18、先祖返りした猫人族

「なんの動物の先祖返りなんですか!?」


「猫ちゃんだよ。二足歩行の猫と見まごうばかりの姿なんだ。彼なら野生の嗅覚を残しているはずだよ」


 彼ってことは男かぁ。


 興味を失った俺に代わって、師匠が尋ねた。


「その方は帝都にいらっしゃるんですか?」


「ああ。いわゆる獣人街区に住んでるよ」


「じゅーじんがいく?」


 ナミル団長を見上げたユリアのおなかが、グーと鳴った。


「宿場町に帰りながら話しましょうか」


 師匠が、ケモ耳の間でクルクルと巻いているユリアの髪を、もふもふと撫でた。


「獣人街区ってのは、帝都内で獣人族がまとまって住んでいる地区だな」


 ユリアの問いに答えてから、ナミル団長は浮遊魔法の詠唱を始める。


「「「空揚翼エリアルウィングス」」」


 ナミル団長と師匠、それからレモの声が重なった。


 俺はユリアを精霊力で浮かせ、空へと羽ばたいた。見下ろした足元にはうっそうとした森が広がり、街道へはずいぶん遠い。


「結構、森の奥まで来ていたんだな」


「だからエルフの遺跡が、ほとんど人間に荒らされず残っているのね。でも千年以上前のものだと思うと保存状態、良すぎない?」


 確かにツリーハウスなんて木製なのに、朽ちていないのは不思議だ。


「エルフたちのかけた魔法が今も生きていると言われていますね」


 師匠がすぐに疑問を解決してくれた。


「先祖返りした猫人ケットシー族の方を連れて、またここに戻って来ましょう」


 だが師匠の言葉に、ナミル団長はかぶりを振った。


「いや、それは難しいだろう。猫人ケットシー族は一般的に、縄張り意識も警戒心も強いんだ。だから外部の者の来訪も、自分たちがテリトリーから出る活動も好まない」


「私たち人族の依頼で瘴気の森など来てくださらないというわけですか」


 街道にふわりと着地した師匠は、何やら考えをめぐらせている様子。


「ユリアさんやナミルさんでは、獣人族とはいえ外部の者と見なされてしまう――」


「そうだね。ユリア嬢は狼人ワーウルフ族、アタシは魔豹レオパルド族だから、人族よりマシって程度だ」


「獣人師団の副師団長は猫人ケットシー族ではありませんでしたか?」


 瘴気の森沿いの街道を歩きながら、師匠が尋ねた。俺とレモだけなら宿場町まで空を飛んで行けるのだが、魔力量が常人並みの師匠には厳しい。それで普通の旅人のように、徒歩で向かっているのだ。


「よく知ってるな、セラフィーニ顧問。でもガッティ副師団長、いい年こいたオッサンだからなぁ」


 ナミル師団長は、くしゃっと髪をかき上げた。


「何か問題でも?」


 めずらしく察しの悪い師匠。オトコ心の分からねえやつめ。


 どう説明したものかと思案顔のナミル団長に代わって、レモが口をはさんだ。


「ねえ私、猫人ケットシー族変身セット持ってるわ!」


「レモせんぱいが言ってるの、うちの島で買った観光客向けのカチューシャでしょ? あれ、猫ちゃんじゃなくて羊さんの匂いがするよ?」


「えっ、羊毛製だからかしら!?」


 驚くレモを見て、ナミル団長がハハハとさわやかな笑い声をあげた。


「ユリア嬢に気付かれるようでは、先祖返りした獣人の鼻をごまかすことはできないな」


「ふむ。皇室御用達の職人たちなら、高品質なものを作れるかもしれません」


 師匠が長い指であごをなでながら、自信に満ちた笑みを浮かべた。


「明日帝都に帰り次第、私のツテをたどって相談してみましょう」


「色んなツテ持ってるんだな」


 俺はすっかり蚊帳かやの外にいる気分で感心していた。話の流れから考えて、猫耳をつけるのは美少女であるレモだけだと信じていたのだ。




 その日は予定通り宿場町に泊まって翌日、俺たちは帝都に帰還した。


 地下通路の出口が瘴気の森の中だったことを報告するため、まずは騎士団長に会うのだ。


 獣人師団長であるナミルさんの報告に、ラルフ騎士団長は重々しくうなずいた。


「魔物も連れて瘴気の森へ逃げ込んだというのは厄介だ。瘴気を得てモンスターどもが凶暴化する可能性がある。瘴気の森で育てたモンスターを操って帝都を襲撃されるリスクは計り知れん」


 相手を威嚇するようなオーラを放つ騎士団長に対しても恐れを知らないレモが、一歩前へ歩み出た。 


「モンスターを操る魔石持ちの人間を殺してしまえばいいんでしょう?」


 言うことはさらに恐ろしい。


「まあ、そうだな」


 騎士団長がレモの気迫に呑まれている。


「残るは、幻影使いと空間使いの二人よ。私たちに任せてちょうだい。しっかり首を取ってくるから」


 右手の親指をみずからの首に向け、横一文字にさっと斬るジェスチャーがキマっている。そういうのどこで覚えたんだ、この公爵令嬢は!


「レモネッラ嬢の言う通り、野良モンスターとなって瘴気の森に生息する分には、ワシらの管轄外ですしな」


 瘴気の森にはもともと凶悪なモンスターがたくさん棲んでいる。それらが数体増えようと、操る人間さえいなければ、たいした問題ではないのだろう。


「ワシからも昨日の夜中まで調査して分かったことを話そう。押収した書類の中に一般会員の名簿があった。現在一人一人の家を訪ねて、騎士団詰め所へ連行しているところだ」


 それから騎士団長はレモに視線を合わせた。


「レモネッラ嬢に依頼したいのは、聖魔法で彼らの魔石を浄化して欲しいということ」


「構わないわよ。一般会員が額に埋めている魔石は力の弱いものだし」


「数十人規模になる予定なのだが」


「平気、平気」


 レモはぱたぱたと手を振った。




 その後、師匠は皇室御用達職人に会いに行くと言って、騎士団長室を出て行った。ナミル師団長は、


「冒険者ギルドに、地下道掘削依頼が出ていなかったか訊いてきます」


 と敬礼した。


「俺も帝都のギルドって見てみたいんだけど、ついていっていい?」


「私も行きたい! ヴァーリエの冒険者ギルドしか見たことないもん」


「わたしも行くー」


 というわけで俺たちは四人で、帝都冒険者ギルドへ出向くことになった。




 ─ * ─




 次回、秘密の地下道を掘った人物の名が明らかに!

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