15 買い物はひっそりとしたい(1)

 予想に反して誰に怒られるわけでもなく、難なく放課後を迎えられた。しかし授業中はほぼビクビクしていたからか、なんとなく躯が重い気がする。さっさと帰って寝ようかと帰りの支度を終えたところで、やって来た流々是さんたちによってあの地下室に連れられるのは予想もしていなかったよね……。しかも手繋ぎで。流々是さんはいいかも解らないが、美少女と手を繋ぐことになった俺は緊張しかしなかったんですわ。


 なんでなんだと困惑するまま始まったのほほんとしたティータイムは心地よすぎる。心なしか、俺の膝の上を陣取ったクマ次郎もだるんと伸びているような気がしないでもない。このゆるい雰囲気だからな、気持ちは解る。


 今回は丸テーブルはそのままで、椅子だけが変更されていたようだ。一人がけ用の高級仕様なソファーではなく、猫脚のお洒落な椅子となっていたからか、お互いの距離感がぐんと近くなっている。この椅子もお高そうな雰囲気がばしばし流れているんだが、もう座ってしまったんだよなあ……。座り心地がいいのなんの。やっぱりお高いだけあるわー。ちなみに、俺の両隣には流々是さんと守青さんがいて、対面には夜嗣がいたりするんだよね。


 ティーカップに添えられたお茶請けはクッキーである。なんとクマの顔型であり、プレーンとココア味の二種類があった。可愛らしいクマ型なのはクマ次郎がこの部屋の管理者だからだろうか。食べたら食べた分だけ新たに出現するのは、本当に魔法様々だよな。持ってくる手間がないのは楽でいいわ。


 もしゃもしゃクッキーを食す俺と優雅にティーカップに口をつける三人とを比べると、育ちの違いが丸解りですね。さすがお貴族様方だ。絵になるわー。俺がやっても全然違うからねーと、遠い目になる俺にかけられた声は優しげだ。


「兄様、ダンジョンには気をつけてくださいね」

「はい、解っていますよ」


 なんだかんだで他の先生たちからも言われるようになったし、なんならクラスメイトたちからも散々言われていたのだが、まだ言う人がいたようだ。それだけ死にそうに見えるんだろうけどな。けれども、俺はB級ホラー映画に出てきそうな一番に殺される人ではないんだけどもね……。心配されていることは解るから、あんまり腹は立たないんだけどもさ。どういうわけかは知らないのだが、みんな心配性すぎなんだよなー。


「兄様がケガをすれば一大事ですから」

「ダンジョンにケガはつきものなのでは?」


 大怪我は困るが、掠り傷や打撲、打ち身といった軽い傷なら誰だってできる。それがダンジョンというものだろう。そんな考えの俺の言葉に対して、流々是さんたちは否定するように頭を振る。はて、どこか間違っていただろうか? と言いたげに緩く首を傾げると、がしりと肩を掴まれた。それはもうがっしりと。


「兄様の柔肌に傷がつくなど堪えられませんっ」

「いや、柔肌は流々是さんの方では?」


 俺は男なので柔肌ではないですよとそう言うのだが、「柔肌です!」と、今度は両手で頬を包まれてもにゅもにゅされる。人の話を聞いてないな、この子は……。あ、やめて。婚約者持ちが額にキスをしてくるのはいろいろとダメでしょうが! 嫉妬は怖いんだぞ!


「ぶわぁ!? りゅりゅしぇしゃんっ!」

「慌てる兄様はとてもかわいいですねぇ。大丈夫ですよ、唇ではないのですから」

「問題ありゅ!」

「クマ次郎も! クマ次郎も混ざりたいです!」

「にゃんらって!?」


 問題だらけだと言いたいのだが、クマ次郎の言葉になにを言っているんだと目を丸くする間にも混ざってしまい、さらに揉みくちゃにされました。「もちもちー!」とか「色白すべすべです! 好きー!」とか言われたが、ふわふわの手とすべすべの手はどちらもよかったです。満足した二人を横目で眺める俺の頬は赤くなっている可能性が高いんですがね。額にはめちゃくちゃキスをされたしさあ……。いやまあ、美少女からの額にキスはご褒美にしかならないんだけれども。


 クマ次郎の言動から解るとおり、クマ次郎はどうやら俺の色白すへすべお肌が大変お気に入りらしい。俺は別にすべすべだとは思っていないし、コンプレックスでしかなかったのだが、だからクマ次郎や夜嗣は俺が鍛えるのをよしとしなかったんだなあ。理由は解ったけれども、諦めたりはしないんだけどねー。悪いね、二人とも。


 夜嗣と守青さんはなぜか温かい目をしていたが、止めてくれよ。なんで俺だけなんだよ。解せん! 夜嗣や守青さんだって、綺麗な肌をしているというのにね。エルフの血はこういうことが多いから、特別感が高い気がするんだよなー。


 立ち上がって夜嗣と守青さんの頬を挟んだあと、流々是さんとクマ次郎にもしてやる。みんな固まってしまったが。するのはいいけど、されるのには弱いのかね?


「しーちゃんなにを……」

「俺だけなのは嫌だし。揉みくちゃにされないだけありがたいと思え」

「それはまあ、そうかもしれないけど……。しーちゃんのにやにや顔は破壊力があるから気をつけてね?」

「なに言ってんだお前」


 にやにや顔はにやにや顔でしかないだろうに、破壊力とはなんなんだそれは。わけが解らないといった視線は笑顔に躱されたから、聞けず仕舞いである。なんなら聞く気はないんだけどもさ。わけが解らない答えは必要ないんだよねー。


 その後は買い物の場所の確認をして、またまったりとした時間を過ごした。夕飯食べられるかなあ、これ。


 帰る間際にそう心配していたが、地下室から帰るまでには多少の運動になっていたのかなんなのか、ぺろりと完食した。麻婆茄子はおいしいです。あ、中辛ですよ、うちは。



 ◆◆◆



 一夜明けての土曜日。待ち合わせ場所はアーケード商店街の入口である。


 お忍び用であろう車から出てきたのはお貴族様二人だ。お忍び用だといっても、やっぱり高級仕様なんだろうか、スタイリッシュな車体かつお高そうな匂いがプンプンする。お忍び用であっても目立つのはなんでなんだろうな。お貴族様であるキラキラオーラが凄いからだろうか。


 流々是さんには「兄様ー!」と抱きつかれたりするのだが、守青さんはなんとも思わないのかね。俺だったらちょっとムッとしてしまうんだけど。いくらどうこうなる気はないと解っていようが、凡人のくせしてってさあ。


 ちらりと守青さんを見るが、「どうかしましたか?」と笑みを向けられた。あっ、理解したわ。余裕だこれは。守青さんが負けるわけがないもんなー。まあそれでも、変な噂が立つのはいけないので、すぐさま引き剥がしにかかるのだけれども。


「流々是さん。恥ずかしいので抱きつくのは遠慮してほしいです」

「なぜですか!?」

「えぇ……、いま恥ずかしいと言いましたよね?」

「夜嗣さんには抱きしめられるのに、どうして私ではダメなのですか?」


 いやそんな、絶望したような顔をされてもどうしたらいいのか困るんですが。たかだか俺に抱きつけなくなるだけだというのに。なぜか俺の頭にいるクマ次郎まで「抱きつくのはダメなのですか?」と、悲しみに暮れたような声を出したのだから不思議でしょうがない。


「いや、外で夜嗣に抱きしめられたことはないですからね? というか、抱きしめられたことは小さい時以外はないですから! だいたい、夜嗣には婚約者がいますので、俺に構う時間はないはずですよ?」

「ええ、確かに婚約者はいますね」

「一途すぎてこちらが困ってしまうこともありますね」


 にこりと笑む流々是さんだが、その笑みは

どこか意味深に見える。というよりか、お嬢様たちは夜嗣に婚約者がいることをずっと解っていたような口振りなんだが、知らなかったのは俺だけかよ。


「信用ないのか……」


 ぽつりと呟いたあとに、なんだかちくりと胸が痛んだ気がする。どうして俺だけ阻害するのかが解らないが、ここで悩んでも買い物に支障がありそうなので、ひとまず横に置いておくしかないだろう。買い物は楽しむためにあるのだし。


 トートバッグから買い物メモとペンを取り出すと、夜嗣に腕を引かれる。男性陣はラフな格好で、女性陣も動きやすい服装なのだが、放たれるキラキラオーラのお蔭か人が勝手に割れていった。海を割る神様かよ。ひっそりとしたいのに、これではもう無理だろうな。お忍び用の車から目立っていたからね……。忍んでないんだよ、全然。


 俺がなにをしたというのか! と叫びたいが、叫んだら叫んだで視線を集めるだけだから我慢します。これ以上は目立てないしさ。

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