第51話 救われたきっかけ
一旦家に帰り、俺はばあちゃんが作ってくれた夕食を平らげる。
「アンタ、何かあったのかい?」
ばあちゃんが心配そうに尋ねてくる。
自分のことについて考えていたため、どこか上の空になっていたのだろう。
「ううん、なんでもない。平気」
俺はそう一言答えて、ばあちゃんに事情を説明することはしなかった。
「ご馳走様。悪いけど、お皿は後で洗うよ」
「いいさ、私がやっておくから」
ばあちゃんはそのまま俺が平らげたお皿を回収して、そのまま食器を洗い出してしまう。
「ごめん、ありがとうばあちゃん」
「いいさ。早く向こうに行ってあげな。アンタを待ってるんだろ?」
そういうばあちゃんの後ろ姿は、とても頼もしくみえた。
「……うん、行ってくるよ」
ばあちゃんに片付けをお願いして、俺は銭湯へと戻る。
しばらくして、サウナを終えた小海先輩が更衣室から出てきた。
「ふぅっ……スッキリーしたー!」
バスタオルで髪を乾かしながら、ラフなインナー姿で現れる。
胸元がバインと突き出ており、今にもインナーがはち切れそうだ。
目のやりどころに困り、俺は視線を横へ逸らす。
「ふぃーっ。整いました」
そう言いながら、小海先輩はソファにぽふっと座り込んだ。
俺がしばらく、小海先輩の様子を観察してると、ちらりと顔をこちらへ向けてくる。
「こっちにおいで。話があるんでしょ」
「はい……」
俺はロボットのような義務的な返事を返して、小海先輩の方へと向かっていく。
ソファの隣をトントンと叩かれて、俺は隣へ腰掛けた。
「それで、今度はなんの用件かしら?」
「そのぉ……実は……」
「まっ。大体私に相談事と言ったら、サッカー関連なんでしょうけど」
「……バレちゃいましたか」
「そりゃそうよ。誰があなたをサッカー界に引き留めたと思ってるわけ?」
「……ですね」
それは、半年前ぐらいのこと。
俺がサッカー部を退部して、自暴自棄になっていた時の話だ。
◇◇◇
帰宅部になり、今までにない喪失感に苛まれていた俺は、一人川沿いの河川敷に来ていた。
河川敷では、野球少年たちが練習に励んでいて、午後の爽やかな陽気が流れている。
俺が丸まってただただボーっとその景色を眺めていると、カツカツとローファーを鳴らして、一人の女子生徒が隣に腰掛けてきたのだ。
「こんなところで何してるの?」
「……先輩」
「これいる?」
俺の前に現れた小海先輩は、何事もなかったかのように、手に持ったペットボトルのお茶を差し出してきてくれた。
「ありがとうございます」
俺はそれを受け取り、キャップを外して、ゴクゴクと水分を補給していく。
「最近補講にも来てないから心配してたんだよ。そしたら、君がサッカー部辞めたって聞いたから」
「沖先生から聞いたんですか?」
「まっ、話の流れでね。そしたら沖先生、『常本を慰めてきてやれー』とか、いきなり無理難題押し付けてくるんだもん」
「はっ……沖先生らしいですね」
「でしょー? 私みたいに人の気持ちに寄り添えない人にふつう頼むかっての」
そんな文句を垂らしつつ、小海先輩は自身で購入したミネラルふぉーたーをグビグビ飲んでいく。
一つ息を吐いてから、河川敷を見据えながら、先輩が口を開いた。
「私は恭吾が辞めた理由、良く知らないけどさ。だからってサッカーまで諦める必要はないんじゃない?」
「……えっ?」
「これは、私の話になっちゃうけど。最初は私、グラドルじゃなくて女優目指してたんだ。でも、芸能界で活躍すれば、いつかチャンスは巡ってくると思って、グラドルの仕事も懸命にやってる。世間からバッシングされたり、エロい目で見られたりしたとしても、私は私の目標のためにどんな状況になっても諦めない。恭吾にとってサッカーは、そんな陳腐なものだったわけ?」
「んなわけないじゃないですか。俺だって、プロを目指して本気でやってますよ」
「なら、サッカー部を辞めたからって、プロの道が閉ざされたわけじゃないでしょ。実力あるんだから、他の高校に転入するとか、今までの知り合いに頭下げてクラブに入れてもらうとか、方法はいくらでもあるでしょ?」
「そ、それは……」
俺が言葉に詰まると、小海先輩は鋭い視線を向けてきた。
「自分のプライドが許さない?」
「なっ……⁉」
図星をつかれ、俺は唖然としてしまう。
すると、小海先輩は俺の両肩を掴んで揺さぶってきた。
「今そんな事言ってる場合!? プロになりたいなら、自分のプライドを捨ててでも這いつくばりなさいよ! もっと熱い情熱滾らせなさいよ! どうして部活辞めたぐらいで冷めてんだ! 恭吾の気持ちはそんなもんなの? それなら私、恭吾の事幻滅する!」
自分の為でもないのに、俺のために小海先輩は目元に涙を滲ませてくれていた。
女の子にそんなことまで言わせて、俺はこんなところで何をしているんだ。
そう思わせられた。
「ありがとう……先輩」
俺はすっとその場で立ち上がり、横に置いてあったバッグを手に取った。
「先輩のおかげで吹っ切れた。俺、元居たクラブの監督に頭下げてくるヨ」
小海先輩に心を揺さぶられたことで、俺の中にわだかまっていた何かが吹き飛んだ。
部活を辞めた以上、何かに縋ってでも続けていくしかないんだ。
「うん。行ってきな」
「行ってきます」
こうして俺は、何度も頭を下げに行き、元居た所属チームのスクールコーチを務めながら、空き時間の一時間だけ練習に付き合ってもらう条件で、現在の場所へと移ったわけである。
◇◇◇
その間に、ばあちゃんの銭湯を手伝うことになったりと、色々家庭事情が変わったものの、今も小海先輩には感謝しているのだ。
俺は、今悩んでいる心境を吐露した。
サッカー部に戻ってきて欲しいと言われたこと。
友香が一番願っているとも。
加えて、強豪校からのオファーも届いていて、転入の選択肢もあること。
ばあちゃんの銭湯を続けることが出来なくなること。
自分のやりたいことが多すぎて、どれを優先すればいいか分からないことを話した。
「もちろん、俺にとって、サッカー選手になるのは夢です。でもここで、ばあちゃんの仕事をおざなりにしちゃったら、一生後悔するかもしれない」
「なるほどね。それで恭吾は、もう一度目の前にあるチャンスをどうするか悩んでると」
「まあ、そんな感じです」
俺が俯きがちに首肯すると、小海先輩は一つ大きく息を吐いた。
「難しい問題だねぇ……」
「……何燻ってんだよとは言わないんですね」
「ん? だってそりゃ、家族の問題になれば、話は別だから」
てっきり、今回も小海先輩に叱咤されるものだと思っていたから、少し意外だった。
「小海先輩ならどうしますか?」
「そうねぇ……手伝える日だけ手伝って、後はサッカーに専念するのがベストなんでしょうけど、今の部に戻る気はないんでしょ?」
「はい。正直、学校の部活に戻る気はありません」
俺が自分の意志を伝えると、小海先輩は再びため息のような吐息を漏らした。
「なら、どちらかを切り捨てるしかないんじゃないかしら」
それは、無情にも非情な宣告だった。
「……そうですよね」
「私もこれに関しては、恭吾自身の問題だと思うわ。おばあさんの負担を掛けたくない気持ちもわかるし、自分の夢に向かって突き進みたい気持ちもわかるから」
「はい……」
「他のご家族は、協力してくれないの?」
「両親は、そもそもこっちに住んでないので無理でしょうね。それに、あの二人はちょっと特殊なので」
俺がそう答えると、小海先輩はソファの背もたれに寄り掛かった。
「難しいわね。人生って。決断の連続だわ」
「ほんと、その通りですね」
結局、小海先輩に相談してみたものの、明確は答えは出なかった。
銭湯で番台の仕事をしている俺。シフトに入ると、なぜかエロ可愛い女の子達ばかりが訪れるんだが? さばりん @c_sabarin
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