三、敵のアジトへたどり着くには

17、古代エルフの遺跡

 しばらく進むと、森の様子が変わって来た。


 神秘的な霧が立ち込め、重なる枝の上には古びたツリーハウスが乗っている。隆起した木の根っこは、古代文字の刻まれた石門を抱いていた。


「このあたりはエルフの古代遺跡が残っているんです」


 師匠の解説に、俺は耳を疑った。俺たちの暮らす水の大陸には現在、エルフは生息していないからだ。


「エルフが瘴気の森に住んでたのか!?」


「昔、この森に瘴気はなかったんですよ。いたるところに泉が湧き、清らかな小川が流れる水の森だったそうです」


「意外と『水の大陸』って呼び名にふさわしい景色だったんだな」


 ほかの大陸に行ったことがないから分からないとはいえ、現在は名前ほど水が豊富というわけでもない。


「地層の調査によると――」


 口をはさんだレモが、勉強してきたことを披露した


「千二百年くらい前から気候が変わったとか。昔はうちの国でオリーブや葡萄は育ちにくかったそうよ」


「千二百年ってぇとラピースラ・アッズーリがドラゴネッサばーちゃんを封じたころじゃないか?」


 俺の言葉に、


「あ、まさか――」


 レモが目を見開いて息を呑んだ。


 師匠はレモの考えを悟ったのか、うなずいて続きを引き取った。


「私もジュキくんから話を聞いて、水の精霊王の力が弱まったことで、次第に水の大陸が乾燥していったのではないかと考えていたところです」


「ちょっと待って」


 ナミル師団長が話に割って入って来た。


「ドラゴネッサばーちゃんって誰?」


「水の精霊王であるホワイトドラゴンよ」


 即答するレモ。


「いや、ばーちゃんって……」


 あっけに取られているナミルさんを放置して、レモは師匠を見上げた。


「瘴気が清らかな水で浄化されなくなって、エルフが住めなくなったのね?」


「その通りです」


 うなずいた師匠に、俺は悲しい気持ちで尋ねた。


「この森にいたエルフは、みんな死んじまったのか?」


「安心して、ジュキ」


 答えたのはレモ。俺の腕をぎゅっと抱きしめながら、


「西の海を渡って、風の大陸へ移動したと言われているわ」


「そうです。風の大陸は天馬ペガサスが守っていて瘴気を吹き飛ばすのだと、古い伝承にはありました。これ、数年前から私の研究分野なんですが――」


 師匠が饒舌じょうぜつになりかけたとき、うっすらと輝いている死霊使いが、


「これかなぁ」


 間抜けな声を出しながら、大木にぽっかりと開いたウロに顔を突っ込んだ。


「違うみたい」


「なんだ? あんたたちのアジトってぇのは木ん中にあるのか?」


 俺の問いに、魔物使いはうっすら透け始めた姿で、


「そーなの」


 ユリアそっくりの口調で答えた。しかし声はかすれたジジイのもの。


「どれだか分かんなくなっちゃった」


 しょげた様子を見るに、嘘をついているわけではないようだ。


 ユリアも真似して、ほかの樹洞じゅどうをのぞく。


「腐ったアカデミーのにおい、しないね」


 ユリアにとっては、アカデミー製魔石は腐った臭いがするから分かるってことか。


「アタシとユリア嬢でここいらの木を全部いでみようか」


 ナミル団長が数打ちゃ当たる作戦を提案した。


「効率が悪すぎますよ」


 師匠はすぐに眉をひそめた。頭脳派の彼には我慢ならないとばかりに、


「日が暮れてしまいます。モルト老伯爵殿に思い出してもらいましょう」


 しかし師匠が視線を向けた先で、魔物使いモルト爺さんの輝きは、さらに強さを増していく。


「レモネッラ嬢、聖魔法でこいつが消えないようにできないのか?」


 ナミル団長の無茶ぶりに、


「え、今すぐあの世にお返しするなら簡単だけど」


「それじゃ逆ではないか」


「仕方ないじゃない。本来なら天に昇っているはずの魂を、魔神の力を込めた魔石でことわりを曲げて、むりやり地上につなぎ止めてるんだもん」


 なるほど、それがだんだんユリアの生命力で浄化されて、本来の姿に戻りつつあるってわけか。


 爺さんは、ほっと一息ついてつぶやいた。


「ワシ、ようやく楽になれるのじゃ」


 満面の笑みを残して、その体は霧に溶け消えてゆく。


「ああっ、モルト老伯爵」


 片手を伸ばした師匠の呼びかけもむなしく、金色に輝く魂だけが、空へと上がっていった。


「消えちまったな」


 ぱさっと音を立てて土の上に落ちたローブが、微風に吹かれてかすかに揺れた。


 まさかレモの聖魔法でも聖剣アリルミナスでもなく、ユリアによって浄化されてしまうとは。


 アカデミー幹部を一人倒したというのに、師匠は腕を組んで苦い顔をしている。


「ナミル師団長、獣人師団でもっとも鼻が利く者は?」


 死霊使いが消えてしまった今、頼りになるのは獣人族の嗅覚ってわけか。


「そうだなぁ……」


 ナミル団長は指先であごをなでながら、


「祖先が半牛人ミノタウロスだという爆乳娘がいるが――」


「ば、ばくにゅう!?」


 つい声が高くなる俺。巨乳のナミルさんが爆乳と表現するなんて、どんな娘なんだ!?


「だめよ! そんな人連れてきたら!」


 レモが必死になって止めだした。


「ジュキの教育に悪いわ!」


「なんでだよ」


 思わず突っ込んだ俺に、レモが冷え切ったまなざしを向けた。


「ジュキ、おっきいのが好きなの? それなら女騎士の鎧・爆乳バージョン作って着せてあげるわ」


「はい、そこまで」


 師匠がレモの頭の上に大きな手のひらを乗せた。


「ナミルさん、半牛人ミノタウロスの血を引く彼女なら、嗅覚だけでアジトの場所が分かるのですか?」


「いや、ここまで瘴気が強くては無理だな」


 なーんだ。つまんねぇの。


「アタシら現代の獣人族は、かなり獣の力を失っている。まれに先祖返りした個体が生まれるんだが――」


「先祖返り!? 俺みたいに!?」


 自分以外に先祖返りした人がいるなんて!


「そうだが、ジュキくんよりずっと強く先祖の特徴が表れているよ」


「なんの動物の先祖返りなんですか!?」




 ─ * ─



 なんの獣人なのか?

 胸は大きいのか?

 いや、そもそも女性なのか??


 「G’sこえけん」音声化短編コンテスト1位に押し上げていただいたラブコメ、本日完結しました!

https://kakuyomu.jp/works/16817330659045091640

『姉のシェアハウスに遊びに行ったら、距離感おかしい美女に愛されました

 ~姉の親友と風呂入ることになった! マッサージしてくれた上、添い寝まですることに。えっ今、俺のこと大好きって言った!?~』

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