本文

【実結視点で由美子との過去編より抜粋――】

あらすじ:女バスの暴力教師にボコボコにされてしまった実結と由美子。二人の信頼関係は強くなり、お互いに歩みよりを見せていた。



あれから2週間が経って私たちは遂に仲良く退院の朝を迎えていた。

この数週間、同じ病室で療養していた私と由美子はいろいろなことを喋った。例えば、私が好きなミステリー小説の事や好きな食べ物、好きな歌手の事――とにかく、思いつくままに話しまくった。


「実結、おはよ! どう調子は?」


最初こそ陽キャである由美子と“そういう話”をすることに抵抗があって、うまく話せないことも多かったが、彼女の明るさと持ち前の強引さでなんやかんや話をするようになっていた。


多分、これが友達――いや、私にとっては『親友』というモノなのだろう。


「うーん……まずまず、かな?」

「せっかくの退院日なんだからしっかりしないと。明日から学校なんだからさ!」

「学校……かぁ……」

「あからさまに嫌そうな顔しないでよ~。私だって嫌なんだから……」

「えええ!?」

「わぁああ!? な、何!? びっくりしたぁ……。ど、どうして実結がそんなに驚いてるわけ?」


今までクラスの端から覗き込むように由美子を見ていた私からすると由美子は『学校、大好き!』というイメージだっただけに開いた口がふさがらない。


「いや、だって……えっと……その由美子って学校が嫌いそうなイメージじゃないから」

「はぁあ!? 私は休み最高、一生休んで居たい! そう思ってるくらいだよ? ってか、私って実結の中でどんなイメージな訳!? まじでありえない!」

「あっ……いや、その……ごめん……」


怒ったようにスクールバックを持って病室の扉へ向かうが、そこで振り向いて笑顔を向けてくる。まるで「怒ったと思った?」と言わんばかりに。そして、由美子は病室のドアに手を掛ける。


「でもまぁ……今、『由美子』って呼んでくれたからチャラにしてあげる! また学校でね! 実結!」

「う、うん……!」

「それじゃ、お母さん来てるみたいだから先に行くね!」


由美子と手を振って別れる。普段ならこんなことしないのに――。

なぜだか学校に行くのが楽しみになってくる。でも、正直なところ由美子の性格に振り回されるんじゃないかと不安が過る。


「大丈夫かな? 明日から……」


独りでに呟いているとピコンッとスマホのメッセージアプリの音が鳴り響く。


「ん? お母さんかな? ほえ!? な、なんで!?」


来た通知を見て思わず、私は仰け反った。家族とのやり取りにしか使わないアプリに『由美子』と通知されていたからだ。私の電話番号すら知らないはずの由美子がどうして知っているのか理解できなかった。すると、またピコンッと音が鳴る。


『びっくりした? びっくりしたよね? ( ´艸`)』

「これをびっくりしないで何に驚くの? ……ん?」


由美子の笑い声が聞こえた気がして、ドアに目を向けると少し開いていた病室の扉が閉まる。確実にそこに居たはずなのだが、私が出た時には由美子の姿はなかった。


「……気のせい?」


再び、スマホに目線を落とすとそこには盛大に驚いている私の写真が載っていた。


「ふふっ、凄い驚き方してる……私……」


普通は怒る場面なんだろうけど、それでもなぜか笑っていた。

面白くて笑ってしまうくらいには楽しかった。だから、仕返しをしてやろう。

そう、私のかけがえのない親友に――。


「『さて、これは誰の寝顔でしょう?』 送信……っと」


その数秒後には『なんてものを撮ってんの!! 今すぐ消して!! 謝りに行くから!!』と返信が返ってきて病室の扉がまた開いた。


「はぁはぁはぁ……! ごめん、さっきの謝るからマジで消してぇ!」

「それはこっちのセリフ」

「「ふふふ、あははは!」」


結局、私たちは相性が最悪に悪いはずなのに気付けば笑い合ってしまう。もう最高過ぎて何も言えなかった。結局、その日は私たちのお母さんが揃ってから二家族で帰路についた。後に聞いたことだけれど、由美子は私の電話番号を忘れてしまったと嘘を付いてお母さんから聞き出したらしい。


それも『私と親友だから忘れたと言ったら傷つく』と言って――。


「もうこんなんじゃ、由美子なしには学校行けないじゃん……」


私は久しぶりに帰ってきた自宅の部屋で本より何より、由美子と病院生活で撮ったスマホの写真を眺める。枚数は多くないけれど、写真なんてめったに撮らない私にとっては新鮮で仕方がなかった。


「バカやってないで寝よう……」


スマホを伏せて眠りにつく。明日もきっといい日になると信じて。

でも、それは波乱の幕開けでもあった。


「……ん?」


翌日、スマホがウィンウィンと振動しているのに気づいて私はスマホの表示を見る。その表示は安定の由美子だった。


「……もしもし」

「もしもしじゃないよ! 時間、時間!!」

「ほぇ……?」

「今、8時だよ! 実結、急いで!」


部屋の時計を見ると7時10分だが、スマホを見れば8時2分。

つまり、寝坊したことに今更、気づいた。


「ひゃあ!? どうしよう……!」

「いいからチャチャッと制服着て降りてきて!」

「え? もしかして……うちに居るの?」

「うん、玄関先に居るから早く!」


私は制服に着替えながら下の方を覗くとオロオロとしている由美子の姿があった。


「私を待ってくれてたの……?」

「うっ……恥ずかしい話、私も寝坊しちゃったんだよね? その……気持ち……分かるでしょ?」

「うん……何となくだけど……ね」


私は通話をスピーカーホンにしながら制服を慌てて身にまとって階段を下りた。玄関から外に出るとそこには自転車に乗った由美子が手招きをする。


「おはよ――わっ……!?」

「挨拶は後にしよう! 時間がないから後ろに乗って!」

「う、うん……!」


由美子が私のバッグを前のカゴに乗せる中、私は彼女の自転車に跨った。


「しっかり捕まってて! 飛ばすよ! うりゃああああ!!」

「ひやっ……怖い、怖いよ……!!」

「案外、実結って声出るじゃん!」


それは当然だ。まるでレーシングカーのように自転車を操って狭い道もお構いなしでペダルを踏んでいくのだから声も上ずって出る。


「なら、サービスと行こうかな!」

「へ……? あっいや……いやあああ~助けてぇ……!」


由美子は坂道をいきなり猛スピードで下る。その勢いで車輪が時折、路面から跳ね上がる。どのテンションがこんなドライビングをさせるのか分からなかったが、予鈴10分前には中学校に着いていた。


「うん、ベストタイム! ベストタイム出た! すごいと思わない? 実結!」

「何、それ……」

「あ、これ? 私さ、陸部がいいなって思った当初から自転車のロードレースに興味が出てさ? それでタイム付けてるの」


その行動力は凄いとは思うけれど、私を乗せてアタックしないで欲しいと思わず、思ってしまう。まぁ、確かに学校に間に合ったのは素晴らしいけど、気持ち悪すぎる。吐きそうだ。


「ある意味、由美子には才能あるかもね……」

「それ、褒めてる?」

「うん、ある意味で……げふっ……う……」

「あわぁぁあああ!?」


私は由美子に付き添ってもらってトイレで事を済ます。幸い、食べ物は食べていないから特に何も出て来なかった。


「実結、ごめんね。ゲロっちゃうことになるとは思わなかったから……その、本当にごめん」

「……大丈夫だから。早く教室に行かないと本当に遅刻しりゃうよ」


未だに申し訳なさそうな彼女にそう勧めつつ、トイレを出ようとすると由美子が私の手を掴んだ。


「あっ! 実結、ちょっと待って! せめてものお詫び……ちょっとここに立って」

「え? う、うん……」


由美子は予鈴間際だと言うのに私を鏡の前に立たせてバックの中を探る。

何かを探しているようでごそごそと中をかき混ぜる。


「これとこれ、あとは――あった! よし、動かないでよ?」


そう言うと由美子は私の髪にシュッと何かを吹きかけてブラッシングする。

ほのかにフレグランスの香りがその場に漂う。


「うわ……やっぱり、実結って髪質いいね? 私みたいに癖毛じゃないのがうらやましいよ」

「そう、なのかな? あまり気にしたことないけど……」

「うん、美容師を目指している私が言うんだから間違いないよ。だってほら?」


鏡の前で由美子が私の髪に触ってみせる。自分の髪とは到底思えないほどサラサラとしていた。さっきのスプレーが艶出しの何かか、寝ぐせ止めだったのか全くこういうモノに詳しくない私にはよく分からなかった。


「……もういい?」

「あっ、ちょっと待ってもうちょっとだから……よし!」


最後に少し目にかかりそうな前髪をピンクの髪留めでパチンとまとめ上げた。


「こんな、可愛いのは……私には似合わないよ……」

「そんなことない。実結の今を見たらみんな可愛いって思うからさ?」

「う、うん……」


正直、鏡を見ても似合わないと思った。それでも優しく微笑みかけてくれる由美子が――初めてできた親友が私の為にしてくれたことを突き返したくはない。


「さ、行くよ! 時間、時間!」

「あっ、ちょ……」


私は由美子に振り回されるまま、手を繋いで教室の中へと入りこむ。

でも、そこは由美子のオンステージで私の出る幕は何処にもない。いや、そもそも『私』は誰からも歓迎された退院ではないことを知っていた。


「由美子! 退院おめでとうっ! 無事で良かったよ」

「すごく、すごくみんな心配してたんだぞ?」

「みんなありがとうね!」


由美子が教室に入ると瞬く間に彼女をクラスメイトが囲む。

それでも由美子は私の手を離さなかった。


「それで……由美子? なんでさっきから白鳥さんの手を握ってるわけ?」

「うーん? 親友だからだけど?」

「え? 白鳥さんと由美子が?」

「うん。そうだよね?」


全員の目が「おいおい、マジかよ」と言わんばかりの表情で私は今すぐにでもこの場から逃げ出したくなる。


「……!?」


それでも、由美子は手をグッと握って離さない。これは由美子がくれたチャンスだ。

もしかしたらここで話せばみんなと仲良くなれるかもしれない。


「(由美子との出会いもこんな無理から始まったんだよね……)」


私は必死に勇気を振り絞って声を捻りだす。


「う……うん……」

「ほらね? まぁ、こんな感じで恥ずかしがってうまく話せないけど、あのクソ教師から私を守ってくれたの」

「白鳥ってすげぇな……女バスの顧問つったらあのごつい奴だろ? 俺じゃそんなことできねぇや……」

「白鳥さん……ううん、実結ちゃん。由美子を守ってくれてありがとう!」

「みんな……」


思わず、私は目線を下に向けて涙をこらえる。

すると由美子はそれを分かってか知らずか、グッと私を引き寄せて「だから言ったでしょ? 理解されるって」と言わんばかりの笑みを零す。


それからというものの、私は由美子たちと共に時間を過ごすことが多くなった。

もちろん、私は根っからの陰キャで由美子は陽キャだ。交わる機会は増えてもその一線を越えることは出来なかった。それでも由美子と同じ景色を眺めて思い出を重ねられることが私にとっては貴重な事だった。


実際、由美子との生活は刺激に満ち溢れていた。例えば、授業でグループワークがあった時はいつも仲間外れになってしまうけれど、今は違う。


「実結、私と一緒にやろう?」

「えっ……でも……」

「何謙遜してるの? こういう頭を使うの得意でしょ? 知ってるんだから! みんな知ってる? 実結ったらさ、この前英語の本を読もうとして辞典を引っ張り出してさ――」

「わ、わかったから……! その話は――」

「やりぃ!」


それだけじゃない。放課後になれば由美子と数人でカラオケをしたり、由美子と二人で人生初のプリクラを撮ったりもした。


「あ~! 実結、また目を瞑ってる!」

「嘘……でも、あのフラッシュで目なんて開けられないよ……」

「またまたぁ? まぁ、これはこれで――うん! こうして、ああしてああすれば……できた!!」

「か、可愛い……。宝物にするね……?」

「うん! でも、私は本物の実結の方が100倍、可愛い!」


ギュッと抱きしめられて苦しいけれど、怖いくらいに楽しかった。日々、様々な刺激を連続で受け続けて良い意味でくらくらする。


それでも、私には一つだけ由美子絡みで気になる事があった。それは由美子が事件前から入りたいと言っていた『陸部に入ろうとしないこと』だった。



退院から3週間が経って梅雨に入った。雨が土砂降りになることが多いこの時期、私は好んで図書館に入り浸る。それは女バス――女子バスケットボール部に入っているはずの由美子も同じだった。


「今日は何読んでるの?」

「えっと……神話系の物語」

「うわっ! またマニアックで難しそうなものを……」

「そうでもないよ……? 結構、読むと面白かったりするし」

「私にはこういうラノベが一番読みやすくていいけどね?」


由美子はいつもと変わらない様子で私の横で中高生向けのライトノベルを手にしながら机に身を預けて本を広げる。放課後に遊びに行かないときはこうして二人で図書館にいることが多くなった。


「ねぇ……由美子は部活に行ないの?」

「え? 私? うーん……うん」

「それって……その、やっぱり――」

「あ、そうだ! 今度さ、私の家に泊まりに来ない?」


私の話を上書きするように由美子は唐突にそう誘ってきた。


「……由美子の家に?」

「そう! 私の家なんてそんな大層なモノじゃないからあれだけど、実結が好きそうなミステリー本とか、DVDがたくさんあるの! まぁ、大半がお父さんの趣味なんだけどさ……?」


由美子は恥ずかしそうに頭を掻きながらそう言っていたが、私としてはその誘いが嬉しくてたまらなかった。他人の――ましてや、友達の家に泊まりに行く。そんなことができるなんてこれっぽっちも思っていなかったからだ。


「でも……私なんかが行っていいの?」

「まーた、そうやって「私なんか」って言う! 実結は私の親友なんだからそんなの当然でしょ!」

「……っ」

「やっぱり、照れてるの可愛い~!」

「も……もう……おちょくらないでよ……」

「じゃあ、今週の土曜日にしよう。決定ね! 意義反論は認めません!」

「「ふふふ」」


二人で笑い合うこの瞬間、それだけが幸せだった。

その空間を――この関係を壊したくない。本当は由美子が部活動に戻らない理由や転部しない理由が気になる。でも、それ以上に私の心は人生で初めての『お泊り会』に話を持っていかれて、それどころではなかった。


「(今から楽しみ……。どうしよう……)」


そして、人生初めてのお泊り会前日の深夜。

私は一人、自分の部屋で頭を抱えていた。


「ええっと、パジャマに私服……あとは歯ブラシ。ん~……何をもっていけばいいんだろう……?」


自宅の部屋でウロウロと歩きまわりながらスマホに目線を移して手に取る。いっそ、初めてなんだから由美子に何を持っていけばいいのか、聞いてしまおうかと――。


「ううっ……だめ……恥ずかしくて聞けないっ……!」


そんな私を他所にピコンッとメッセージアプリの通知音が鳴る。覗き込んでみれば渦中の由美子からだった。


「『もう寝ちゃった? 用意とかで困ってない?』って……あはは……」


でも、私は素直には言えなくて疑問形で「起きてるけど、どうしてそんなこと聞くの?」と返信する。すると、由美子からは意外な文面が帰ってきた。


『いや、余計なお世話かもしんないけどさ? 私も泊り会にいく時、どうだったかな~って思い出すと何を持って行けばいいか分からなかったから実結は大丈夫かな~って思って!』

「由美子も最初はそんな風に悩んだんだ……?」


改めて、由美子も私もそういう所は人として同じなんだなと思いつつ、同時に由美子はしっかり周りが見えていると感心してしまう。


「頼っても……いいよね?」


私は思い切ってスマホの通話ボタンを押す。こんな時に頼るなんておかしいけれど、私にとっては大きな一歩だった。


「も、もしもし……?」

「へへん、やっぱり悩んでた?」

「う、うん……泊りに行く身なのに、こんなこと……ごめん……」

「何を謝ってんの? 私としては実結から電話が掛かって来るなんて新鮮でむしろ、めちゃくちゃびっくりしちゃったよ!」

「そ、そう……?」

「うん! だって、実結から電話掛けてきてくれたことなんて無かったじゃん?」

「言われてみればそうかも……。でも、その……親友……だから……いいかなって……」

「え? あれ、ごめんもう一回、言ってくれる?」

「……っ! バカ……聞こえてるくせに……」

「えへへ~! だって、嬉しんだもん それで明日のことだけどさ――」


私はスピーカーホンにしながら荷詰めをしつつ、私たちは散々、朝方まで喋りあかす。それは前夜祭にしてはあまりにもハードなほどに――。こんな長電話をした体験も初めてだった。


そして、遂に私は満を持して由美子の家にまで来てしまった。

私が一生、もがいても辿り着けないはずの景色。それをまた1ページ、こじ開けるように由美子の家のインターホンを押す。その刹那、扉が思いっきり開いた。


「はい! はーい! お待たせ! 入って入って! ん? 何を驚いてるの?」

「あっ,いや……ふふっ」

「え!? 笑う要素どこにも無かったと思うんだけど?」

「気にしないで?」

「いや。気にするでしょ!?」


玄関先で待っていたんじゃないかってくらいの反応速度で扉が開いて思わず、笑ってしまった。由美子にそのことを話したら「バレたか」と言って照れていた。

楽しみにしていたのは私だけじゃなかったらしい。


「あ! 実結ちゃんいらっしゃい!」

「あっ……お、お邪魔します。今日はよろしくお願いします」

「はい、こちらこそよろしくね。お母さん、腕ふるっちゃう」

「はいはい……お母さんはあっちに行って! ほらほら!」

「ええ~? 私も実結ちゃんと話したいのに!」


由美子のお母さんとは病院で何度か話したが、すごく気さくな方でやさしさに溢れるいい人という感じで良い人だ。会釈をするや否や、私は由美子に連れられて二階へと上がっていく。


「実結ったら堅苦しいよ~自分の家だと思っていいのに」

「いや、だって……お世話になるわけだし……」

「ったく、やさしさの塊なんだから実結は――。さ、ここが私の部屋! 入って待ってて! 今、ジュース……いや、お茶の方が良い?」

「うーん……その、なんでもいいよ……?」

「なんでもいいって言われるのが一番困るんだけどなぁ~?」

「っ……じゃあ、由美子と同じものでいいよ……」

「それ、同じ意味じゃん。ぁ……まぁ、いいか! じゃあ、中でくつろいでて」


私は一人、由美子の部屋に入って中を見渡す。薄ピンクを基調とした壁紙とベッド。それからテレビや衣装ケース、勉強机などといった一般的な家具にドレッサーが置かれている。


「(私の家とはまるで違うし、何より可愛い……。この枕もすごくフワフワ……)」


ギュッと抱きしめたくなるような可愛いものばかりで目がクラクラしてくる。

まるで、異国の地に来たかの様にすら思えてしまう。


「はーい。お待たせ! 特性ジュース」

「特性ジュース……? 何が入ってるの?」

「秘密……飲んでみて?」

「う、うん……」


中身が見えないストロー付きのマグカップを差し出され、嫌な予感がしながらも中身を吸い上げる。


「……っ!?」

「ぶっ! 顔だけじゃなくて体までピンってなった! あははは!!」

「に、苦い……何、これ……」

「正解は……青汁でした!☆ うん……不味い。でも、美容には良いって聞くし、私は毎日飲んでるんだ~」

「っ……、騙した……」

「ひ、人聞きが悪いぞ? だって、私と同じものでって言うからだよ~。飲めなかったら私が飲んであげる」

「……いい」


すっーと飲み込み始めると由美子は感心したように私をまじまじと見る。


「お~案外、実結って負けず嫌いだったり?」

「……そんなことないもん……」

「かぁ~可愛いなぁ~ほんとに!」

「ちょ……ちょっと、いや、くすぐったい……あははっ!」


私たちのお泊り会はこうして昼下がりから始まった。

最初のうちは二人でドラマを見たり、映画を見たりして過ごして夕方からは由美子が苦手だと言う英語の勉強を一緒にした。夕飯時には由美子のお母さんのお手伝いをして一緒に三人でご飯を作った。


このたった数時間の出来事だったけれど、私には大きな意味があった。

例えば、由美子が案外、めんどくさがり屋で不器用だったりすること。文系が弱いのに理系が強いこと、それからお笑いとかがあまり好きじゃないことなどを知れた。それに不得意なことは、なんやかんや努力でカバーしようとする頑張り屋さんな一面も初めて知った。


「(なんだか陰キャ、陽キャって区別をいつもしてるけど案外、そんなことないのかも……)」


そう考えを改めてしまいたくなるのは由美子のせいだろうか。それとも自分が成長しているからなのだろうか。そんな事を考えながら由美子の部屋で貸してもらった本を流し見る。


「実結、お風呂湧いたって!」

「あっ、うん……先に入っていいよ?」

「ええ!? そこは一緒に入ろうよ!」

「えっ……!?」


自分でも分かるほど、顔が真っ赤に染まっていくのが分かる。

今すぐにでも穴があるのなら入りたいくらいだ。


「初心ですなぁ~別に盗って食おうってわけじゃないんだから!」

「そ、そうだけど……あの……その……!」

「それにちょーっと、理由があるんだ? いいから早く、早く」

「え? えぇ……!?」


由美子は恥ずかしがる私を半ば、強引にお風呂場まで連れて行った。


「ほら、服も脱いで脱いで!」

「じ、自分でやるから……!」


そりゃあ、私だって友達とお風呂の一つや二つ、入ってみたいなんて言う思いもあった。確かにそんな思いもあったけれど、裸の付き合いをしたから何がどうというわけでもあるまいし――!


「ほら、ココに座る!」

「ひゃっ……!」


思考回路が吹っ飛びそうなほどグルグルと言葉が回転する中、私はお風呂場の椅子に座らせられる。由美子の手が私の肩に触れる。そして、私に体をぴったりと寄せる。


「そんなびくびくしないの。ん~やっぱり! ……実結、少し前髪を切りそろえても良い?」

「え……?」

「いや、ほら……さっき本見てた時、髪が邪魔だなって思ってなかった? それに私のあげたヘアピンでももう止めづらくなってるでしょ?」

「あっ、うん……。由美子は何でも分かるんだね……?」

「ま、私くらいになればね! あっ、でも無理強いはしないよ? 嫌だったらやらないし」

「ううん……由美子がやってくれるなら……」

「本当にいいの? 失敗するかもよ?」

「……美容師、目指してるんでしょ?」

「ほぅ? 煽って来るじゃん。じゃあ、ちょっと失礼して」


由美子は脱衣場の扉を開けてハサミと櫛を持ち込んで静かに前髪を梳きはじめた。

鏡越しに見る由美子の目線はいつになく真剣でハサミを慎重に動かしていく。


「うんうん、こんな感じで……ここを少しだけ――よし! どう……かな?」

「うん……大丈夫。その……ありがとう」

「はぁっ……! 良かったぁ~人の髪に刃を入れるなんて初めてだったから失敗したらどうしようって……あ~緊張した!」

「ふふっ、じゃあ、私が由美子の……初めてのお客さんだね……?」


私がそう言うと由美子は嬉しそうに深く頷いた。


「うんっ! 風邪ひかないうちにお風呂入っちゃおう!」

「その前に髪を流さないと……」

「ああ、そっか! そうだね! これはサービス! えぃ!」

「あわっ……頭くらい自分で……」

「いいの、私の『初めてのお客さん』なんだから!」


私はそのまま成す術も無く、まるで子供の様に体やら頭やらすべてを洗い流してもらってお風呂に二人で浸かる。お風呂には蛇口から湯船に水滴が落ちる音だけが木霊する。最初こそお風呂を二人で入るなんて恥ずかしいと思っていたのに、今は何故だかそんな気持ちは無くなっていた。



お風呂から上がった私たちは寝る準備を早々に済ませてトランプ遊びを始めた。

とはいってもただの遊びではない。というか、遊びにしないように由美子がルールを決めた。


「いい? ルール確認! やるのは神経衰弱。それで多く当てられた人が勝ち。それで勝った方が負けた方に何でも一つ命令が出来ます」

「え……でも……」

「ただの神経衰弱じゃ、面白くないからね! あっ、それとも勝つ自信ない?」


そう言われると少しムッとくる。

ここまで何でもかんでも好き放題、由美子にやられてばっかりだから泡を食わせてやりたいという悪知恵が働く。でも負けたら何を要求されるか分かったものではない。


「お、その顔は案外乗り気だね?」

「うーん……」

「あれ……? だ、大丈夫っ! そんなに無理なお願いはしないから」

「……分かった」

「よし、そうこなくっちゃ! いざ尋常に勝負!」


カードを切って並べていく。でも、このゲームは基本的に最初が難しくて後になるほど有利になっていく。一回戦目はじゃんけんで負けた私が後攻で次第に枚数が少なくなって負けてしまった。


「よーし! 勝った!」

「……っ」

「はいはい、そう睨まないの。勝ちは勝ちだから! じゃあ、私の命令一回目はそうだなぁ~」


ニタニタしながら由美子はこちらをねっとりとみる。

その様子に思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。


「えっとね……。その、今日は一緒のベッドで寝て?」

「あ、あ、それっ……はぅ……!」

「実結!? 変な意味じゃないからね!? 普通の意味でだから、健全だからぁ!」

「同じ……ベッドで…………」


顔を真っ赤にした私の体を揺すってから何事も無かったかのように少し頬を赤らめた由美子が第二戦の用意をした。さっきは変な要求を突き付けられたけど、もし勝ったらその時は痛い目をみせてやろうとじっとトランプに目を向ける。


「……なんか、さっきと感じが違う? 気のせい?」

「早く……やろ?」

「ひぃ、やっぱりなんか違う!」


戦々恐々としている由美子を置いて、今度は先行で枚数を重ねていく。


「え? あれ、ここじゃない!?」

「……由美子、ダイヤはここ。ふふっ……チェックメイト」

「なっ! そんなぁ……」


二戦を勝ち取った私は静かに笑みを浮かべる。

由美子は何を言われるものかとすごく、すごく身構えていた。

それはもう、小さくファイティングポーズをとるくらいには――


「負けは負け! もうどんと来なさい!」

「……。」

「実結……?」

「命令というか。質問する前に一つ、聞いていい……かな?」

「ん? 何を……?」

「由美子は……私と遊ぶのって、楽しい?」

「……そんなのあたりまでしょ! 『親友』なんだから!」


私はその言葉を聞いて静かに胸を撫で下ろしつつ、静かに『あの件』について質問を切り出した。


「じゃあ、私から質問……。なんで女バスを辞めて、陸上部に入らないの?」

「あっ……それは……。実結、ずるいよ。答えるしかないように誘導すなんて……」

「ごめん……でも、どうしても知りたくて……」

「そ、そろそろ、寝よっか! ね?」


由美子は私の質問を搔い潜ろうと片付けもそっちのけでベッドに飛び込む。そしておまけと言わんばかりに電気まで消してしまう。


「由美子……」


また答えてもらえない。そう思った。でも、実のところを言えば、質問しなくてもその理由は何となく分かっている。


「(多分、女バスの顧問を追放した英雄みたいに言われて「いつでもいいから戻ってきて」って言われてるせいで『女バスの人たち』を裏切れないんだ。だって、由美子は優しいから――)」


私は何も言わず、静かに由美子の入ったベッドへと潜り込む。そして、彼女の体に身を合わせた。


「……由美子、ごめん。言いたくないならいいの……。でも、こんな私だけど……何も頼れると思える人間じゃないかもしれないけど……それでも、頼れる時には……ううん、由美子が頼りたいときには私に話して欲しい……。話を聞くくらいならできるから」

「っ……」

「おやすみ……」


私はそっと反対側を向いて目を閉じた。でも、今度は由美子が私の背中にピタッと身を寄せる。


「……だって、部活に戻りたくないし、実結と遊んでる方が楽しんだもん……。部活に戻ったらその時間が無くなっちゃう。そんなのいやだから……」

「……由美子。じゃあ……その、私も陸部に入ろうかな」

「え!? どうして? 私に気を使わなくたって――!」

「ううん……気なんて使ってないよ? ……私も試してみたいの」


私は勇気を振り絞って由美子の方に体を向ける。お互いの顔が接近して吐く吐息がわかるほど近い。自分でも信じられないほど大胆だと思う。


「その……正直、今も由美子の顔を見るだけで恥ずかしくなるし、クラスの人と話すのだってやっと……。それなのに先輩と話すんて絶対に無理だと思う……けど、由美子が頑張るなら、その……私も頑張ってみたいなって……」

「実結……」

「……だから、一緒に頑張らない? わっ……!」


私がそう言うとすぐに由美子は私に抱きつき、そっと耳元で囁いた。


「うん……分かった。頑張る。でも、実結が無理だと思ったらちゃんと言って? 実結が辛くて辛くて、苦しむのは私、見たくないから」

「うん……由美子こそ、こんな……ううん。悩んだら私に何でも相談して――」


思わず、「こんな私に」と言いかけたけれど、それはもう封印しよう。そう思った。

今日一日だけで私も、由美子も大して変わりのない人間なんだと言うことを実感したし、できるできないの問題じゃないことは十分に分かった。


私は最初からすべての事を『できない』と決めつけていただけに過ぎなかったんだ。だから、もう二度と後ろを振り向かないと決めた。


「だって、私たち親友なんだから……」

「うん……ありがとう実結」


その夜は私たちにとって大きな一歩になった。

きっとこの先は辛いことが待ち受けているかもしれない。

それでも私たちなら――二人でなら乗り越えていけるその自信に満ち溢れていた。








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