第50話 からかい上手の小海先輩

 家に着き、ばあちゃんに事情を説明して、銭湯の鍵を持って建物へと向かう。

 入口の前に、フードを被った状態で既に小梅先輩が待っていた。


「こんばんは」

「……どうも」

「今日も練習お疲れ様」

「労うなら、定休日にサウナを借りに来ないで欲しいんですけど」

「仕方ないじゃない。私が垂れ乳になってもいいわけ?」

「えっ、関係あるんすか?」

「さぁ?」


 いや、知らないんかーい!

 俺は思わずズッコケてしまう。


「おーいいリアクション!」

「人をからかうのも大概にしてくださいよ」

「いいじゃない。恭吾はそっちの方が生きるでしょ?」

「俺って生かされてたんすね……」


 まさかの新事実だよ。

 てっきり、小海先輩が暴走しまくるから止める側だとばかり思っていたのに……。


「ほら、早く準備して頂戴。体が疼いちゃうわ」

「はいはい。分かりましたよ」


 俺は小梅先輩に急かされながら、銭湯のシャッターを開き、玄関の施錠を解除した。


「どうぞ」

「お邪魔します!」


 俺は小海先輩を促して、銭湯の中へと招き入れる。

 営業中と勘違いしないよう、【本日の営業は終了しました】の札を掛けて、シャッターも半分閉めておく。


「密閉された空間で若い男女が二人きり。なんだかエッチね」

「小海先輩だけですよ。変なこと考えてるのは」

「あら、じゃあ私が恭吾に今迫っても、何も気を起こさないってことかしら?」

「それは、時と場合によります」

「考えてるんじゃない、恭吾のエッチ」


 小海先輩は、ぷくーっと唇を尖らせながら、悪い笑みを浮かべてくる。

 仕方ないじゃん。

 俺だって、年頃の男子高校生だ。

 現役のグラビアアイドルが色仕掛けしてきたら、耐えられるかどうか分からない。

 小海先輩のペースに踊らされる前に、俺は靴を脱ぎ、非常灯の光を頼りに、暗闇の中をぐんぐん進んでいき、番台へと向かっていく。

 番台にある電気系統の電源を付けると、普段見慣れた景色が露わになる。


「それじゃあ、俺はサウナの準備整えてくるので、待合室のソファで適当に繕いでいて下さい」

「はーい」


 小海先輩からの間延びした返事が返ってきたので、俺はサウナの準備をするため、女子更衣室へと向かおうとしたら――


「きゃー恭吾君のエッチー!!」


 小海先輩が自身の胸を両腕で抱いて、恥ずかしがる仕草を見せる。


「……サウナ用意しませんよ?」

「ごめんなさい、ごめんなさい! 冗談だってばぁー!」


 慌てた様子で、手を合わせて謝ってくる小海先輩。


「いいから、そこに座って待っててください」


 俺は犬に『ハウス!』と指示するように小海先輩に言ってから、俺はサウナの準備へと向かった。

 サウナを準備する間、俺は今日あった出来事を思い返していた。

 吉原にサッカー部に戻ってきて欲しいと頼まれたこと。

 友香の様子が少しおかしかったこと。

 スクールコーチ長の内田さんに、色々と考えた方がいいよと言われたこと。

 その全てが、俺の人生を左右する大きな決断になるだろう。

 だからこそ、人生のどん底に落ちた時、手を差し伸べてくれた小海先輩に聞いてみたいのだ。

 これから俺は、どうしていくべきなのかを……。



 ◇◇◇



「サウナの準備整いました」

「んーありがとー」


 番台のある共有スペースへ戻ると、ソファに座りながらスマホを操作している小海先輩が、気の抜けた返事を返してくる。


「よっと……!」


 しばらくして、小海先輩がすっと立ち上がり、ぐっと大きく手を上にあげて伸びをした。


「それじゃ、サウナいただきまーす! バスタオル貸してー」

「あの小海先輩」

「ん? どうしたの恭吾?」


 俺が声を掛けると、小海先輩は不思議そうに首を傾げてくる。


「あの……サウナ終わった後、ちょっと時間ありますか?」

「どうして?」

「小海先輩に相談がありまして……」


 遠慮がちに言うと、小海先輩はじぃっと俺の目の奥を覗き込んでくる。

 そして。何かを悟ったのか、ふぅっと息をついて顔を綻ばせた。


「分かった。サウナから上がったら聞いたげる」

「ありがとうございます……」

「本当なら、一緒にサウナ入りながらはなしたいんだけどなぁー」


 そう呟きながら、小海先輩はちらちらっと、期待の眼差しを向けてくる。


「勘弁してください……」


 俺がたじたじになりながら答えると、小海先輩はくすっと笑みを浮かべた。


「冗談だよ。恭吾はチェリー君だから、私と一緒に入る度胸なんて無いもんね」


 ぐぬぬぬ……。

 言いたい放題言ってくれるなこの人は。

 上等だ、一緒に入ってやろうじゃねぇかーと言いたいところだが、小海先輩の場合、ガチでやりかねないのでぐっと気持ちを抑えた。

 俺は、番台の受付の後ろにある棚からバスタオルを取りだして、小海先輩に受け渡してあげる。


「それじゃあ、行ってくるね、チェリー君♪」


 くすりを笑いつつ、小海先輩は女子風呂の暖簾をくぐっていった。


「誰がチェリーだ。俺だって、やる時はやる男だぞ?」


 そんな独り言を、一人になった共有スペースで負け惜しみのように呟きながら、俺は小海先輩がサウナから上がるまで、待つことにするのであった。









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