第44話 意志の継承【ルイ視点】
「クソクソクソッ!!」
頭を掻きむしりながら主任室をうろうろと歩き回る。
なぜ俺がっ!! アイクの下になどつかねばならんのだ!! マッドの意志を継いでいるのは俺だぞ! あんな無能に任せているなど国王もついに乱心したか!?
腹立ちまぎれに蹴った椅子がむなしく床を転がっていく。
俺は元マッド専属の研究所に舞い戻っていた。
マッドがナノマシンによって暴走し破壊の限りを尽くしたのち、復興されたのだ。
というのもここにはこの国の最新技術、魔道機械が所蔵され、研究できる環境も整っていた。
幸いマッドが破壊していったのは天井と研究室の内一部屋のみ。
マッドにはまだ理性が残っていたのだ。
「マッドはまだあの無能に負けたわけではなかったのだ! それなのにあいつは!」
マッドをモンスターのように扱った。
元からあいつが悪いはずなのに!
足を引っ張るどころか崩壊までさせた。
「なぜ俺が所長にならない!? マッドの意志を継いでいるのは紛れもなく俺だぞ!?」
メリッサも勝手に機密書類持ち出して使い物にならなくなった。
もう彼の業績を理解し、研究を継いでいけるのは一番近くで研究を手伝っていた俺しかいないはずなのに!
「入ってもよろしいでしょうか!」
部下の無駄に威勢のいい声がかかる。
蹴り飛ばして窓際まで吹き飛んでいた椅子を戻し座った。
さすがに部下の前では理性的でなければ反乱についてくる従順な部下は増えないからな。
「入れ」
「失礼します! 王令が届きました! ナノマシンの軍事利用、研究は中止だそうです!」
「冗談なら今すぐお前を解雇して“遺跡”送りにするが?」
「いえ! 王令によりますと魔道整備士アイクの“遺跡”探索の結果により再開かどうか検討されるようです! こちらが王令の現物となります!」
「なっ……」
もはや感覚が拒否していた。
ぐらぐらと揺れる視界で何度も読み直すが記述されている事実は変わらない。
何一つ冗談でも夢でもない。
「これではマッドが、あの稀代の天才の業績がすべて無駄に……。それだけは……だめだ」
「ルイ主任? あまりお顔の色がよろしくないような?」
「大丈夫だ。下がれ」
再び一人きりになった室内でそっと目を閉じる。
もはや国王もアイクの毒牙にかかってしまった。
国王は何もわかっていない。魔道機械において他国との競争ができていたのはマッドの研究があってこそだと。
それを理解している人間は多くはない。
マッドの業績を残すために使えるのは自分自身と部下のみ。
どうにかしてアイクを、あの裏切り者を引きずり降ろさねば。
「ナノマシン投与で暴走か……」
マッドの暴走はナノマシンによる歯車病の悪化、脳に至るまでのナノマシンの侵食だという。
もともと魔道機械、歯車病には類まれなる適正があった彼でもナノマシンを制御することはできなかった。
ならばアイクにももう一度ナノマシンを投与すれば討伐対象にさせることができるのでは?
アイクはナノマシンによって歯車病を発症しているが、2度目の投与には適応できる可能性は低い。
普通の歯車病に投与したマッドが暴走したのだからナノマシンによって発症したあいつが耐えられるわけではないのだ。
ましてやマッドほどの才能も適正もないあいつだ。暴走する前に自滅する可能性だってある。
幸い、ナノマシン注射器は俺が保管している。
一本はマッドによって跡形もなく破壊されてしまったようだが、それでも十分なほどの在庫はある。
背後からなら気づかれて『オーバーホール』なるスキルを発動される前に打つことができるはず。
『隠密』の魔道機械はメリッサの馬鹿が持ち出して没収されているが、『透過』の魔道機械で代用できる。
「あとはどう逃げるかだな……」
暴走させたところで俺自身が襲われてしまうとマッドの意志を継ぐ者がそれこそ消滅してしまう。
『外部運動機構』もメリッサの馬鹿が持ち出しやがって没収された。
「足を引っ張るだけ引っ張って逮捕されやがって……」
マッドに恩があるくせにアイクにそそのかされて裏切った奴にはふさわしい結末だった。
だがせめて魔道機械だけは持ち出してほしくはなかった。魔道機械は一つ一つが王家所有の宝物と同等の希少性があり同じ魔道機械が二度と手に入らないなど日常茶飯事である。
「俺もナノマシンを打つしかないか……」
暴走した奴から逃げるのは人間の身体能力では不可能だ。
ただ逃走手段になる魔道機械もない。
ならば腕ではなく脚にナノマシンを打てばいいのでは?
デスクの引き出しを開け、箱形の『収納』の魔道機械を起動する。
マッドにも話していない俺の秘蔵の魔道機械。
かすかな駆動音と共に開いた機械に収納されていた注射器を手に取る。
そのまま、太ももに突き刺した。
「なにっ?」
ピストンを押し込んでも液体が中に入っていかない……!?
「ここで失敗するわけにはいかんのだ!」
俺の思いもむなしく液体は俺の身体に入り込むどころか意志を持ったように太ももを這いまわっていた。
「気持ち悪い……! どういうことだ! なんなのだこれはぁ!」
ナノマシンが体中を這いまわり、しばりつけていく。
蛇に巻きつかれているような冷ややかな感覚に背中はぐっしょりと濡れていた。
「助けてくれ! 助け─」
助けを求めようと叫んだ瞬間、全身の穴という穴に液体は入り込んでいった。
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