68、俺たちの作戦と切り札

 劇の進行を無視して、関係ない曲を歌ってキングオーガを止めるか? フレデリックと劇場支配人アーロンは、理由を察してくれるだろう。


 今も衛兵たちはキングオーガを止めようと、その巨大な体躯に立ち向かっている。キングオーガの額には魔石が埋まっているようで、動きがにぶいようだが――


 唇をかんで下を向いたとき、左手に抱えたままの竪琴が目に入った。


 ――そうだ。この相棒で戦おう!


 オーケストラの後奏が終わったタイミングでもう一度、竪琴で主旋律をリフレインする。舞台袖ぎりぎりに立って短調のメロディを奏でながら、


 ――精霊力、最大出力!


 爪の先に意識をこめて、繊細な弦をはじく。


 キングオーガは戦意を喪失して、戦棍バトルメイスを振り回していた手をだらりと下げた。


 攻撃がやんだところへ衛兵たちが駆け寄ってくる。水魔法使いが凍らせると、風魔法使いが運んでいく。訓練された彼らは素晴らしい連携を見せ、あっという間にキングオーガの痕跡は消え失せた。


「何人エキストラ使ってるんだろうな、今回は」

「騎士団が道具方を務めるとは!」


 盛り上がる客席の様子に、にやけそうになるのを抑えながら舞台袖に下がったとき、舞台裏から渡し守役のバス歌手がレチタティーヴォ風に歌い出した。


「――なんとたえなる調べ

 怪物の心さえ魅了するとは!――」


 彼は俺の能力ちからを知らないのに、機転を利かせて台本にないセリフを即興で演じてくれたのだ。すぐにフレデリックが察して、同じ調で終止の和音を奏でる。


 その後、第一幕は大きな問題もなく幕を閉じた。


 少し乱れた髪を楽屋で直してもらっていると、レモとユリア、それから師匠が来てくれた。


「ジュキ、すっごく素敵だったわ! 感動しちゃった!」 


 レモは臆面もなく、ワンピース姿で座っていた俺に抱きついてくる。


「あ、うん。ありがとう」


 俺がドギマギしているのに気付くと身体を離し、


「綺麗な銀髪ね、いつ見ても」


 胸の上で波打つ俺の髪を一束、指の先に乗せるとそっとキスをした。


 おいおいそれ、男が女性にやるやつ!! 目を伏せたレモのまつ毛が長くて、ドキッとする。レモって行動は大胆なのに美少女なんだよなぁ。


「お兄ちゃんかお姉ちゃんか分からないけど大好き!」


 一瞬レモに見とれていたら、ユリアが横から抱きついてきた。


「なっ、私だって大好きよ、ジュキ」


「ありがとな、レモもユリアも。俺も二人のこと大好きだよ」


「ジュキくん、私もきみのことが大好きです」


 思いがけない声が上から降ってきて、俺は固まった。


 椅子に座ったまま長身の師匠を見上げ、


「それはどうも……」


 頬を引きつらせつつ礼を述べておく。


「ちょっと師匠、ジュキを困らせないでよ!」


 レモが怒り出すのをヘアメイクさんが笑いながら、


「あらあらジュリアーナさんったら、すっかりハーレムの女主人ね」


 うぅ、完全に女性だと思われてんのか……


 いやそんなことより、今はみんなに話しておきたいことがあったんだ。


「あの襲ってきたやつら、ひたいに魔石が嵌まってたんだよ」


「ええ、見ました」


 すぐに師匠が反応した。そうか、一番ボックス席は舞台袖のすぐ横だから、舞台上にいた俺と同じような視界なのか。


真打しんうち登場はこれからでしょう」


 さらりと続いた師匠の言葉に、俺は唇をかんだ。


「やっぱりあんたが予想していた通り、敵は今夜動くのか――」


 セラフィーニ師匠は、亡霊となったラピースラ率いるアカデミーが動くとしたら、皇帝と皇后を含め帝都の重鎮がほぼ全て集まるオペラ初日が狙われるんじゃないかと、推測していたのだ。


「第一幕で襲ってきた一般会員や魔物たちは、衛兵を倒すための尖兵せんぺいだと思われます」


 師匠は冷静に分析する。先に衛兵を片付けておく魂胆だったってことか。


「じゃ、失敗だったじゃねーか」


「ホール内は」


 短い師匠の言葉にレモが付け加えた。


「ロビーにいる衛兵はみんな倒れていたの。建物の外にいた見張りもですって」


 皇后様が劇場にいらっしゃるときはいつも衛兵が守っているのだが、今夜を警戒していた師匠は、魔法騎士団に増援を頼んでいたのだ。 


「あーもう!」


 レモは天井を振り仰いだ。


「ラピースラったら許せないわ! こんな大事な日にジュキをねらうなんて!」


「レモさん、彼らの狙いはジュキくんでは――」


「分かっているわ。敵の狙いは――」


 皇帝一家。レモはその言葉を飲み込んだ。


 鏡台の横ではまだヘアメイク担当のお姉さんが、くしやブラシを片付けている。ここでクーデターの恐れについて話すわけにはいかない。


 俺たちの計画を知っているのは、支配人アーロンと作曲家のフレデリック、それからごく少数の裏方だけ。もちろん皇后様はすべての手綱を握っていらっしゃるけれど。


 師匠はレモを落ち着けるように小声で、


「そもそも敵は主演女性歌手プリマドンナの正体を知らないはずですよ」


 そう、ラピースラも第一皇子も、俺がオペラに出演するなんて思いもしないだろう。俺を狙うなら、わざわざ皇帝一家がご覧になっている目の前で、衛兵もたくさん見張る中、戦いを挑む理由はないのだが――


「でもラピースラは悪霊になってうろついてるんだろ?」


 情報を探って、警戒しているんじゃないかと思ったのだが、


「お化けさん、劇場にお歌聴きに来るの?」


 ユリアのとぼけた質問で我に返る。劇場関連の情報なんか集めないか。


「そもそもラピースラって、ジュキのギフトが歌声魅了シンギングチャームだってことも知らないんじゃない?」


 レモの言葉に俺は首をかしげる。


「前に聖ラピースラ王国の聖堂で、俺の歌聴いたときは過去を思い出して泣いてたけどな」


歌声魅了シンギングチャームの怖いところは、自覚無くかかるところなんですよ」


 師匠は、歌声魅了シンギングチャームにかかって涙したからと言って、俺のギフトを見破ることと同義ではないと言いたいらしい。


「魔眼の魅了なら気付くでしょうが、歌に心を動かされるのは自然なことです。疑問に思わず身構えもしないうちに、術にかかっているんです」


 つらつらと説明する師匠にレモが憤慨した。


「ジュキの歌を、そんな禍々まがまがしい能力みたいに言わないで!」


 俺も小声で加勢する。


「そうだよ、師匠。歌は俺のアイデンティティなんだから」


「あーっ、ごめんなさい!」


「うわ」


 師匠が俺に抱きついてきた。


「謝ります! 私のかわいい歌姫さん!」


 がしがしと頭をなでると、楽屋を出て行きかけたヘアメイクさんが気付いて戻ってきた。


「ちょっとやめてくださいよ! せっかく綺麗に整えたのに!」


 なんとか師匠を引きはがす。


「それじゃあ」


 師匠は意にも介さず飄々ひょうひょうと片手を上げ、


「騎士団に『切り札』を起こしておくよう伝えておきますよ」


「ああ、眠らせて運んで来たんだっけ」


「だって私、あの人と一緒にオペラ観たくないもーん!」


 ふくれっつらするレモ、子供みたいでかわいいな。俺は思わず笑みをもらした。


「ふふっ、知ってる。第二幕も楽しんでくれよな」




─ * ─




眠らせて運んで来た切り札とは?

次回4月7日更新『切り札の正体【初のイーヴォ視点】』で明らかに!



新連載を始めました。「賢いヒロイン」コンテスト用の短編です。


『スキル【マクロ】で術式自動化して定時上がりしていた聖女ですが、サボりと誤解されて解雇されました。後任の方は倒れたそうですが、若き宰相様に愛されて、秘書として好待遇で働いているので戻りません』

https://kakuyomu.jp/works/16817330655342236004


女性主人公のお仕事もの。よかったらのぞいてみてください。

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