第23話 終章

 それから1800年の後、かつてポンペイのあった灰土はいつち荒野こうやでは、ポンペイ遺跡いせき発掘はっくつする大規模だいきぼ作業さぎょうが進められていた。

 長い間、ポンペイのまちはヴェスヴィオ火山の噴火ふんか完全かんぜん消滅しょうめつしたと見做みなされていた。

 しかし、各種かくしゅ遺物いぶつ断続的だんぞくてき発見はっけんされる中で、もしかしてポンペイのまちはまだ地の底に眠っているのではないかと考える考古学者こうこがくしゃが増えて来た。

 彼らの推論すいろん決定けっていづけたのは、ある時に発掘はっくつされたフレスコ画だった。

 その絵は、色彩しきさいほとんどが当時とうじのままの状態じょうたい発見はっけんされた。

 それを契機けいきにポンペイ発掘はっくつ機運きうんが高まった。

 そして19世紀に入って、つい本格的ほんかくてき発掘はっくつ開始かいしされたのである。

 長年ながねんに渡って雨水あまみずを吸ってかたかたまった溶岩ようがんと灰を、丹念たんねんけずりながら掘り進める作業さぎょう困難こんなんきわめた。

 しかし、発掘はっくつに取り組む学者達がくしゃたちは、根気強こんきづよ作業さぎょうを進めて行った。

 そして何年なんねんにも渡る努力どりょく結果けっかようやく学者達は1800年前のポンペイの街並まちなみを掘り起こした。


 伝説でんせつの中にのみ存在そんざいしたポンペイの街をたりにして、全ての学者達がくしゃたち興奮こうふんに包まれた。

街路がいろらしい石畳いしだたみや、劇場げきじょうのような建物たてものもある。建物たてもののあちこちには空洞くうどうがあるぞ。人の姿のような形をしているな。」

 すると、それをながめていた学者がくしゃの一人が口を開いた。

「これは、ポンペイの市民達しみんたちだな。降り積もった火山灰かざんばいに埋まったまま、長い期間じかん人体じんたいち果てて、空洞くうどうだけが残ったんだろう。この空洞に石膏せっこうを流し込めば、惨劇さんげき状況じょうきょう再現さいげん出来るかもしれんな。」

 その時、作業さぎょうを進めていた別の学者がくしゃが、大きな声を挙げて仲間なかまを呼んだ。

「おい、此処ここに石の扉がある。地下室ちかしつのようだ。この中には火砕流かさいりゅう火山灰かざんばいは入り込んでないんじゃないかな?」

 学者達がくしゃたちは、くわふるって扉の周囲しゅういに固まった土砂どしゃを取り除いた。

 そして重い扉を開くと、下には暗い空間くうかんが広がっていた。

 それを見た学者がくしゃが、興奮気味こうふんぎみに声を挙げた。

地下蔵ちかぐらだな。当時とうじ食品しょくひん生活品せいかつようひんが、だそのまま残ってるかもしれんぞ。」

 二人ふたり学者がくしゃがカンテラをかざし、その明かりを頼りに、慎重しんちょうに暗い石段いしだんを降りて行った。

 地下室ちかしつに降り立った二人は、床に横たわる何体なんたいかのちた人骨じんこつ発見はっけんした。

 人骨じんこつを見た学者達は、その場で立ち止まり黙祷もくとうした。

此処ここに閉じ込められて、灼熱しゃくねつ酸欠さんけつで亡くなったんだろう。こちらは、骨格こっかくからして女性じょせいのようだな...」

 その人骨じんこつは、そば胸像きょうぞうに寄りかかる姿勢しせいを取り、胸像の顔にはつめで引っいたようなあとがあった。

息苦いきぐるしさのあまり、引っ掻いたんだな。さぞ苦しかったろうな。気の毒に.....」

「この胸像きょうぞうは、ローマ皇帝像こうていぞうだな。すると、此処ここはポンペイの役人やくにんやかたくらだな。執政官しっせいかんかもしれん。執政官は、執務室しつむしつ皇帝こうてい胸像きょうぞうを飾る。傷んだり破損はそんしたりした時の為に、必ずスペアを保管ほかんしている。此奴こいつはそれだろうな。」

 そう言って胸像きょうぞうに手を触れようとした学者がくしゃに、もう一人ひとりが呼びかけた。

「おい。無闇むやみに手を触れるな。此処ここは、一旦いったん外に出ようぜ。後から改めて本格的ほんかくてきに調べる方がいい。」

 そう言われた学者がくしゃは、直ぐに胸像きょうぞうに伸ばした手を引っ込めた。

 二人ふたり部屋へやを後にして階段かいだんを登ろうとした時、部屋へやの中に冷たい風が吹いた。

 その気配けはいに、二人の学者がくしゃは思わず後ろを振り返った。

 足を停めた学者達がくしゃたちの耳に、何かが木霊こだました。

 一人ひとりが、ふるえる声でもう一人に尋ねた。

「今、人のうめごえのようなものが聞こえなかったか...?」

 聞かれた学者がくしゃも、血の気が引いた顔になっていた。

「お前にも聴こえたか....。此処ここで死んだ人間にんげんたましいが、地下室ちかしつ彷徨さまよってるのかもしれんな。この世に強い未練みれんがあったのなら、それもあるかもしれない....。」

 その時、二人ふたりの耳に、また呻き声のようなものが木霊こだました。

 それは、のろいの声のようでもあり、二人を冥府めいふへとさそささやきのようでもあった。

 二人ふたり背筋せすじが凍るような恐怖きょうふを覚え、急いで外を目指めざして石段いしだんを走った。


 更に200年の後、地に埋まったポンペイのまち八割方はちわりがた発掘はっくつを終え、大規模だいきぼなプロジェクトの下でポンペイの街並まちなみが再現さいげんされた。

 劇場げきじょう闘技場とうぎじょう復元ふくげんされ、街の目貫通めぬきどおりの石畳いしだたみの道も当時とうじの姿が再現さいげんされた。

 大富豪だいふごう所有しょゆうしていたと見られる別荘跡べっそうあとからは、膨大ぼうだいな数の壁画へきが発見はっけんされた。

 これらの壁画へきがに使われていたあざやかな色彩しきさいは、今では『ポンペイレッド』と呼ばれる。

 これらの壁画へきがは、古代こだいローマ美術びじゅつ変遷へんせんを知る貴重きちょう遺物いぶつとされている。

 壁画へきが色彩しきさいがほぼ失われる事なく発掘はっくつされた事は、ポンペイが一夜いちやのうちに地にうずもれた事の証左しょうさとも言われる。

 一瞬いっしゅんにしてまち火山灰かざんばいおおわれ、更にその上に火砕流かさいりゅうが積み重なった事で、壁画へきが酸欠状態さんけつじょうたいのまま保存ほぞんされた。

 更に火山灰かざんばいに含まれる除湿効果じょしつこうかを持つ物質ぶっしつが、地の底にあった絵画かいが水分すいぶんによる劣化れっかから防いだというのが通説つうせつである。

 かつて娼館街しょうかんがいのあった場所ばしょからも多くの壁画へきが発掘はっくつされた。

 それらのほとんどが、様々さまざま男女だんじょ交合こうごうを描いた絵であったため、この事からポンペイが享楽きょうらくの都であった事が再認識さいにんしきされたのである。


 ポンペイ遺跡いせき発掘はっくつされた多くの遺物いぶつは、新しく建てられた博物館はくぶつかんおさめられていた。

 博物館はくぶつかん地下倉庫ちかそうこ片隅かたすみには、一体いったい胸像きょうぞう保管ほかんされていた。

 当初とうしょ館内かんない展示室てんじしつに置かれていたが、不気味ぶきみうめごえがするという来館客らいかんしゃからの苦情くじょうが絶えず、つい倉庫そうこに移されたものだった。

 その後も、博物館はくぶつかん守衛達しゅえいたちの間では、倉庫そうこに女の幽霊ゆうれいあらわれるという話が語りがれている。



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アトランティスの帰還(ポンペイ壊滅の真実) 満月光 @koh-mizuki

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