15、死霊使いの行き先は?

「水よ――」


 空を飛びながら精霊力を使おうとしたとき、


「待って!」


 レモが超高速風纏颯迅ヴェローチェファルコンで飛んできて俺に並んだ。


「泳がせておけば、奴らの本拠地まで案内してくれるかも知れないわ」


「なるほど。このまま追ってみよう」


「そこまでバカじゃない可能性もあるけどね」


 見下ろせばユリアとナミル団長も、木の枝から枝へ飛び移り、空を行く死霊使いを追いかけている。


「獣人族ってすげぇ……」


 思わず漏らすと、


「ジュキたち竜人族は、獣人さんほどの身体能力はないんだっけ?」


 手をつないで飛ぶレモが尋ねた。


「身軽さとか瞬発力では負けるだろうな。俺たちは魔力特化だから」


「竜人族の魔力量は獣人族の二倍近く、人族の三倍以上って魔法学校で習ったわ」


 まあ実際の魔力量は個人差が大きく、教科書通りではないのだが。


「私、普通の人間の三倍以上の魔力量でしょ。あの授業の時バカな男子が私のこと『本当は人間じゃないんじゃないか、ドラゴンが化けてるんじゃないか』って言い出して」


 レモの声がかすかに震えているのは、高速で空を飛んでいるからというだけではないだろう。俺は何も言わず、空中で彼女を抱きしめた。


「ジュキ―― 私、時々きみを待っていたんじゃないかって思うの。あの授業の日、夢見ていたから。いつか素敵な竜人族の男の子が、まっすぐ私を見つめて愛してくれたらって」


 レモは俺の腕の中で、はにかむようにほほ笑んだ。


「竜人族のひとなんて、会ったこともなかったのに」


「俺もきみに会える日を夢見ていたんだ」


 低い声でささやいたとき、足元の木々の中から骨だけになった鳥の群れが、俺たちめがけて襲って来た。


「鳥のスケルトン!?」


 レモが叫ぶと同時に、俺は術を放った。


「氷の結晶よ、いましめとなれ!」


 透き通った鎖が鳥の骨格にからみ、羽の動きを封じる。数珠じゅずつなぎになった鳥の骸骨たちは、もつれあって落ちてゆく。


吹夥矢ヴァンミッレアロー


 遅れてレモの風魔法も完成し、スケルトンへ――


 と思ったら、無数の風の矢が向かった先は、死霊使いの方だった!


 死霊使いモルトは振り返ることなく、風切り音を頼りに急降下する。


 が、レモの豊富な魔力量に支えられた吹夥矢ヴァンミッレアローは、本当にミッレの矢が乱れ飛ぶかのよう。すべてを避けきることはあたわず、後頭部に矢を受けて森の中に墜落した。


雑魚ざこスケルトンごときで、くだらない足止めをしようとするからよ」


 勝ち誇ったようにのたまうレモ。


 だが眼下でユリアたちが、死霊使いの落ちたあたりへ近づこうとするのを見て、顔色を変えた。


「だめよ、ユリア! ナミルさん! 離れてっ!!」


 レモの言葉が終わらぬうちに、重なる枝の下に見える死霊使いの身体から、黒いもやが広がり出した。


「なんだあれ!? 瘴気か!?」


「おそらくね。魔法学校で、死霊使いのたぐいは瘴気をまき散らすことがあるって習ったの」


 黒い煙はゆっくりと広がり、木々の葉を枯らし、口もとを押さえていたユリアとナミル団長を包み込んだ。


「二人が――」


 地上に助けに行こうと慌てる俺を制して、レモは、風の精シルフィードを示す印を結んだ。


聞け、風の精センティ・シルフィードなんじ息吹いぶき尽くることなく我らを包み、まもりたまえ。風護結界ウインズバリア


 風の結界が俺たちをふわりと包み込む。


「瘴気なんて物理的に存在する煙みたいなものだから、風魔法で防げるんだけどね」


 レモの解説を聞きながら二人で用心深く地上へ降りると、後頭部に風の矢を受けたはずの死霊使いが、ゆらりと立ち上がるところだった。


 レモは悔しそうに、


「とっさに吹夥矢ヴァンミッレアローで攻撃しちゃったけれど、失敗だったのよ。敵も風纏颯迅ヴェローチェファルコンで飛んでいる最中だったでしょ? 簡易的な風の結界をまとっているようなものだから」


「よく知っておるな、小娘」


 目深まぶかにかぶったフードの下から、陰気な声が聞こえた。三日月型に歪んだ口元からは、黄色い歯がのぞく。


「それなら、この力についても知っておるかのう?」


 死霊使いが片手を持ち上げると、俺たちの周りの瘴気がざわりと動き、意識を失ったユリアとナミル団長を動かした。


「やめろ!」


 叫んで駆け寄ろうとした俺へ、


「死滅の呪いよ!」


 死霊使いが真っ黒い煙を放った。


「うわっ!」


 反射的に俺の全身から銀色に輝く精霊力が放出し、煙を消し去った。


烈風斬ウインズブレイド!」


 レモも風魔法で攻撃するが、


「キシャァァァッ!」


 死霊使いが奇妙な叫び声と共に口を開く。飛び出した黄緑色の粘液が、風の刃を無効化した。


「キモっ」


 俺が思わずらしたときには、意識を失ったユリアとナミル団長は、死霊使いの両腕に抱かれていた。


「聖なる光よ、まわしきけがれを打ち消したまえ」


 レモが聖なる言葉を唱えるが、


「手遅れじゃ!」


 死霊使いは吠え、黒く変色した爪をナミル団長の首元に突き立てた。


清浄聖光ルーチェプリフィカ!」


 レモは構わず聖魔法を放つが、


「効かぬ効かぬ!」


 愉快そうに繰り返す死霊使いは、黒い霧のようなものに守られている。


 ナミル団長の身体から光の粒子がいくつも生まれ出し、首に刺さった死霊使いの爪に吸い込まれてゆく。


 土気色だった死霊使いの肌にはみるみるうちに血色が戻り、フードをかぶった後頭部に刺さっていた風の矢も、抜けて消え失せた。


「ナミル団長が――」


 紙切れのように打ち捨てられた彼女の身体は、老女のようにしぼんでいた。


「豊満だったバストがレモサイズに……」


「ジュキ?」


「あ、いや、何でもないっす」


「お次はこっちの犬っころじゃ」


 死霊使いの爪がユリアの首に刺さる。


「やめなさいっ!」


 レモは悲鳴を上げた。


「お前たちがこの件から手を引くと約束するならば、この娘は返そう」


「分かったわ」


 即答するレモに、死霊使いの動きが止まった。


「本気かのう?」


「本気なわけないじゃないですか」


 場違いなほど冷静な声は、俺たちのうしろから聞こえた。




 ── * ──




 うしろから現れたのは誰?

 次話は明日の夜、更新します!

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