VS犯罪者

 アメリアが言う。


「これです。世界と世界を繋ぐ魔法陣は。女神の権限でしか破壊できないのでちょっと待っていてください」


 アメリアは五芒星の中央へと立つ。何かの詩を紡ぎだすと魔法陣から光の玉が溢れて踊りだす。

 何だ? アメリアは何の言語を話している?

 この脳が直接拒否反応を起こしてくる言語は何だ?

 ……止めておこう。心理を覗いて死にたくないし。間違いなくSAN値が減る系の奴だ。

 光の玉が放出されるたびに五芒星の色が薄くなっていく。

 光は徐々にアメリアの身体へと吸い込まれて行っている。……気のせいか、アメリアの身体が光り輝いているように見えた。

 もしかしてこれ、アメリアの強化イベントだったりする?

 なんて考えている時点でもう終わったようだ。アメリアは胸を一撫でして分かりやすく安堵する。


「先ほどの質問ですが、この世界に私の持つ力を漂着させていたが正しいです。なので本来の姿に一歩踏み出し始めたが正しいですね」

「つまりは強化されたんだな?」

「ですね。これで並大抵の異能力なら何とかなると思います。無論、俊さんを滅することも容易です」

「こわっ」


 あまり怒らせないようにしよ。

 というかハーレム要因に殺されるとか……いや居たなぁそんな奴。

 ナイスボート!


「イメージとしてはネジを一本外した段階なのでまだまだくっついている状態ですね。後二本外せれば盤石なものとなります」

「そうか。じゃあもう少し頑張らないと。ところでアメリアさんや、肩とか固ってません?」

「分かりやすく媚びを売らないでください。けどお願いします。妹にやってもらうの夢だったんです」


 誰が妹だ、誰が。

 それはそれとして、一応労いの気持ちを込めてアメリアの肩を揉む。

 意外と固っているなこいつ。胸か。一応でかいもんなこいつ。ほんと、大変なことで。

 アメリアはどや顔を作って見せる。


「良いでしょう? これくらいがベストですよ」

「おれのベストは見ての通りだから、喧嘩にならないとだけ言っとくよ」

「それは平和で何よりです。もう少し強くお願いします。握りつぶすくらいで」


 流石にそれはと思うけど要望とあらばしょうがない。

 この後、めっちゃ肩を揉んだ。アメリア、めっちゃ良い匂いした。


  *  *  *


「自分自身の人形なんて持っていって何するんですか?」

「そりゃナニだよ。ナニかの役に立つかもしれないだろ?」

「特に何も言いませんけど自分の身体なんですから大切にしましょうね?」


 ホワイト・ブラッドの等身大一分の一スケール人形を手に入れたおれとアメリアは、森から抜け出てマリンネアへと向かっていた。

 時刻はすっかり夜。雲の間から月光が差し込んでいた。

 あの森、まるで南極の白夜のようにずっと明るかったな。

 突然、嫌な予感が脳を駆け巡る。

 暗闇の中から歩いてくるは浮浪者を思わす二十代くらいの男性。

 髪はボサボサ。体形はガリガリで。ボロボロな白いシャツに身を包んでいる。

 そんな見るからに弱そうなのにおれの頭から警報が鳴りやまない。

 男性はおれたちの姿を視認した瞬間「足を止めろ!!」と命令口調で大きな声を上げる。

 すると突然、おれの足が地面に縫い付けられたかのように動けなくなる。

 ――足が全く動かない。

 命令口調、異能力、転移者。

 そうかこいつは転移者か!


「喋るな!!」

「――! ――!?」


 命令でおれの喉が使えなくなる。

 やっぱり声で命令を出しているのか。ふーん、種さえ分かれば後は簡単だな。


「すごい、すごいぞ! ぼくちゃんに与えられた天からのギフト! ぐふふ、これで美少女を思いのまま! さて、さっそく何を命令しようか」


 男性はなんか色々考えた末にとりあえずといった形で答えを出したようだ。


「おおっと、ぼくちゃんの名は浜田拓、勇者でござる」


 男性は長い髪の毛をロマンチストがやるような仕草でかきあげた。

 べたついた髪は広がることなくすとんと落ちる。

 おれは腕を伸ばして男性目掛けて軽めにストーンジャベリンを放ってみる。


「うわっと! 危ないでござる! 随分とヤンチャな娘でござりますなぁ。そういう娘がどう堕ちていくのかを楽しむのも紳士のたしなみでござる」


 意外にも炎の槍を犯罪者は避けて見せた。

 Yesロリータ。Noタッチって知らないのかこいつ。

 品定めするかのように涎を垂らす犯罪者。こいつは変に腰を振りながら指を突きつけてくる。


「ぼくちゃんに惚れろ!! ぼくちゃんに攻撃するな! 二人同時に濡れろっ!」


 何だこれ……。犯罪者に対して相当美化フィルターが掛かったような気がする。

 うっわ、長く艶のある黒髪、無駄な肉のない体つき。一言一言がおれの心に安心感を齎す。この犯罪者のすべてが美化されて見える。

 なるほどね。んで、おれの下半身も同時に濡れてくると。受け入れ態勢ばっちりと。

 ……殺すか。

 おれはアメリアに顔を向けて手を掲げる。


「待った! ぼくちゃんの命令があるまで行動禁止! 攻撃を当てられたら溜まったものじゃないでござる」


 おれの身体から自由が消える。もう首ひとつ、指ひとつとして動けない。

 最悪な下種能力だな、これ。

 吸血鬼というのは厄介だ。

 元々が蝙蝠だから無駄に音域が広い。そのせいで耳を塞いだ程度じゃ簡単に音を通してしまう。

 実に面倒だ。特に惚れろと言われたせいで考えが纏まらないのが特に。

 犯罪者は腕を広げて悦に浸る。


「儚そうな銀髪美少女、包容力抜群そうな茶髪のおねえさん。異世界最高でござッ!?」


 直後、犯罪者の片腕が光の槍によって飛ばされた。

 まぁ……残当だわ。

 だって最初から、おれはお前を狙って魔法なんか打っていないんだから。


「包容力抜群そうなお姉さん。なんでぼくちゃんを……」


 犯罪者は狂乱するかのように叫び散らかす。指を突きつけて何度も叫ぶ。


「攻撃するなっ! 動くなっ! 弱体化しろ! 服を脱いで全裸になれっ!」


 しかしアメリアはけろっとした顔でその命令全部を無視する。

 当たり前だ。だってお前がなんかかっこつけている間にアメリアの耳に石を詰め込ませてもらったから。

 目を見なくとも効果があった。だから目は関係ない。

 フェロモンの可能性も無きにしもあらずだけど……。犯罪者とアメリアは距離遠いからな。

 犯罪者はとち狂ったかのように頭をかき乱す。


「白髪美少女ちゃん! ぼくちゃんを守って!」


 命令におれの身体は勝手に動き出す。

 勝手に立ち上がり、勝手にアメリアへと宵闇小悪魔の切っ先を向けた。

 ……こいつ、他力本願かよ。人を盾にしやがった。

 なのにおれの心はこの人のために成れるなら本望とか意味わからない乙女回路を全開で回している。

 真に人の心を支配することってできないんやなって。


「そうだ! 守って白髪美少女ちゃん! あとでぼくちゃんから言葉にできないご褒美あげちゃうから!」


 純粋にキモイ。言葉の節々がキモイ。存在がキモイ。この世からいなくなんねぇかな。

 なのにおれの心は勝手に期待で胸を弾ませて心どころか身体まで許しちゃいそうな雰囲気である。

 けど俯瞰視点で見てみると今のおれの状態って多分この世界に来てから最も可愛い状態なんだよなぁ。

 好きな人のために飛び上がるほど喜んで頑張ろうとする。それが例え偽りの惚れ薬だとしても。

 頭の中を好きな人でいっぱいにして。ちょっとしたことで浮かれる。

 俯瞰的に見れれば可愛いと思う。

 なんかね。おれのキャラじゃ無さすぎて二重人格になっている感あるわ。人格が分裂している感。

 だからさ。もう自分でも見苦しいんだよね。

 どうせ刺されても回復するし。一か月くらい休めば十分元気になれると思う。

 だからね、アメリア?

 助けてください。お願いします。滅ぼす気で来てください。


「グアッ! ウッ!」


 直後のことなど覚えていない。

 分かったのはおれのどてっぱらに光の槍が突き刺さったこと。

 槍が勢いのままに犯罪者にも突き刺さったこと。

 それから、言葉にもできない天の苦痛がおれへと降り注いだことだ。

 この痛みをどう言葉にすれば表現できるだろうか。どう口にできれば痛みを消せるだろうか。

 真に痛いときは痛覚など完全に消えてなくなる。身体は麻痺して動かすこともできず。

 次におれが目を覚ましたのは城内のベッドの上だった。

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