14 食堂では静かに食べたい
流々是さんが慌てれば慌てるだけ、謎に拘束がキツくなる。こちらはこちらで引き剥がそうと頑張ってはいるんだけれども、なんだか頭ごと抱きしめられているっぽい。ので、最終的には動きが鈍くなるしかないんですよね。酸素的な意味で。
衝撃が来た時にクマ次郎は無事に逃げていたのか、「クマ次郎はきちんと見守っているので、頑張ってくださいね、マスター」なんて聞こえてきていた。あれだけべったりだったのに、急に冷淡になるテディベアは鬼かなにかですかね? どうしたんだよクマ次郎ぉ! 助けてくれてもいいんですよ!?
胸の間に挟まれるという、夢のようなことをされているはずなのに、離してほしいが一番にきてしまう。その離してくださいという言葉も、んむむーんむむーという声にしかならないのが悲しすぎるよな。押しつけられているものだから、これ以上はどうにもならないんだけれども……。
「ちょっと落ち着こうか、静伊」
「兄様ぁー!」
「むぅぅっ!」
やめて、締め付けないで! 手を離すだけでいいんだ。だから手を離そう? 守青さんももう少しだけ流々是さんを落ち着かせてくださいー!
「んぅー!」
「ほら、落ち着いて静伊さん。しーちゃんは返してもらうね?」
どうにかようやく夜嗣によって救出された俺は、まずは空気を求めて口を開いた。窒息死は免れたのには涙したい。ありがとう夜嗣。お前は最高の友人だ。だからな、背後から抱き寄せてくるのは我慢するよ。少々ふらつくからしかたがないにしても、身長差と体格差を直に感じてしまうから嫌なんだよね。――ああ、違った。そんなことよりも、聞かなければならないことがあったわ。
「るっ、流々是さんたちはっ、どうして、ここに……?」
「にっ、兄様ごめんなさい……。兄様はとても抱きしめやすい位置にいるので、どうしても抱きしめたくなってしまったんです。わっ、私、兄様に嫌われてしまいましたか……?」
「いや、嫌いになったりはしないですよ、うん」
ただその怪力には引きますけど。細い躯なのに侮れないなあ。いやそれよりも、兄様に固定されたのか俺の呼び方は……。俺が兄様でいいのだろうか。大丈夫? 怒られない? とは思っても、怖いからなにも聞けないけれどもー。いままでのことから考えると、「兄様は兄様です!」としか返ってこなさそうじゃないですかー。
しゅんと沈みがちだった流々是さんは俺の言葉を聞くと即座に、「本当ですか!?」とぱぁっと明るくなる。うおぉ、美少女の本領発揮だ。眩しい。尊い。美少女凄い。
嬉しそうに俺の両手を握りしめてくるもんだから、これで答えが違っていて落ち込ませていたとすれば、袋叩きにあっていたかもしれないよなあ。考えるだけで震えるよね。恐ろしい。
大分整ってきた息でもう一度「本当ですよ」と答えると、流々是さんはさらに顔を綻ばせた。あー、眩しすぎるぅ!
「それで、流々是さんたちはどうしてこちらに?」
「私たちも構われたいからです! 兄様はいつもいつも夜嗣さんを構っているようなのですが、私たちも兄様のお側にいたいのですよ?」
「あー、のですね、お気持ちは嬉しいのですが、殺されそうなのでやめていただきたいですね」
「暗殺者ですか!? 問題ありませんよ、兄様。暗殺者ごとき、私たちが屠ってさしあげますから」
「ええ、静伊の言うとおり息の根を止めてやりますから、ご安心を」
なんか物騒なことを言い始めたんですが!!? しかも、とても爽やか美しい笑顔で! 安心要素が皆無だよ! すぐさま暗殺者を連想するのはお貴族様だからこそだろうが、暗殺者をごときなんていってしまえるんだから強いよなあ。まあ、特進科だから頭の回転の早さも持っている能力も常人より凄まじいはずなんだけれども。
「俺は暗殺者に命を狙われるような人間ではないので、そのへんは大丈夫です」
暗殺者だって、こんな凡人に関わる時間もないだろうしな。この場合の殺されるといったら、ファンクラブに決まっている。お嬢様たちを困らせないように存在は明かされていないらしいのだが、いまだっていくつかの鋭い視線が俺にぶっ刺さっていた。あー、だから目立ちたくないのよ。絶対に『あんな凡人が崇高なるお嬢様たちに近づくなんて許せん』となっているだろ、これは。一刻も早く離れなければ!
「お嬢様、昼食を食べる時間がなくなるので、これで失礼しますね」
「問題ありませんよ、兄様。私たちの昼食はこちらに運び込まれておりますから、一緒にいただきましょう」
なにをしてくれているんだこのお嬢様はぁ! ああほら、視線が鋭くなったじゃないか! 痛い、いたたたた!
「いやいやいやいや、俺ごとき凡人がお嬢様たちと一緒に昼食などいただけませんから! ご迷惑でしょうしねぇ!」
あっは、あははははと笑いつつ逃げ出そうと少しずつ横にずれるのだが、夜嗣の拘束が強くなり、抜け出すのは不可能となってしまう。夜嗣の腕にいたらしいクマ次郎も、よじ登って俺の頭に移動し、すぐにぺったりと張り付いてきた。どうあっても逃さないつもりのようだ。なんて酷い奴らなんだ。極悪非道だぞ。
「こら夜嗣、手を離せ。俺はゆっくりと昼食を食べたいんだ」
「もう無理だよしーちゃん」
「笑顔で現実を叩きつけてくるのやめてくださいよぉ」
「おとなしくしてて」
なんて言葉を聞きながらも顔にぬいぐるみを張り付けられた俺はクマ次郎にキスをされた。主に額なんだが、むちゅむちゅされている。こんなにも愛しているのに、さっきはどうして見捨てたんだよ。
「おや、そこにいるのは俺を見捨てたクマ次郎ではないか」
「ちっ、違うです! あの状態ではクマ次郎はなにもできないです!」
「そうだけどさあ、悲しくなったんだぞー」
不満を漏らすと、クマ次郎は「ごめんなさいぃー」と謝りながら頬を擦り寄せてくる。涙声だからか、ちょっと泣いているのかもしれない。生憎と両手はお嬢様に繋がれたままなので、クマ次郎を剥がすことも宥めることもできないんだよなあ。そしてそのまま、「しーちゃんいくよー」と運ばれる。
この体勢、おかしいよな? なんで肩に担がれているんだよ!? そりゃあ、お姫様抱っこは遠慮したいよ。だけどな、手を引くとかあったよな? むしろ手を引くだけでいいよな?
周りからはくすくす笑う声が聞こえているから、俺はよっぽど面白いものと化しているのだろう。目立たないってなんだっけかなー? と遠い目になるのもしかたがないんだ。
運ばれた先は隅っこのテーブルであり、目の前には焼きそば定食が並んでいる。クマ次郎用だろうか、小さめの定食もちゃんとあるのには安心したよ。しかも、それぞれがひとつ上のランクである目玉焼き付き焼きそば定食である! 湯気が登っているようなので、作りたてと見た! 絶対においしいやつじゃないですかそれは!
壁側に押し込まれた俺はといえば、いい匂いに釣られるようにして不満が掻き消えていた。いつもいつも、なんで俺が壁側なのかという不満が。夜嗣に隣に座られると、俺の存在が消えるんだからね? いまはいいけどね。消したいから。
「見た目はこちらの焼きそば定食と変わらないんだな」
「使われている食器類も食材も違うけどね」
「つまりは高級なんだな?」
特進科用だし、かなりのお高めと見たわ。緊張でちょっと手が震えてきてしまったが、空きっ腹には敵わないんですよね。
いつものようにいただきますと食べ始めると、なぜか無言が続く。それはいいんだけどさ、なんでみんなして俺を見ているんだよ。謎なんだけど。あまりの食いづらさに壁と対面しようかと躯を動かそうともしたんだがね、びくとも動かないので諦めた。きっとみんなしてなにかしているはずなんだが、俺には打ち破れないから泣き寝入りだよ。よい笑顔をしていますよね、俺以外は。焼きそば定食がおいしかったからいいけどね。
――いや、やっぱりよくないわ! 魔法の無駄遣いはダメだろ。午後の授業に響いたらいけないからね。誰かに怒られたりしませんよね……?
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