16、死霊使いの末路

「師匠」


 レモが彼を振り返ってにらみつける。


「ユリアを見殺しにする気?」


 師匠は無表情のまま風魔法を操ってうしろに立つと、俺たちだけに聞こえる声でささやいた。


「落ち着いて下さい。死霊使いが吸い取った生命力など、レモさんの聖魔法でいくらでも戻せます」


 その宵闇よいやみの色をした瞳は、冷たく死霊使いを見つめたまま。口もとを魔道具の布で覆っているから、敵からは口の動きも見えない。


「彼らのアジトまで案内させるため、あの男を生かしているのでしょう?」


 師匠の言う通りだった。俺たちの力なら、もっと早くあいつを倒せたのだ。


「クックック、時間切れじゃ」


 死霊使いは汚い爪をユリアのすべらかな肌へ食い込ませた。


「うっ」


 レモは小さくうめいて目をそらす。


「おお、なんだこの気持ちの良い力は!」


 死霊使いが両手を広げて天をあおいだ。


 支えを失ったユリアの身体はうつ伏せに、土の上へゆっくりと倒れた。


「ふっふぁー! すべての悩みが消えてゆくようじゃ!」


 灰色の薄汚れたローブが、梢を渡る風に吹かれてたなびく。


「ワシは何を悩んでおったのだ? なぜ病におかされた死の淵で、なお生きたいと望んだのだ?」


 死んで数日が経過したかのような醜悪な顔に、さわやかな笑みが浮かぶ。


「ありのまま、思いのまま、気楽に生きればよかったのじゃ。死んだら死んだでそれが運命。ルルルのラ~」


「な、何が起こっているんだ?」


 古びたローブを脱ぎ捨て腰巻き一丁で踊り出す姿に、俺の目は釘付けになる。


「ユリアさんの生命力を吸い取って、バカが感染うつったのでは?」


 師匠の冷静な突っ込みに、レモがぽつりとつぶやいた。


「ユリアったらやっぱり最強」


 死霊使いはしわだらけの裸体をさらして、木々の間を駆けまわる。


「ウフフー、アハハー、ワシをつかまえてごらんなさぁい♪」


「彼の相手は私がします。レモさんはユリアさんたちを回復させて」


 どこまでも平常心を失わない師匠は気丈にも、より不気味になった死霊使いへ近付いてゆく。


「モルト老伯爵殿、共にジーグを踊りませぬか?」


「フォッフォッフォ、ワシが相手をして進ぜよう」


 空気が抜けたような恐ろしげな声も、聞きようによっては間の抜けた爺さんに思えなくもない。


 二人は森の中で軽やかにステップを踏み、三連のリズムで飛び跳ねる。


 半裸のジジイとクルクル楽しそうに舞うオッサンがいたたまれなくて、俺は二人から目をそらした。


 レモは、倒れ伏したまま動かないユリアとナミル団長の間にひざまずいている。


「癒しの光やんごとなき者抱擁ほうようせしとき、命のともしびよみがえりて、今再び明々あかあかと燃えたり」


 聖なる言葉を唱えるレモの両手に、木漏れ日のような金色の光が生まれづる。


燦爛さんらんたる聖煌せいこうよ、我がねがい叶えたまえ」


 おごそかにつぶやくと、光はあたたかく広がってゆく。


聖恢復輝燦リナシメントシャイン


 ユリアとナミル団長の身体が、やわらかい陽射しに包まれたかのように輝きだした。血の気を失っていたユリアの首筋が明るく色づき、しなびていたナミル団長の双丘がふくらみを取り戻す。


「アタシは何を――」


 肩肘をついて身を起こしたナミル団長は、元通りの豊満な美女だった。


 ほっと胸をなで下ろして立ち上がったレモに近付き、俺は彼女を白い翼でそっと包み込んだ。


「大丈夫か? 魔力、使い果たしてない?」 


「ん」


 ねだるように顔をこちらへ向け、レモは目を閉じた。


 俺は両手で彼女の耳のあたりをそっと支え、うっすらとひらいた彼女の唇にそっと口づけを落とす。


 遠慮がちにゆっくりと、二人の想いが絡み合う――


「うわー、死人とオッサンがダンスしてる前でキスシーン!」


 ユリアの楽しそうな声が俺たちを現実に引き戻した上、ナミル団長までが、


「なあユリア嬢、結局アルジェント卿の性別はどっちなんだ?」


「分かんない。まだ見せてもらってないの」


「ほほーう、するとジジイとオッサンの舞い、美少女同士の口づけということか」


 ギャラリーがうるさすぎるので、俺たちは仕方なく唇を離した。


「美少女同士じゃねーよ」


 毒づく俺の声をかき消すように、


「ジュキの精霊力を分けてもらってただけよ!」


 レモは真っ赤になって言い返す。


「大体ユリア、あんたが不用意に死霊使いに近付くから、こんなことになったのよ!?」


 不用意に近付いたおかげで、死霊使いの頭が悪くなって助かったとも言えるけどな。


「すまなかった。アタシがついていながら迂闊うかつだった」


 立ち上がったナミル団長が頭を下げた。


「アタシたち魔法騎士団員は見習い時代に、死霊使いの能力について学んでいるんだ。でもめったに遭遇しない敵だから、すっかり忘れていた」


「わたしは全然知らなかった」


「ユーリーアー!」


 レモの目がつり上がった。


「魔法学園で習ったばっかでしょ!?」


「わたし授業中いっつも寝てたもん!」


 まったく悪びれないユリア。やっぱり最強である。


「ワシ、いい汗かいたのじゃ!」


 死霊使いの爺さんは、ほっくほくの笑顔でカサカサに乾燥した額をぬぐっている。その身体が淡く発光しているのは気のせいだろうか?


「ちょ、モルト老伯爵殿!」


 師匠が珍しく慌てた様子で呼びかけた。


「昇天する前にあなたがたの本拠地へ案内していただけませんか?」


「本拠地?」


 可愛らしく首をかしげる仕草が不気味である。


「モルト老伯爵殿のおうちですよ!」


「ワシのおうち、どこだっけ?」


 人差し指を唇に添える姿から、思わず目をそらす俺。


「うんうん、分かんなくなるよねー」


 ユリアは大いに共感している。


 うっすら消えかかっている死霊使いの姿に師匠は焦って、


「瘴気の森のどこかに、イルジオン殿とスパーツィオ殿と一緒に潜んでいる隠れ家があるでしょう!?」


「あーそれならこっちこっち」


 死霊使いはいかにも適当な感じで、あらぬ方向を指差した。


「本当に大丈夫なのか?」


 こっそり師匠に尋ねると、


「充分に用心してください。幻影使いが近くに潜んでいる可能性もあります」


 俺は目を閉じたり開けたりして、竜眼ドラゴンアイの視界が変化するかどうか確認する。


「このあたりに幻影はないみたいだけど」


「ふむ。死霊使いが森に墜落したのをどこからか見ていて、不利を悟って逃げたのかもしれませんね」


 師匠の推察に、レモがフンと鼻を鳴らした。


「一度ならず二度までも、仲間をトカゲの尻尾切りみたいに見捨てて逃げるなんて」


「倒し甲斐があるじゃねえか」


 レモの友情を利用してだまし討ちのようなことをしたイルジオンを、俺は許さない。


 俺たちの話が聞こえていたのか、死霊使いがクルンと少女のような身のこなしで振り返った。腰巻きのすそがふわりと広がる。


「イルジオンくん、怖いのぉ」


 ユリアの生命力を吸ったら口調まで感染うつるとか怖すぎる。


 口調と言動が幼女化したジジイを先頭に、俺たちは瘴気の森の奥へと分け入ることになった。




 ─ * ─




 「こえけん」コンテスト用の新作を連載し始めました!

 距離感がおかしい美女と一緒にお風呂入ったり、マッサージしてもらったりするラブコメです。

https://kakuyomu.jp/works/16817330659045091640

 こちらはヒロインが一人でしゃべるASMR作品となっておりますので、台本形式で執筆しています。

 小説の作法とは異なるので読みにくい部分もあるかもしれませんが、のぞいていただけると嬉しいです。


 『精霊王の末裔』6章3幕は7月1日から連載再開します。よろしくお願いします!

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