異世界開闢の冒険譚

「マジでもうああいう奴とは戦いたくない」

「大変だったな」

「大変なんてものじゃねぇよ、本当にな。で、あいつはどこに?」

「地下房。アメリアの助言で喉仏を潰して声帯を潰して完全に回復できないようにした」


 おれ達が捕まえた犯罪者は和樹に対処してもらっている。

 転移者に関してはもう一任した方が速いだろうし、何よりこれはおれたちを狙ったというよりかは無差別に行われた犯行だ。

 国としても腰を上げないといけないものなのだろう。

 和樹は面倒くさそうにため息を吐く。


「全くどっから来たんだよ、あの転移者は。外交問題だぞ」

「逃げて来たんじゃないのか? 知らんけど」

「あり得るな。後で知ったがあいつの能力、半径百メートルが限度。それ以上離れると命令が消えるらしいからな」

「どっちみちあいつはハーレムなど叶えようもなかったというわけか」


 百メートル、常に侍らせておかないといけないわけだし。

 無理やり従わせた心なんてすぐ離れていくに決まっているからな。弱点バレして狙撃されるのが関の山だ。

 そう考えるとおれは実質あいつを救ったことになるのかもな。


「俺としてはお前の変わりようの方が恐ろしい。もっと明るかったろ?」

「そうか? そうかもな。純粋にもう好き勝手やらせたくないんだわ。もう二度と、誰かを目の前から失わせないために」

「それがお前の正義か。なんつーか、悪かったな。けど俺は——」

「おれが目的を果たせば、異世界人は二度と地球に帰れない。無論、おれもお前も。この世界に居るすべての転移者も。帰りたいなら今のうちに方法を探ってくれ。結局のところ、おれはお前ら転移者から故郷を奪うって言ってるんだからな」


 そう、これはおれのエゴだ。

 誰かに褒められたくてやっているわけじゃない。……いや、嘘だ。本当は褒められたいさ。

 けど……いや……無理だな。この感情は言葉にも形にもできない。

 きっとおれはこの世界にいるすべての転移者から恨まれて、地球にいるすべての転移者に知られることなく消えていく。


 これはおれが選んだ道だ。


 この世界を楽しむことなどない。

 この世界にいる住民を救うこともない。

 ただおれの心中にあるのは行き場のないどす黒い感情のみだ。

 和樹はどうでもよさそうに口を開く。


「それこそエゴだろ。おれは、おれの国だけはお前を迎え入れると約束するよ。いっそ、魔王にでもなっちまえ」

「それは山々だがそうなるとアメリアが同じ道を踏む可能性があるからやりたくないんだわ」

「お前なぁ……。俺から言えるのはこれだけだ。迷うな、突っ走れ。それが友人として、この国の王として、年長者としての助言だ」


 そう言ってくれて気が楽になるよ。

 和樹の国なら転移者がいないし。ある意味では良い逃げ場だ。

 そしてそう、アメリアといえばだ。


「目を覚ましてからアメリアの姿が見当たらないんだが……どこにいるか知らないか?」

「ああぁ……、この国からは出ていないとだけ言っとくよ。できれば話さないでくれ、すぐに決心するからそれまでお前を宥めてやれって」


 ……あいつ。

 おれが暴走するとでも思っているのか?

 別に気にしなくても良いってのに。

 和樹は重い腰を上げてぐっと背筋を伸ばす。パキボキと身体から音を鳴らし、軽く肩を回している。


「それはそうと、そろそろ昼飯にしね? 腹減ったよ」

「……それもそうだな。せっかくだし、お前の娘でも紹介してくれよ。まだ会ってないんだぞ?」

「やだ。毒されたらどうする。吸血鬼は悪い奴で倒さないといけないって英才教育を施してんだから」

「残念ながら当然だな」


 などと軽口を叩きながら、おれと和樹は客間を出る。

 なおこれは本当にどうでもいいのだが、出された夕飯はまたもニンニクを中心とした料理だった。

 こいつ遠回しに出ていけって言ってね?

 と思い問い詰めてみたところ、そんな意思は一ミリたりとないらしい。

 つまりこれは、和樹なりにおれの心を和らげようとした行為なのだろう。

 和樹の気遣いに感謝しつつ、おれはニンニクを避けて口をつけ始めた。


  *  *  *


 何度目かの風呂。

 全身に伝わる心地よい暖かさとは反対に冷たいおれの心。

 それでも前入った時の気持ちよさなど微塵も感じない。

 無駄にでかい風呂場で、おれはポツンと一人で体育座りをしていた。

 誰か、アメリアがいないというのはこんなにも不便で、こんなにも寂しいものだったのかと。

 結局、夕飯時になってもアメリアは現れなかった。

 いったいどこで道草を食っているのだろうか。

 そう考えてると風呂の扉が開かれ、アメリアがタオルを体に巻いた状態で入ってきた。

 今までどこに行っていたんだよ。助けてくれたことに関して礼を言いたかったのに。


「怒っていないんですか? 弱点で突き刺したのを」

「そうやってくれと頼んだのはおれだ。怒る道理が無い」


 怒るとしたらあの犯罪者と一緒に串刺しにしたことだろうか。

 攻撃を当てるためとはいえ普通にムカつく。

 もっともあの一撃でおれの心の中にあった、好きな奴とひとつになれたとかほざいていた人格が消えてくれたので清々しているが。

 あいつの能力、命令する能力じゃなくて、命令を受け容れてくれる人格を相手の中に生成するって能力なんじゃないかと今でも思う。

 アメリアが体を洗う音が響き渡る。

 風呂のお湯に足を突ける音が耳に届き、ぎゅっと後ろからおれを抱きしめてきた。


「あまり背負いすぎないようにしてください。俊さんは俊さんです。例え俊さんの行動が何ひとつ褒められるものではなかったとしても、私だけはいつまでも味方であり続けますから」

「それ、和樹にも言われた」

「むぅ、先を越されちゃいましたか。でも私が言いたいのは和樹さんと同じです。俊さん、あなたはひとりじゃないんです。私が付いています」

「……転移者の敵になるかもしれないぞ、おれは」

「その時はその時です。何だったら一緒に天界へ来ませんか? 俊さんなら大歓迎です! 形式上部下となりますが、悪いようにしませんし、何だったらいつまでも可愛がってあげますよ?」


 それはそれは耽美な響きなことで。

 アメリアはおれの耳へ囁くように声を吹きかける。


「元々あなたはハーレムもやりたくて来たのでしょう? だったらダメですよ。むしろこれが俺の答えだ。文句あるかぁ、ってくらいの態度で行かないと」

「そっか、そうだよな。意味もなく悩み過ぎたわ。サンキュー」

「はい!」


 そうだな。今は道を進む過程だ。くよくよしている場合じゃない。

 終わった後で考えるか、終わる手前で考えればいいんだから。

 おれは気恥ずかしくなって頬をポリポリと掻く。


「ありがとな。いつも通り、また励まされたよ」

「良いですよ。私は俊さんの、誰かのために悩むことができる人。大好きですから」


 今も昔も、最初から変わらないアメリアの温もり。

 今日だけはもっと、溺れていても良いよね。

 そうだ。溺れると言ったら……。


「アメリア、髪と身体洗って」

「まだ洗ってなかったんですか?」

「洗うのはアメリアの仕事だから。洗ってくれるって言っていたから」


 少し意外そうな顔を晒したアメリアは「しょうがないですね」と言葉を紡ぐ。


「不甲斐ない妹を世話するのもお姉ちゃんの務めです。任せてください」

「誰が妹だ、誰が」

「フフフッ」


 しばらくアメリアの腕に埋もれ、アメリアに身体を洗ってもらいながらふと思う。

 そうだ、おれはまだ何も始めていないのだと。これからこの世界と地球を分かつ冒険を始めるんだと。

 だからおれは頑張ろう。今はくだらないことで悩むより、精一杯女神の役目を果たさせてもらう。

 それがおれの冒険。おれの物語。

 名前を付けるとそうだな。



 ~異世界開闢の冒険譚~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界開闢の冒険譚~吸血姫となった元男、女神と共に世界を別つ冒険へ出る~ メガ氷水 @megatextukaninn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ