第45話 狂信者

 ──王都、元マッド研究所


 国王への報告の後、俺たちは新たな拠点となる研究所に向かった。


「あれ?」


 鍵を差し、ドアノブを回すが押しても引いてもびくともしなかった。

 鍵は国王からもらったマスターキーだし、このドアは引き戸でもない。

 つまり、


「絶対マッド信者の仕業じゃねえか……」

「どうします? アイク様に逆らうものは根絶やしにしますか?」

「さすがにこの場で殺しはしないけど、わからせる必要はあるな。行くぞ」


 わずかに空いた隙間から見えたのは乱雑に積みあがったデスクと強度を高めるために張り巡らされたワイヤー。

 魔道機械で「施錠」されていない分まだ完全に立てこもる覚悟はできていないように感じる。


 再びノブに手をかけ機械部分の力に任せて思い切り引っ張った。


「一応警戒してついてきてくれ」


 片手でシルヴィアをかばいながら崩れて山のようになったバリケードを踏み越えていく。

 薄暗い室内を一歩一歩確かめるように進んでいった。

 見知った研究所ではあるが知能ある人間が潜んでいる可能性がある点で不意打ちを受ける可能性は並のダンジョンよりも高い。


 だが、俺の警戒もむなしく人の気配どころかバリケードすらも置かれておらず、すんなりと所長室前までたどり着いてしまった。


「研究室にも主任室にも人の姿はありませんでした。しかしその代わりに研究書類は軒並み盗まれていたので……バリケードは盗んでいったことを隠すためでしょうか」

「いや、実験レポートと計画表を持っているのは俺たちだ。最重要書類を残して逃げ帰っても俺への復讐にはならない」

「その通りだ裏切り者! その無駄に回る脳と減らない口数の処分方法について元マッドの部下どうし話し合おうじゃないか。入ってきたまえ」


 声の主が所長室、最近までマッドの根城出会った場所だ。

 自分がマッドの後継者とでも言いたいらしい。


 罠を警戒し慎重に扉を開けると荒れた所長のデスクでふんぞり返るルイの姿があった。


「遅かったじゃないか。あの愚王が貴様を足止めしてくれたおかげでマッドの遺物を回収することができたよ。礼を言おう。のこのことここまで来たことの礼もな」

「お前ではマッドの後継者にはなれねえぞ。地位も実績も何もかも俺どころかマッドにすら劣ってんだよ。さっさと原状復帰して帰ってくんないか?」

「貴様いつから生意気になった!? マッドにすらとはどういうことだ!! マッドの偉業がお前に劣るわけがない! ただマッドの研究を終わらせただけのお前に! 彼こそが至高! 彼こそがこの世界の真理を解明するものなのだ貴様などに劣る存在ではない!!」


 眼を血走らせ、髪をかきむしりルイは叫び続ける。

 おもちゃを前に駄々をこねる子供のような、それでいて熱狂的に神を崇拝する狂信徒のような。

 呪いに満ちた叫びはルイの呼吸がもたなくなるまで続いた。


「あんたの主張は聞いた。んで? 何がしたいの?」

「貴様を所長の座から降ろすって言ってんだよぉ!!」


 荒い息のままルイは俺の胸倉をつかみ持ち上げた。


 いつの間に歯車病になったんだよこいつ?


 いつか追放されたときのように機械化した腕で締め上げられる。

 だがもはや俺がおびえるわけがない。


「『オーバーホール』」

「あ、あぁ……あああああああ!!」


 あっけない。俺のスキルなんてとっくに知識として脳には入っているはずなのに。

 俺への怒りで、怒りに我を忘れたせいで理性を失ってしまった。


 俺の指先が触れた箇所からルイの腕がなすすべもなく崩れ落ちていく。


「おのれおのれおのれ!!! なぜ貴様なのだ! マッドの業績を地に落とした貴様が選ばれたのだ! 何もなしていない無能の貴様がッ!!」


 ルイは両腕が分解されてもなお叫び続けていた。


 俺を呪うのはいい。ただ一つ、間違った前提は正さないといけないな。


「確かに俺はお前たちから見れば何も成し遂げていない。理不尽に追い出され、細々と冒険者として暮らし、ただつつましく生きていただけだ。それなのに理不尽に逆恨みされてすべて俺が元凶だと言われているとかお笑いぐさでしかないな」

「そうだ忘れたとは言わせんぞ! 貴様が細工したのが発端──」

「俺は何もしていない。古いものは壊れやすい。当然だろ?」


 そう、当然なのだ。

 なんたって魔道機械は古代文明の遺物、古びて経年劣化しているなんて当たり前だ。

 それなのにメンテナンスが無駄とか言っていたんだから研究者失格だろ。


「嘘だ嘘だ嘘だ!! もういい貴様は話が通じないようだな!!」


 ルイはよろめきながら距離をとるとポケットに手を突っ込んだ。


 取り出した小箱を叩きつけるように開き、手にとったのはもはやおなじみとなった注射器。

“遺跡”で見たナノマシンの液体を薄めている分、存在する量が多い。


「あんた破滅するぞ!!」


 光を反射する注射針が視界に入った瞬間、止めに入るがすでに針はルイの肌に突き刺さっている。


『個体名:ルイ タイプ:ヘラクレス起動。『狂心』強制発動。敵対者の排除を開始します』


 ルイの口から機械音声のような無感情な声が発せられたのと同時に彼の身体が俺めがけて跳躍した。

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