第46話 冒険者から研究者へ

『個体名:ルイ タイプ:ヘラクレス起動。敵対者の排除を開始します』


 無機質な音声が流れるとルイの身体が末端から機械化し始めた。

 マッドと同じナノマシンの暴走による理性の消失。

 こちらへ跳躍するルイの目にはもはや彼の意識は感じられない。


「クッソまたかよ! 呪われてんじゃねえのこの研究所!?」


 マッドといい何かしらナノマシンが暴走するときはいつもここだ。

 魔道機械との共鳴か、はたまた我が居場所を死守せんとする宿主自身の未練か。

 どちらにせよ呪いに似た感情がこの研究所にしみついていることを錯覚させられる。


 狙いが外れ本棚に突っ込んだルイが口を半開きにしながら野獣的な目線をこちらに向けた。


「シルヴィア! 今すぐここを出ろ! 国王に事情を話してきてくれ! 頼む!」

「わ、わかりました! ご武運を!!」


 シルヴィアが無事、所長室を出ることを確認すると壁際に寄り距離をとる。

 対話が通じないのは明白。『オーバーホール』で無力化するしかない。


 深く息を吸い込みルイを正面から見据える。

 むやみに突っ込んでくるわけでもなく出方をうかがっている冷静さはさすが機械といったところか。


 もう一度息を吸い込み戦意を見せるように、高圧的に叫んだ。


「来いよ! マッドの意志もあんたごと分解してやるよ!」

「──!!!」


 呼応するような雄叫びをあげるとルイは低い姿勢でとびかかってきた。

 基本的に攻撃は直接的なものしか来ないからよけるのはそう難しくない。


「──!!!」


 声にならない雄叫びをあげながらルイは野獣のようにひっかいてくる。

 歯車病によるスキルを使うほどの理性もなさそうだな。


「あんたの尊敬する人に尽くす態度はもう妄執だよそれは。意志を継ぐためだけに自分の身をささげても何にもならないんだよ」


 よけられても懲りずに飛びついてきたルイの頭を鷲掴みにした。もはや戦闘経験の浅い俺にすら捕まるほど、彼の身体はナノマシンの暴走に耐えきれなくなっていた。


「『オーバーホール』」


 追放されてから幾度つぶやいたかわからない言葉。ある意味その象徴ともとれる頼もしい単語を放った。


「アアアアアアアア!!!!!」


 身体が崩れ落ちていく中、ルイと目が合う。

 懇願するような未練にすがるような表情。

 ただどんなに悲惨な顔をしてももう遅い。


 俺がその表情を認識する頃には彼の全身は冷たい部品として散らばっていた。


「マッド、あんたの意志はこれで全て分解したぞ。あんたは間違ってたんだよ。メンテナンスのこともナノマシンを兵器にしようとしていたことも。じゃあな歴史にすら残れない研究者さんよ」



 ☆



「──というのが今回の事件の顛末です。」

「なるほど。おぬしには何度も迷惑をかけたな。これも我とひいてはこの国の失態。決して繰り返してよいものではない。オレンヌ!!」

「は、はい!!」

「ナノマシンの軍事利用禁止、魔道機械のメンテナンスの義務化の王令を出せ!」


 王の命令を受け取るとオレンヌは一目散に謁見の間から走り去っていった。


 沈黙が訪れる。謁見の間には俺と国王の二人のみ。


 オレンヌの足跡が聞こえなくなったのを確認し、先ほどとはうって変わった悲壮な顔つきで口を開く。


「アイクよ。研究者としてそなたに問いたい。歯車病の治療だが、本当にあの奇病は完治できるものなのだろうか? 本当に民を救えるだろうか?」


 国王もマッドを指名してしまった責任感と歯車病に対して何の対策もできなかった罪悪感に苛まれているのだろう。

 為政者としては正しい反応なのかもしれないが、


「そもそも魔道機械を使う冒険者しか知らなかった病気だ。報告がなければここに届かないのは仕方ないでしょう。それと完治するかですが、俺が治します。必ず、元の完全な人間の肉体に一部分の機械もない身体を保障します」


 そのためのマッドの討伐、そのためのナノマシン研究だ。

 俺の生涯をかけてでもなさねばならない。


「それでアイク、一つ提案なのだが──」



 ☆



「それでここが我が家になったのですね」


 国王との謁見から数週間後、俺たちは再び元研究所に来ていた。

 あの後国王からマッド研究所を閉鎖すること、解体するならそこを俺たちの研究所兼自宅にしないかという打診をもらった。


 設備はそのまま利用できるし、二人で済むにはもったいないほどの広さもあるし俺的には問題はないのだが、


「ボルドーを離れてよかったか?」

「大丈夫ですよ? 私はアイク様の向かう場所ならたとえ天上でも地の底でもついていきますから」

「それならいいんだけど」


 シルヴィアはぱっと身をひるがえし、微笑んだ。


「私にはアイク様しかいないのですから一生責任取ってくださいね? アイク様がいなくなったら私、どうなるか……わかりませんよ?」


 屈託のない笑顔で言うもんじゃない気がするんだけど……。

 まあなんにせよやっとスタートラインに立てた。


「さて、俺たちの生活に戻ろうか」


──────────────────────────────────────


ここまでお読みいただきありがとうございました!

この物語はここで一旦の閉幕とさせていただきます。

評価こそ振るわなかったものの10万文字を書くことのできる自信にはなったかなと思っております。


また次回作も執筆中ですので私と共に私の成長を見守ってくれる方、応援しようかなと思ってくださる方、ぜひ作者フォローをお願いいたします!!


ありがとうございました!!

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魔道整備士のアップデート~研究所の実験動物にされた俺は『自動更新』で成り上がる~ 紙村 滝 @Taki_kamimura7

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