからジュキくん男装してるじゃん」


 意味の分からないことを言うユリアを無視して、


「それで、どの受付で対応してくれるんですか?」


 俺は二階を見回す。四箇所のカウンターが、窓から差し込む陽射しに照らされている。


 ナミル団長は一つずつ指差しながら、


「あの端にあるのは新規冒険者登録用。一階で受けたい依頼を見つけたら真ん中の大きなカウンターに持って行く。その隣が魔石交換。それから依頼達成報告カウンター。あっちの低めの台を備えているのは、魔物素材や薬草など成果物の納品場所だ」


 好奇心旺盛なレモはうんうんとうなずいて、


「なんだか新人冒険者になった気分だわ!」


 楽しそうにキョロキョロしている。


 そこへ一人のギルド職員が近づいて来た。


「ナミル師団長、どうなさいました? また事件ですか?」


「ああ、訊きたいことがあるのだが――。最近土魔法が得意な魔術師を募集して、地下道を掘らせる依頼はあったか?」


「ありましたよ」


 職員の女性は事もなげに答えた。


「ただし正規のルートではなく、いわゆる『闇クエスト』です。しかも指名クエストでした」


「闇クエスト?」


 間髪入れず問い返したレモに、俺が説明しようとしたとき、


「いつものスペースはあいているか?」


 ナミル団長が天井を指差して、ギルド職員の女性に尋ねた。


「はい。私は書類を持ってあとから参りますので、先に上がっていてください」


 職員の女性は言い残して、受付の中へ戻って行った。


 二階ホールの隅に見える、上階へ続く階段へと向かうナミル団長にレモが尋ねた。


「三階は高ランクの冒険者と、彼らの専属アドバイザーのための個室なんでしょう?」


「ああそうなんだが、アタシは騎士団の権限で特別に使わせてもらっているのさ」


 ナミル団長に続いて俺たちも、急な階段をのぼっていく。さっきの大階段と違って、こちらは幅もせまい。


 時々ギシっと音を立てる階段をのぼりきると、たくさん布の垂れ下がった空間に出た。


「タペストリー?」


 天井から吊るされた色とりどりの毛織物を見回す俺。


「お洗濯物乾かしてるの?」


 ユリアの発想も無理はない。


 ナミル団長が答える前に、


「布を垂らすことで各ブースのプライバシーを守ってるんでしょ」


 レモがさくっと正解にたどり着いた。だがすぐに首をかしげて、


「声は筒抜けじゃない?」


「いや、この織物は七色羊ドゥーハシープという特殊な羊の毛で作られているんだ。極彩色の羊毛で、熱や音を遮断するんだよ」


「「「へー」」」


 三人の声が重なった。


「さて、アタシたちの特等席はこっちだよ」


 ちょっと得意げな顔で案内するナミル団長のあとについて、布のあいだを歩いて行くと、時々布の向こうから話し声が聞こえてきた。完全防音ではないようだが、前を通るくらいなら話の内容までは分からない。


「さあどうぞ」


 突き当たりまで歩いたナミル団長が、田園でたわむれる恋人たちを描いた毛織物をめくった。


 二面を布で仕切られた空間は、小さな角部屋のようだ。真ん中には、分厚い木の天板が乗った無骨な丸テーブルが置かれ、木製の丸椅子がそれを囲んでいる。


「わぁ、背もたれのない椅子、座ってみたかったんだ!」


 よく分からないところで、はしゃぐユリア。


「ハハハ、ユリア嬢にとっては庶民の生活体験だな」


 ナミル団長が豪快に笑うのを見て、意味が分かった。ユリアのやつ、背もたれのついた椅子にしか座ったことないのかよ。


「さてと、ナミルさん」


 全員が席につくと、まずレモが口をひらいた。


「世間知らずな貴族のお嬢様にも分かるように、闇クエストについて説明して下さらない?」


「指名クエストは何ー?」


 ユリアも丸椅子の上で足をバタバタしながら尋ねる。


「指名クエストってのは、特定の冒険者を指定して依頼することだな」


 ナミル団長が冒険者の常識を話し始める。


「さっき一階を通ったとき掲示板を見ただろう? あそこに貼ってあった依頼文書はランクを指定しているだけで、誰が受注するか分からないからな」


 ナミル団長の解説に二人が納得したとき、


「お待たせしました」


 ギルド職員の女性が布を持ち上げて入って来た。手には一枚の紙を持っている。


「こちらが無断で掲示板に貼られていたものの写しです。ニコラ・ネーリという冒険者が指名されています」


「ニコラ・ネーリだって!?」




 ─ * ─




 ニコラ・ネーリって誰? ですと?

 忘れちまったんかい、イーヴォの子分ですよ。


 え、イーヴォが思い出せない?

 輝かしい頭皮から光魔法を放つ稀有な人材を忘れてもらっちゃあ困りますな!


 次回は、舞台の奈落に落ちたクロリンダ嬢が、今どこで何をしているかも明かされますよ!


※なお、イーヴォとニコが帝都ギルドに登録していた件は、第五章「54、光魔法を操る偽イーヴォ?」あたりで言及しています。

https://kakuyomu.jp/works/16817330649752024100/episodes/16817330654672201197

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