13年越しの初夜

春風秋雄

それは友の3回忌の日から始まった

「田嶋さん、今日はわざわざありがとうございました」

喪服姿の琴音さんが俺の席まで挨拶にきてくれた。

「早いものですね。もう3回忌ですからね」

親友の陽介が交通事故にあったと、陽介の奥さん、琴音さんから電話があった時のことを思い出した。連絡を受けて急いで病院へ駆けつけたけど、すでに事切れていて、小さな子供二人を抱えるように泣き崩れていた琴音さんの姿が不憫だった。

「それで、この後、少しご相談させて頂いてよろしいでしょうか」

琴音さんの相談とは、お金のことだろう。交通事故の過失割合は五分五分で、先方は運よく一命をとりとめたが、後遺症が残ったようで、その結果、賠償金もほとんどなく、保険も大したものに入ってなかったので、琴音さんのパート収入だけでは二人の子供を養っていくのは大変なことだった。陽介は本当に仲の良い親友だったので、私で出来ることであればと、今までも何度か資金援助をしていた。

「まだこの後の片付けとかあるでしょ?夜にでもお宅にお伺いしますよ」

「そうして頂けると助かります。よろしくお願いします」


私、田嶋修一が陽介と友達になったのは、中学3年の時だった。街でよその学校のワルに絡まれていたのを同じクラスの陽介が助けてくれたのがきっかけで、それ以来仲よくなり、高校、大学と地元の同じ学校へ通い、何でも話し合える無二の親友となった。

陽介が「今度結婚することになった」と、職場の後輩だという琴音さんを紹介してくれたのは、俺たちが31歳になる年だった。琴音さんは俺たちより6つも下で、まだ25歳だった。小柄で、ショートカットがよく似合う美人で、今の女優で言えば木村文乃さんのようなタイプだった。あれからもう9年も経った。私も、もうすぐ不惑を迎える。私はいまだ独身だ。何回か恋愛もしたが、若い頃に起業した会社は先行き不安な状態だったうえに、当時はまだ両親が健在だったので、一人っ子の俺のところに嫁に来ようという女性は誰もいなかった。数年前から会社は軌道にのり、収入もそこそこになり、両親も6年前に親父、4年前にお袋と、相次いで病気で他界し、ネックとなっていた要素はある程度解消したのだが、私自身が年も年だし、こんな北陸の田舎町なので、今度は出会いがなくなった。


夜になり、琴音さんを訪ねることにした。陽介が新婚時に借りたマンションは2DKの間取りで、部屋は子供の荷物などで座る場所もないとのことで、ダイニングテーブルで話をすることになった。

「それで相談とは?」

俺は、またお金の相談だろうと思い、カバンには30万円入った封筒を用意していた。

「実は、これなんです」

そういって琴音さんは書面を差し出した。それはマンションの大家からの内容証明だった。ざっくり内容を読むと、家賃滞納による退去勧告だった。

「いったい、何か月分滞納しているんですか?」

「かれこれ、5か月分くらいです。遅れ遅れで、少しずつは払っているんですが」

「ここの家賃は10万円でしたね。そうすると50万円ですか」

「50万円、お借りすることはできないでしょうか。必ずお返ししますので」

「琴音さん、50万円貸すことは問題ないですが、そのあとはどうするんです?」

「そのあととは?」

「一旦滞納はなくなっても、またすぐ家賃が払えなくなるのではないですか?琴音さんのパート収入は手取りで、月に15万円あるかないかでしょ?家賃に10万円取られて、残りのお金で生活するのは難しいんじゃないですか?」

「それはそうなんですが、子供たちもこれから大きくなってくれば、これ以上狭い部屋に移ることも出来ないですし、何より、引っ越すお金もなくて」

「琴音さん、うちに引っ越してきなさい」

「え?田嶋さんの家にですか?」

「べつに私と結婚してくれとか、愛人になれとか言うつもりはないですから、子供たちのためにもそうしなさい。2年前に家を建て直して、部屋は余っているから。家賃もいらないので、しばらく落ち着くまでいればいいですよ」

「そんな、申し訳ないですよ」

「かまいませんよ。どうしても気が引けるというなら、毎日の食事を作って下さい。ご存知のとおり、私は独り身で、いつも食事は外食かコンビニで済ませていますので、手料理が食べられるのであれば、こんなうれしい事はない。もちろん食費はすべて私が出しますから」

「しかし、そんなことでお世話になるのは」

「あ、独身男との同居で心配だと思いますので、部屋には鍵をつけますね。だから夜は鍵をかけて寝ればいいですよ。昼間外出するときも、鍵をかけて外出すればいい」

そこまで言って、やっと琴音さんは折れて、よろしくお願いしますと言ってくれた。


10日ほどしてから、琴音さん一家が私の家に越してきた。2階の10畳の和室を寝室に使ってもらい、その隣の6畳の洋間を子供部屋に使ってもらうようにした。部屋はまだ余っているので、子供たちが大きくなったら、また考えればよい。子供は小学2年生の恵ちゃんという女の子と、幼稚園年長の直樹くんという男の子だが、恵ちゃんが小学校に入学する前に陽介が他界したので、机も買ってあげられてなかったらしい。そこで、直樹くんの分も合わせて、2台の学習机を子供部屋に設置しておいた。それを見た子供たちは大喜びだった。


俺は約束どおり、琴音さんには一切手を出さなかった。俺も男なので、風呂上りの琴音さんの姿を見て、時にはよからぬ気持ちが湧いてくることもあったが、陽介のことを思い出し、グッとこらえた。

それよりも、一緒に暮らしているうちに、子供たちが本当にかわいく思えてきた。子供たちも俺のことを「修おじさん」と呼んで懐いてくれた。何年もしないうちに、本当の自分の子供のように思えてきた。

近所では変な同居の形をあれこれ言う人もいたが、気にしなかった。言いたい人には言わせておけばいい。


子供を育てるということが大変なのは、どこの家庭でも同じだ。ましてや俺は実の父親ではないし、戸籍も違う。それでも二人の子供は、ぐれることもなく、健やかに育ってくれた。

恵ちゃんは高校を卒業して働くと言っていたが、私は無理やり大学へ行かせた。本人は就職するつもりで勉強していなかったので、拾ってくれる大学は、かなり入学金の高い東京の三流私立だけだったが、その頃の俺は経済的には何の問題もなかった。直樹くんは中学時代から優秀で、早くから大学へ進学するよう言い含め、このたび東京の国立大学にみごと合格した。俺は嬉しくて、本当に涙が出た。直樹くんが大学入学のため上京した日、俺は琴音さんと陽介の墓に報告へ行った。

「陽介、二人とも、何とか大学まで行かせてあげられたよ。喜んでくれるかい?」

「陽介さんも喜んでいると思います。そして修一さんには本当に感謝していると思います」

琴音さんは私にそう言ってから、目をつぶり、長い間手を合わせていた。


その日の夜から、家は子供たちがいなくなり、私と琴音さんの二人きりになってしまった。少し気まずい空気が流れたが、それよりポッカリと淋しくなったという気持ちが勝った。もう寝ようと、自分の部屋に入り、ベッドに横になったが、なかなか寝むれそうにないので、本でも読もうとスタンドの電気をつけたとき、部屋のドアをノックする音がした。家には琴音さんしかいないので、ノックしているのは琴音さんであることは間違いないのだが、いまだかつて、子供たちが俺の部屋を夜に訪ねてくることはあっても、琴音さんが夜私の部屋にくることはなかった。何かあったかと思い、「どうぞ、どうかしましたか」と声をかけると、琴音さんが部屋に入ってきた。そして琴音さんは私のベッドの前で正座し、深々と頭を下げた。

「長い間、本当にありがとうございました。私たち親子が生き長らえたのは、修一さんのおかげです。そのうえ、二人とも大学まで行かせてもらって、どうやって感謝の言葉を伝えれば良いのかわかりません」

「いいよ。そんなこと。俺は、自分がやりたくてやったことだ。今では心底家族だと思っているから」

「家族だと言ってもらって、本当にうれしいです」

そう言って、琴音さんは立ち上がると、後ろ向きになり、寝巻きの浴衣の紐をとき、浴衣を落とした。下着は何もつけておらず、浴衣の下は裸だった。琴音さんはすっと、私のベッドに入ってきて

「私を、本当の家族にして下さい」

と言った。

「琴音さん、無理しなくてもいいよ。こんなことしなくても、俺は家族だと思っているから」

「無理なんかしていません。私は、もっと前から、こうしたかった。私も女ですから、この家に同居してからずっと、修一さんとそうなることを、何度も想像しました。子供たちが寝入ってから、この部屋のドアをノックしようと思ったことも、1度や2度ではありません。でも修一さんと、そういう関係になったら子供たちがどう思うだろうと考えると怖くて。だから、あえて修一さんを避けていたと思います。でも、今日で子供たちは巣立っていきました。もう自分を抑えなくてもいいかなと思い、昼間、陽介さんにも、ちゃんと了解もらってきました」

墓前で長い間手を合わせていたのは、陽介に了解してもらっていたのかと納得した。

「俺も、ずっと琴音さんとそうなりたいと思っていた」

「知っていました。申し訳ないと思っていました。13年もお待たせしてごめんなさい。こんなおばあさんになってしまったけど、いいですか?」

「おばあさんじゃないよ。まだ47歳だよね。ほら、おっぱいだって、こんなに張りがある」

「あっ」

琴音さんは俺の首にしがみつき、唇を求めてきた。


家には二人以外、誰もいない。一軒家なので、少々の声は外からは聞こえない。琴音さんは存分に声を出して喜んでくれた。

琴音さん自身、こういう行為は15年ぶりだろう。俺も風俗以外では、何年ぶりだろう。まさか、53歳になって、こんな幸せが待ち受けているとは思わなかった。子供たちがいなくなって、淋しくなったけど、逆に、これからの楽しみが出来た。問題は、この年だから、体力だけが心配だ。あと、ダブルベッドを買わなくては!


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