16 買い物はひっそりとしたい(2)
手を引かれるままにやって来たのは、薬屋である。周りの建物と比べてしまうと外観がどうにも古めかしいのだが、それでも独特の雰囲気があった。蔦が覆っているのはここだけだしな。見渡した限り、屋内も屋内で古さが前面に出ているようである。味があるといえばいいのかね? 薬品の匂いが微かに漂っているのは、やっぱり薬屋だからだろう。
お嬢様たち三人の会話から察するに、どうやらここには腕のよい薬師がいるらしい。エルフの男性のようで、おそらくは旧知の仲と見える。クマ次郎はなぜか会話に混じらずにひたすら頬を擦り寄せてきたのだが、大丈夫か? 頬的な意味で。痛くないのかね……? という俺の心配を余所に、クマ次郎は頭から飛び降りて俺の右肘にぶら下がった。元気がいいなあ。
そう感心する傍らで、危ない危ないとクマ次郎を腕に抱え直すと、「マスター」と上機嫌に頬を擦り寄せられる。問題はなさそうなのでいいか。俺たちがそうしている間にも、夜嗣たちは店内に並ぶ薬品に目をやっていたようだ。店員さんが奥にいるままなのは防犯的にどうなんだろうかとは思うが、四隅に並べられた魔術具が程よい存在感を放っているので、心配はしなくてもいいみたいだ。小型銃といえばいいのか、打ち出し型といえばいいのか、なにか放たれるやつだろう、これは。ちょっと触れてしまって打たれないように気をつけなければ。
所狭しと並べられた回復薬類――飲み薬はといえば、試験管に入れられたものからアンティーク調の小瓶、栄養ドリンク型の瓶にフィギュア付きのペットボトルキャップのようなものがついたものまでいろいろあるらしい。アルコールランプ型や三角フラスコ型、ビーカーそのままなんてものまである。その中身は色彩の暴力というのか、色とりどりだった。紫色だけはとてもヤバそうな感じがするのだが、グレープ味なのか毒薬にあたるものなのかどちらだろうか……。ちゃんと商品として並べられているものだから、毒成分は低めなのかね? 値札兼用である商品説明を見てみても、そのあたりがよく解らないんだよなあ……。これは解らないままの方がいいのかもしれないが。
飲み薬のほかにも塗り薬や貼り薬なんかもあるから、用途によって使い分けられるようだ。まあ、飲み薬だけは別の使い方――患部にかけたりといったこともできたりするけれどもね!
「クマ次郎、これはどうですか?」
「むー、買いです」
腕の中にいるクマ次郎に渡された小瓶がふたたびお嬢様の手に戻ると、小さなポシェットへと消える。色は白色。マット加工というのか、艶めいている。これが学園から貸与された縦ポシェット型マジックバッグである。布に付けられたタグには学園名がしっかりと縫われているものだから、横流しは難しい。タグに使用されている布も糸も特殊なもので、一般的な刃では敵わないと説明されているわけだし。試した猛者によると、すぐさま刃こぼれをしたらしいよ。愛用の剣だったようなんだけどね。泣く泣く修理に出しとかなんとか。噂で聞いただけだけれども。
夜嗣たちは個人個人で空間魔法を使えるようだが、学園に従うことにしたらしい。空間魔法の使い手は少ないからな。バレたらまあ面倒くさいらしい。クマ次郎はクマ次郎で鑑定と空間魔法持ちなので、こうして鑑定をしているわけだ。俺だけなんにもないのは悲しすぎるのだが、魔法は急ににょきっと生えてくるわけでもないので、こちらも泣く泣く諦めるしかない。
マジックバッグにしまった物は会計をする時に中身を出せば問題ないようであり、鑑定を終えたものが次々に入れられていくのは壮観かもしれない。クマ次郎は大変だろうがね。やる気に満ちているようだから、疲労は少ないかもだが。
「マスター」
「どうした?」
「クマ次郎もダンジョン探索楽しみです」
「探索ではなく実習な。まあ、探索といえば探索なんだけどさあ」
わくわく顔のクマ次郎に苦笑いを返した俺ではあるが、なんだか一緒に出かけるような言い方をしているよなー。クマ次郎は留守番ではなかっただろうか? 学園の中枢を担うテディベアなわけなんだし、ホイホイと危ないところへは行かせられないよ。なにせ、クマ次郎の代わりは誰にもなれないのだから――。損失が大きくなる前に、おとなしくさせないと。
お土産を楽しみになーとわしゃわしゃ頭を撫でてやると、ふたたび薬品の鑑定に入ったクマ次郎を夜嗣の腕に押し付け、俺は俺で店内の散策をし始める。こういうところは中々来ないからな、味わわないと損だろう。ぞろぞろと後をつけられていますが。
「おっ! だらんと寝そべったようなクマ型の瓶があるー」
窓の
「クマ次郎、これはどうだ?」
「こ、これは!」
「え、なに、なんかあったりするのか!?」
力強く叫ぶクマ次郎にたじろぐが、「クマ次郎のおやつにしまーす!」と満足げな顔を見れば、商品説明に偽りがなさそうなことが解った。にへらにへらと笑うクマ次郎は、瓶に頬を擦り寄せ始めている。
「なんで水飴が売ってるんだよ……」
「従魔用のおやつだよ、それ。人が食べても問題はなさそうだけど」
「へー、おやつなのか」
夜嗣の言葉に納得しつつも、どんな味がするのかという疑問そのままに、クマ次郎が大事そうに抱える瓶を取り上げてレジに近づいていく。取り上げた瞬間にクマ次郎は「あっ」と悲しげな声を出したが、違うんだよ。買わないのではなくてですね、買わなきゃ味見できないじゃないですか。
お値段は七百五十円。税抜き価格ではあるのだが、ダンジョン活動には癒やしも必要であろう。クマ次郎用にあと二、三個購入してもいいな。喜んでいたわけだし。
店員がいつの間にいたのかは解らないが、会計を終えて戻るままに瓶を眺め、食べ方を模索する。割り箸もスプーンもなにも渡されなかったしなあ。指を突っ込めばいいのか?
「食べ方はー、えっと……」
「ちゅるるんと食べます」
「ちゅるるん?」
それはどういう食べ方なのだろうか。疑問を返すと、クマ次郎は俺の手からおやつの瓶を取り、蓋を開けて魔法を発動させた。なるほど。中身がひとりでに躍り出る様がちゅるるんと表されるらしい。作り的にクマのミミの先や鼻の先、前足や後ろ足の先に残るであろう水飴も綺麗に出てくれたので、洗い物に困らないのはいいなあ。
「すごいな!」
「マスターからどうぞ」
「んえ?」
くねくね動く水飴は、水飴だというのに動きが豊かである。どうぞと言われてもどうしたらいいのか解らないのでそのまま固まっていると、先が切れて球体となった。目の前には小さな飴玉がいくつか浮いている。
「これでマスターにも食べやすくなりました」
「ありがとう」
できたて(?)の飴玉を口に運ぶと、優しい蜜の味がする。この優しい甘さはどこかで食べたことがあるような気もするが、どこで食べたのかは思い出せない。そんなに昔ではないとは思うのだが、熱を帯びていく頭が恐ろしくて、すぐさま思考を切り替えにかかる。飴はうまい。うむ、うまくいったな。
だから頭を撫でなくても大丈夫ですよ? 特にお嬢様はですね、抱きしめなくても問題はありませんから! あの、ちょっと、また拘束が強くなっていませんか!?
俺は流々是静伊の兄(で姉)!? 白千ロク @kuro_bun
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