20、トンネル掘りの犯人は、なつかしのニコ?

「こちらが無断で掲示板に貼られてたものの写しです。ニコラ・ネーリという冒険者が指名されています」


 帝都ギルド職員の言葉に、俺は思わず聞き返した。


「ニコラ・ネーリだって!?」


「はい。ご覧ください」


 全員に見えるように、職員の女性は一枚の綿紙コットンペーパーをテーブルに乗せた。




 『たぐいまれなる土魔法の名手、竜人族ニコラ・ネーリ氏に告ぐ。ただちに下記屋敷までおもむかれたし。貴殿に依頼したき案件有り。報酬は金貨五十枚以上を保証する。


 中央街区チェントラーレ 銀行通りヴィア・バンカーレ十三番地』




「こちらは魔石救世アカデミーの屋敷がある場所でした」


 一番下に書かれている住所を指差して、職員の女性が説明してくれる。


「これが無断で掲示板に貼られていたってことか?」


 俺の問いに彼女は首を振り、


「原本はニコラ・ネーリさんががして持って行ったようです。このメモは、冒険者たちへの聞き取り調査から再現した内容です」


 話を聞いていたレモが、


「ギルドに無断で掲示された依頼が闇クエストと呼ばれているのね?」


「そうなのです」


 職員の女性は眉尻を下げ、困ったようにほほ笑んだ。


「時々、勝手に掲示板を使う者がいるんです。職員がひんぱんに見回って、ギルド印章の押していない依頼を見つけ次第、がすんですけれどね」


 俺の所属していたヴァーリエ冒険者ギルドは小さかったから、掲示板は受付から見えるところにあった。ギルド職員以外が依頼文を貼っていたらすぐバレるが、二階に受付があるこのギルドでは、目が届きにくいのだろう。


 先輩冒険者風に、俺も解説を加える。


「ギルドに中間マージンを取られないから、依頼主にとっても冒険者にとっても得だと思う奴らがいるんだが、実際は冒険者側がだまされることも少なくねぇんだ」


 ヴァーリエのギルドでは滅多に見かけなかったとはいえ、受付で働いているねえちゃんから、闇クエストはどんなに法外な依頼料でも受けてはだめ、見つけたらすぐ報告するようにと言われていた。


「そっか。ギルドは中間マージンをとっているのね。そうよね……冒険者から受け取る登録料だけでこんな大きな組織、運営できないもんね」


 レモはしきりに首を縦に振っている。


「はい。私どものギルドにおきましては、金貨十枚までは二割、十枚を超える部分については一割の利用料を依頼主様のほうから頂戴ちょうだいしております」


 職員のお姉さんが営業スマイルで説明するのを聞きながら、そんなに取っていたのかと驚いた。だがまあそのおかげで、俺たちは安心して仕事を受けられるし、発注する側は冒険者のふりした野盗やゴロツキを雇う心配をしなくてすむんだ。


「ただ今回の件につきましては、利用料の支払いのがれが目的ではなく、魔石救世アカデミーが秘密裏に冒険者を雇いたかったのでしょう」


 彼らには捜査の手が伸びていたから、それは理解できる。だが――


「なんでアカデミーの連中が、ニコのことを知ってたんだ?」


 疑問が口をついて出る。


「ジュキくんはこのニコラ・ネーリという竜人の男と知り合いなのか?」


 ナミル団長に訊かれてハッとする。俺たちが同郷だなんて、この人は知らないよな。


 罪人と幼馴染だと思われたくなくて、とっさに言葉が出ない俺の代わりに、レモがすらすらと答えた。


「ナミルさんはご存知ないかしら。ニコラ・ネーリはイーヴォ・ロッシという竜人の仲間と共に『悪霊が見える護衛』という名目で、皇城に雇われていたのよ」


「そうです」


 ギルド職員の女性は首肯してから、持ってきた冊子をめくった。


「聖ラピースラ王国からいらっしゃったクロリンダ公爵令嬢の護衛任務についていたようです」


「今はもう、そのニコラ・ネーリとかいうヤツは皇城にはいないのか?」


 尋ねたナミル団長にも読めるように、女性は紐で閉じられた冊子の向きを変えて指差した。


「現在の登録滞在先はこちらになっております」


 旅の冒険者とはいえ、ギルドがある大きな街を拠点にして活動するのが普通。そう頻繁に宿を変えるものでもないから、滞在先を届け出る仕組みになっているのだ。


清水大通りヴィアーレ・フィウメ八番!? これ、エドモン第二皇子の使ってない離宮がある場所じゃないか」


 ナミル団長が冊子を引き寄せた。


「なんであいつらそんなところに――」


 また悪いことしてるんじゃないかと俺が心配になったとき、


「あっ、それって確か――」


 レモが何か思い出したのか、ポンと手を打った。


「仲良くなった侍女さんから聞いたんだけど、クロリンダに求愛行動を取られて困ったエドモン殿下が、イーヴォとくっつけようと画策されて、離宮に住まわせているんだって!」


 姉を他人のふりして呼び捨てした上、求愛行動とか言い出すレモ。もはや人間扱いすらしていない。俺はオペラ公演前の記憶をたどりながら、


「そもそもクロリンダ嬢ってラピースラへの対抗手段として、帝都に呼んだんだよな。まだ領地に帰ってなかったんだ」


「帰るよう説得して欲しいって私も頼まれたんだけどね」


「そんなことがあったのか」


「ジュキは公演中で忙しそうだったから巻き込まなかったのよ」


 レモ、優しい!


「でもあのクロリンダが、私が何か言ったくらいで帰るわけないでしょ? こっそり海に沈めるしかないわよってアドバイスしたんだけど、エドモン殿下、さすがにそれはできないっておっしゃって」


 エドモン第二皇子に常識があってよかった!


「恋人候補として騎士団員を捧げたりしたそうだけど――」


 レモ、ほとんど生贄いけにえみたいに言うな……


「エドモン殿下の『皇子様』っていうブランドにかなうはずもなく」


 作戦としてクロリンダに甘い言葉をささやいたら、すっかり恋されてしまったエドモン殿下、マジで気の毒だ。


「あの女の近くにいると精神操作を受けるから気を付けてねってアドバイスしたもんだから、殿下ったら必死で逃げてたわ」


 姉の恋路を絶つ妹。


「でもなぜかクロリンダ、イーヴォと気が合うみたい。おそらく知能指数が二人とも猿以下だからね」


 容赦ない悪口に、何も知らないギルドのお姉さんは目をしばたいている。


「それで今は広いお屋敷にクロリンダと、彼女が連れて来た魔法医、それからイーヴォとニコで暮らしてるんだって。精神操作を受けないように、身の回りの世話をする者は代わる代わる毎日通いでやってくるそうよ」


 妙に詳しいレモ。使用人がクロリンダの精神操作を受けないよう配慮されている点から考えて、レモがアドバイスしたに違いないのだが。


 俺が劇場で歌って、忙しくも幸せな時間を過ごしているあいだに、レモは姉を排除しようと暗躍していたんだなあ。しみじみ。


「よし」


 ナミル団長が小さくつぶやいた。


「今後の方針が決まったな。重要参考人としてニコラ・ネーリを連行し、話を聞こう」




 ─ * ─




 今回、イーヴォたちやクロリンダが、裏でどう動いていたかの説明回になってしまい、申し訳ありません!


 次回『俺、男の子だもん!』

 イーヴォとニコと久しぶりに再会したジュキ。

 しかし彼らは帝都の通説――「歌姫ちゃん=聖剣の騎士」説を信じていて……!?

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