7:露璃んちで、おうちデート

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「うーわ、やば。ベッドめっちゃきれいじゃん」


 全然布団くしゃくしゃじゃないし。これがベッドメイクってやつ? ホテルかここ。

 あたしだったら、代わりにぬいぐるみが寝てるし。その日着たい服広げまくって、選び終わった後もなんかめんどくって、そのままにしてるとかデフォなのに。


「てか部屋めっちゃきれいじゃん!」


 いやマジできれい。

 フローリングぴかぴかで、ラグふかふかで、インテリアも全然ごちゃついてないけど寂しくもない感じのシンプルおしゃれ。

 本棚とかもぴちって整頓されてて、真面目感と清潔感がめっちゃ露璃っぽい。

 ローテーブルに出しっぱのアクセやメイク道具が散らばってたりもしないし。ちな、それはあたし。


「うわー……」


 見れば見るほど、あたしの部屋とは違いすぎる。

 でも小物とかクッションとかは、ちゃんとかわいいし。だけど部屋の隅のちっちゃい観葉植物とかは大人っぽいし。

 このさ、物がないんじゃなくて、めっちゃ計算されてる感じ、統一感あってセンスよ。モデルルームかよ。


「うーわ~……いいっ……!」


 なんだここ、別世界だったりする……? めっちゃきょろきょろ観察しちゃう。


「……何してるの?」

「わ」


 気付いたら、半分開いたドアの陰から露璃がひっそり顔出してて。

 自分の部屋なのになんか恐る恐るって感じで、覗き込むみたいにしてこっち見てた。


「大丈夫、クローゼットとか開けてないよ! 下着とかも物色してないからね!」

「そういう心配はしてないけど……」

「でも、ベッドは、ちょっと寝た」

「それくらいなら、いいよ」

「あと、部屋の空気吸ってた。めっちゃいい匂いするなって」

「えぇ、それはやめてよ……」

「あ、そう? ごめんじゃん。でもいい匂いだよ」

「それは、喜んでいいの……?」


 居心地いいなって、褒めてるんだけど。流石に引く?


「てかさ、露璃の部屋、めっちゃ露璃っぽいよね」

「え、うん、ありがとう……?」

「はぁ……露璃の匂い……」

「だから、嗅がないでってば」

「あ、つい。じゃあさ、初めて来た記念に、写真撮っていい?」

「え、部屋の? それはちょっと……恥ずかしい」

「ちえー。でもやっぱ、なんかいい匂い!」

「あ、そうだった。お茶とお菓子持ってきたよ」

「えー、やば、ありがと~!」


 てか、トレー持たせっぱだった。ごめんね。


「あたしもおやつ持ってきたから、一緒に食べよ」

「うん。紅茶、レモンティーとミルクティー、どっちがいい?」

「ミルクティー好き~」

「はーい」


 人んち遊びに来てちゃんとしたティーセットでおもてなしされるとか、初めてかも。

 ま、ちゃんとしてるのかどうか知らないけどさ。でも、おしゃれでいい感じってことだけはわかるよ!


「わ、なんかお菓子もオシャじゃん。高そうな焼き菓子って、アガるよね」

「うん、わかる。これは、もらい物だってお母さんが言ってたけど」

「あ! てかそう、露璃のママ、めっちゃ美人だよね! ね!」

「え、そうかな……?」

「いや~、遺伝子と教育に感謝……!」


 露璃も大人になったら、露璃ママみたいになるのかな……今でも美人でかわいいのに、まだご褒美あるとか、楽しみすぎじゃん……!


「揺花のお母さんは?」

「えー、うちのママは普通かな~。メイク上手いだけ」

「じゃあ、揺花がおしゃれに敏感なの、お母さんのお陰なんだね」

「んー、どうだろ。そうかも」


 最近は、さかなこに教えてもらってばっかだけど、そういや最初は、ママのお化粧に憧れて~って感じだったかも。一応、親に感謝。ラッパーか。


「ふふ。私は好きだけど。おしゃれの意識高いところ」

「ホント? あんがとっ。じゃあもっとかわいい目指す~♪」

「うん」


 そんな感じであたしと話しながらでも、ソーサーとカップをテーブルに並べていく指先とか、所作とか、ちょっと優雅なんよな~。

 今日はいつも以上に、露璃が大人っぽく見えちゃうっていうか。お嬢様かな、メイドさんかな。大人っぽいお部屋効果すごい。


「どうかした……?」

「えっ? あーいや、ホント部屋きれいだよねって思ってさ」

「そうかな。物が少ないだけだと思うけど」

「んなことないでしょ。別に飾りっ気ないってわけでもないしー、あたしの部屋の百倍くらい本あるし!」

「そんなに……?」

「や、それはちょっと盛ったかも。わかんない。今度うち来た時数えてみて」

「えぇ……せめて、教科書ぐらいはあってほしいけど……はい、どうぞ」

「わ、あんがと~。いただきまーす!」

「はい、召し上がれ」


 お茶よりまずは、マドレーヌからいただいちゃう!


「ん~、うま!」

「相変わらず、ひとくちおっきいね」

「んむんむ……特技なんで」

「ふふっ、かわいい」

「えっへへ、どーもどーも。あ、あたしの持ってきたのもあげる~。コンビニスイーツだけど」

「うん、ありがとう」

「あとねあとね、紅茶の良さとかはよくわかんないけど、ミルクティーもおいしいよ」

「そう? ふふ、よかった」


 露璃が淹れてくれて、振る舞ってくれるってだけで、なんか特別感あるよね。間違いない。


「やば、もう、うまいしか言えないわ」

「いいと思うけど。その方が、揺花っぽいよ」

「えー、それバカにしてない? するまでもなくバカ?」

「そんなことないよ。余計な言葉で飾らない、まっすぐな感じが、揺花のいいところだなって思うし、私は好きだから」

「も~、好きって言えばご機嫌取れると思って~」

「取れない?」

「なんと! 取れま~す♪」

「ふふっ、よかった」

「もっと言ってくれてもいいよ?」

「もぅ……揺花、好き」

「好き~!!」


 勿論、お菓子もミルクティーも好きだけど。露璃とこうやって意味なくお喋りするのも、やっぱ好き。


●●●


「でさでさ、今日何するー?」

「あ……えっと、ごめん、特に何も考えてなかった、かも」

「え、そうなん? なんか珍しくない? 露璃、いつも計画的な感じなのにさ」

「うちで、揺花と会うってことばっかり考えてて……」

「え~? えへへ、そっか~、そうなんだ~。じゃあしゃーないか~。へへへ」


 それ、あたしのこといっぱい考えててくれたってことじゃんね。そんなん普通に嬉しいじゃん。


「笑わないでよ……」

「えー、いいじゃんいいじゃん。じゃあ、なんもしないをするか~」


 ま、露璃となら、クッションモフりながら向かい合って、お茶とお菓子を交えてお喋りしてる、ってだけでも、全然楽しいしさっ。


「露璃っていつもこんな優雅なの?」

「優雅、かな……?」

「時間の使い方的なさ。いつも何してんの? あ、勉強とか以外でね?」


「えっと……本読んだり、映画観たり……?」

「あー、ぽいぽい」

「ベランダでハーブ育ててた時は、そのお世話したり」

「え、マ? すご」

「あとは、シロのこと撫でたりとか、かな」

「あれ、イッヌ飼ってたっけ」

「ううん、猫」

「ヤバ、逆張りじゃん」

「あぁ、名前?」

「うん」

「ふふ。ホントはね、シロップっていうんだけど、その方が呼びやすくて。家族みんな、いつの間にか」

「あーね、理解理解。どんな子?」

「ノルウェージャン。琥珀色と白の」

「あ~、あのモップみたいな猫ちゃんだよね! てか、真っ白でもないんだ」

「うん……モップ……ふふっ」

「えー、似てるくない?」

「うん、確かにそうかも」

「だよね!」


 ヌーチューブの動画とかで見て、めっちゃモフり心地良さそうだな~って思ってたやつ。


「後で連れてこようか? 一階でお母さんといるから」

「え、いーの? 怖がられないかな? 知らない人いても平気な子?」

「ん~、どうだろ……普段は人懐っこいんだけど、あんまり家族以外と会う機会ないし……」

「ならまっかせて! ソッコー仲良くなる自信あるよ!」


 根拠はないけど! でもかわいい動物は好き!


「確かに……揺花、人当たりだけじゃなくて、動物当たりもよさそうだもんね」

「ふふふ~、まぁね~。知らないけど。てか、動物当たりって言うの?」

「え……わかんない」

「へー、露璃にもわかんないことあるんだ」

「それはあるよ……」

「でも、あたしのことはちゃんとわかってよねっ」

「はーい。善処します」

「えへへ、まぁいいや。とりま、今日のおうちデートでやりたいこと、いっこ追加ね~♪」

「……やりたいこと、ちゃんと考えてきてくれたんだ」

「あったり前でしょ! いろいろしたいじゃん。てか今日、何しに来たと思ってんの!」

「え、何しに来たの……?」

「露璃といちゃいちゃしに来たの!」

「あ、うん」

「いやいや、そこはもっとトゥンクしてよ」

「ご、ごめん……?」


 なんか、あたしばっか乗り気すぎて、戸惑わせちゃった?

 いやそも、それだけじゃない感じ? だよね……?


「え、てかさ、もしかしてだけどさ」

「うん……」


 ローテーブルを乗り越えるぐらいの勢いで身体を乗り出して。若干引き気味になった露璃の顔を、覗き込む。


「露璃、緊張とかしてる……?」

「……ちょっと、してた」

「え~っ、なんでなんで!」


 言いにくそうに、ちょっと目を逸らされちゃった。

 これはあれだ、いつもの、恥ずかしがってるの隠そうとしてる感じじゃない?


「……初めて、だし」

「え?」

「普段、自分だけが過ごしてる空間に、揺花がいる、っていうの……」

「あー、そゆこと?」


 そう言われると時間差で、なんかこっちまで意識しちゃうじゃん。

 露璃の大事な場所に、踏み込んだみたいな。そこに受け入れてもらったみたいな。上手く言えないけど。

 次、あたしの部屋に来てもらったら、あたしもそんな気持ちになるのかな。


「……それだけ、だから。そんなに見ないでよ……」


 顔は背けながら、横目で抗議される。

 甘いねぇ。そんなかわいい照れ顔されたらさ、逆によく見たくなっちゃうでしょ。


「まあまあ、そう言うなよ~」


 もうお茶もお菓子もほっぽって。また逸らした目線の逃げ道を塞ぐみたいに、テーブルを回り込んで。


「これで緊張しなくない? 逆効果?」


 露璃の隣に這い寄って、つーかまえたっ、って感じで、手元のクッションから引き剥がした露璃の手を、ぎゅっと握ってあげる。


「……ううん、効果的」

「へへ、効果的か~」


 緊張も、あったかさも、甘い匂いの空気感も、いつも通り、分け合えばいいわけよ。

 単に、あたしがそろそろ、露璃と触れ合いたかったってのもあるんだけど。

 でも、露璃の方からもそっと指を絡めてきてくれて。あー、多分、露璃もそうしたかったんだろうな~って思えて、めっちゃ嬉しい。


「……部屋の中で、こうやって手をつなぐって、なんだか変な感じだね」

「そだね。学校でもつないだりしてるのにね」


 いつも通りに落ち着いた、露璃の透き通った優しい声。

 整ったまつげの数まで数えられそうなくらいの間近で、見つめ合ったまま。耳の奥をそっとくすぐってくれるみたいなこの感じ、好き。


「それとこれとは、また違うというか……」

「いいじゃん。つまり、いろんなシチュでにぎにぎするの楽しめるってことでしょ。おトクじゃん」

「……そうかも」


 ちょっと前までの、ピシッとしてて頼れる感じも好きだし。最近の、実は柔らかくて守ってあげたくなる感じも好き。

 触り心地いい手の温度もあわさって、あたしまでドキドキしてきちゃうじゃん。やば。もうちょっとこうしてたい。

 ま、するんだけどねっ♪


◆◆◆


「はい、露璃、あーん」

「あ、あ~……んっ、ぁむ……!」


 揺花が差し出してくれたクリームフィナンシェを、頑張ってひとくちで受け止めようとしたけれど……。

 思ったよりも中身がたっぷり詰まってて、口の両端からクリームが溢れちゃう。


「わっ、ごめんミスった、拭くね拭くねっ」

「んっ、んむ……ううん、大丈夫、自分で拭けるから」


 揺花と隣り合ってくっついたまま、お互いにお菓子をあーんし合っていたら。意外と距離感難しくって。

 時々、ちょっと狙いがズレちゃったりしても、それがまたなんだかおかしくて。二人して笑いながら、口元を拭き合ったりもしてたんだけど。流石にちょっと、近すぎだったのかも。お行儀悪かったかな。


「てか今のは、ひとくちでいくの、おっきかったね、ごめんね。あたし基準だったわ。露璃のかわいいお口はちっさいのにね~」

「別に、普通だけど……」

「そこはちっさくていいじゃん。あ、そだ。リップ塗り直すならさ、ついでにちょっと、メイクされてみない?」


 言いながら、揺花ってばもう既に、バッグから化粧ポーチを取り出していて。さっきから、その隙を窺っていたみたい。


「そこまでは、いいよ……その、また今度で……」


 正直興味はあるし、気持ちも嬉しいんだけど……。

 揺花の前で長時間じっとしたまま、一方的に見つめられて、顔に触れられ続けるのを想像すると、気恥ずかしさの方が勝っていて。

 今はまだ、平常心で受け入れられる自信、ないかもなって。


「え~っ。ならリップだけっ、塗ってあげるから。あたしのお気にの色、塗らせてっ、ねっ?」

「……じゃあ、それだけ、お願いしようかな」

「やたっ」


 でも次は、ちゃんと揺花に触れてもらえるようにって。今から心の準備、しておくね。


「えへへ~、これこの春買ったやつなんだけど、かなりお気になんだよね~」

「そうなんだ。かわいい色だね」

「そーなの! わかる? わかるよね~」

「うん。揺花好きそう」

「そ~なんよ~。あ、はい、お口閉じて~」

「うん……!」


 そうして、いざ艶めくリップの先端が、露わになったのを前にして。

 それがいつも、揺花の唇に触れているものなんだと思い至って、ちょっとドキッとしてしまう。

 それが今、自分の唇に触れているんだと意識して、鼓動が静かにペースを上げていく。

 揺花と一緒になれるような、同じものになれるような、そんな期待感が、昂ぶっていく……。


「んっ……」


 勿論、嫌なわけじゃ全然なくて。なんだったら、間接キスもしたことあるし、直接キスだっていつもしてるんだけど……。

 事実としてはそんなに変わらないはずなのに。こうやって、ちょっとやり取りの仕方が違うだけで、また新しい体験みたいに感じられてしまう。

 それだけ、いろんな角度の揺花のことを、意識しちゃってるのかも。


「えへへ、オッケ~、いい感じっ」

「ありがとう……」


 満足そうに微笑みながら見せてくれる手鏡よりも、揺花のその表情の方に、視線が引き寄せられそうになって。慌てて鏡の中の自分に意識を戻す。

 春っぽい色合いで、少し口元が明るくなっただけで。顔全体が華やいで見えるような、なんだか自分の顔じゃないような、そんなふうに感じられて。

 気のせいかもしれないけれど。気持ちのせいっていうの、あるんだね。

 そんな気にさせてくれる揺花は、やっぱりすごいなって思う。


「その色、今日の服にも合ってると思うよ」

「そうかな」

「うんうん。ばっちし!」


 塗ってもらっている時の感触だけじゃ、よくわからなかったけれど。

 改めて、視界の中で、同じリップをつけた揺花と自分が並んでいるのを見ると。

 なんというか……思っていた以上に、気分が、アガる。


「……へへ、笑顔に合う色っ」

「え、笑ってた……?」

「うん。あたしの好きな顔」

「……そっか。よかった」


 ちゃんと、揺花に好きでいてもらえる自分に、私のなりたい自分に、なれてるみたい。


「てかそーいやさ」

「ん?」

「それ似合ってんね。普段着、いつもそんなかわいいの?」

「かわいい、かな……」

「うんっ。ゆったりめのサロペットパンツ、かわいいよね~。やっぱスタイルいいとなんでも似合うわ~」

「変じゃない……?」

「まっさか、めっちゃかわいい、ちょー似合ってる!」


 揺花のお墨付きなら、自信持ってもいいのかも。


「あたしなんかさ~、気分完全オフの時とか、結構テキトーな格好してるからさ。部屋着にしては、割と頑張ってる方じゃね? って思って」


 やっぱり揺花、そういうところには敏感というか、お見通しというか。


「えっと……普段はもうちょっとだけ、ラフな格好だけど……」

「さすがに?」

「うん。揺花と会うから、おしゃれしようか、でも自分の家だし、着飾るのも変かなとか、いろいろ考えちゃって」

「あーね~、わかりみ~!」


 ファッションの話題になると、いつも以上に生き生きとして、声色だけじゃなくて身体まで跳ねる。

 そんな楽しそうな揺花を見ているのも、話を聞くのも、私の楽しみの一つ。


「そういう時ってさ、どのくらい気合い入れるかってのもあるし、意外とちょうどいいコーデなくて悩むよね~」

「うんうん」

「気に入った服でもさ~、全然想定してないタイミングで着るとかで、考えてた組み合わせからバラしちゃうと、なんか雰囲気違ったりするじゃん?」

「確かに、そうかも……」

「それだけ単体で見て、かわいいな~って思った服でもさ、コーデの組み合わせなんかビミョくない? ってなるよね?」

「あぁ……」

「何と合わせるかとか、どんなローテで着回すかとか、そーいうの考えだすと、キリなくなっちゃうよね~」

「なるほど……」


 あとは、できれば、話の内容にちゃんとついていって、話題を合わせられるくらいの相槌ができれば、いいんだけど……。

 そこはまだまだ、勉強が足りないみたい。


「あ、ごめごめ、またあたしばっか喋っちゃった」

「ううん、全然いいよ」

「あ~、露璃は何着てもかわいいから、そんなの気にする必要ないってか! ずる~!」

「そんなつもりじゃないよ……」

「やー、似合うか、もっと似合うかしかないね! 露璃は!」

「……それ、怒ってるの? 褒めてくれてるの……?」

「わかんない。どっちも! かわいい! 羨ましい!」

「揺花の方がかわいいよ……」

「え~? えへへ、そう~? それ言ってほしかったっ」

「ふふ、だと思った」

「でも、露璃が美人でかわいくて、服似合ってるのもホントだからねっ!」

「え、あ、うん……ありがとう」


 そのまま冗談のノリでいてくれても、よかったのに。

 普通に嬉しくなっちゃうよ。いいのかな……?


「……そうだ。シロ、連れてくるね」


 返答に困ったのを誤魔化すようにして、そそくさと立ち上がる。


「わーい、楽しみ~!」


 そのまま早足で、逃げ出すみたいに、部屋を出て。

 火照った顔を、ちょっとクールダウンさせなくちゃ。このまま話してたら、また上手く言葉がまとまらなくなっちゃう。

 多分、揺花には、その意図まで含めて、普通に気付かれちゃってるとは思うけれど。

 それでも一旦は、リセットしておかないと。まだまだ、めいっぱい、揺花と一緒に、この時間を過ごしていたいから。


◆◆◆


「えっ、わっ、待って待ってヤバすぎ、めっちゃかわよ~!」


 リビングにいたシロを抱えて部屋に戻るなり、天井に届きそうなくらいハイテンションな揺花の歓迎で、シロだけじゃなく私まで、ちょっとびくりとしてしまう。


「わ、こっち来た!」


 シロはと言えば、抱えていた私の腕から、流れるみたいにするりと抜けて。ベッドの上に素早く駆け上ると、そのままそこに陣取って。こちらを見下ろすような雰囲気で、私たちの様子を伺ってくる。

 私からすると、定位置に向かう、割といつもの光景だけど。

 揺花にはその動きだけでも、心引かれるものがあったみたい。


「あ~、やばいやばい、かわいすぎて語彙力なくなる~。あ、語彙力ないのはいつもか」

「え、別にそんなことないと思うけど……」


 私も、テンパっちゃってる時とかは、あんまり人のこと言えないしね。


「ね、撫でていい?」

「うん、多分、大丈夫だと思う」

「うひょあ~、シロちゃ~ん、いい子いい子~」


 そ~っと手を伸ばしながらじわじわと距離を詰めていく揺花のことを、シロの方はまだ警戒してるみたいだったけど。私が一緒に頭や背中を撫でると、その間は、ちょっとおとなしくなってくれて。

 それからは、じっと揺花の方を観察してきたかと思えば、部屋の中をぐるぐる歩き回ったりして。落ち着きのない感じだったけれど。

 しばらく触れ合っているうちに、揺花のこと、思ったよりすんなり受け入れてくれたみたい。


「ほ~れほれ~、こしょこしょ~」


 顎の下をごにょごにょしたりするのも、気付けばすっかり無抵抗。


「……ふふっ」


 揺花と、猫。自由で気まぐれなところ、こうやって並べて見比べてみても、やっぱりちょっと、似てるかも。


「どしたの?」

「ううん、かわいいなって」

「や~、それな~!」


 今のは、揺花のことなんだけど……まぁ、いっか。シロも嫌がってないみたいだし、揺花、楽しそうだし。


「このままさ、あたしも抱っこしていい? できる?」

「うん、じゃあ、そこ座ってて。膝の上、載せてあげる」

「やた~♪」


 揺花にはベッドに腰掛けてもらって、その膝の上に、抱き上げて長く伸びたシロを、ソフトクリームを巻くみたいな感じで乗せてあげる。


「うは~、あったか~、マジ命じゃん……!」

「ふふっ、それはそうだよ」


 感動したみたいにはしゃぐ揺花の隣に、私も並んで腰掛けると。


「あ……え~、そっち行っちゃった……さびし~」


 最初はソワソワしていたものの、ようやく慣れてきたみたい……なんて思っていたら、結局、普段通りがしっくり来るらしくて。揺花の膝から下りて、私の膝の上に落ち着いたシロ。

 揺花の方はと言えば、空いた自分の膝の上で、手をパタパタさせて、ちょっと物足りなそう。


「ね、シロちゃんは撮っていい?」

「うん、いいよ。あ、でも、ちょっと難しいかも」

「え、なんで?」

「スマホ向けると、すぐそっぽ向いちゃうの。カメラ、苦手なのかも」

「え……わ、マジじゃん、撮るのむっず。全然こっち見てくんないんだけど……!」


 まったり構えて、あくびしたりしながらも。なかなかシャッターチャンスは与えてくれないシロの、ベストアングルを追いかけて。揺花も負けじと、右へ左へ身体をくねらせる。

 その感じ、やっぱり、おっきな猫みたい。


「普通にしてる分には、こっち見てくれるんだけどね」

「あ~、恥ずかしがり屋さんなんだ。そこはなんか、露璃みたい」

「えぇ、私は、そんなこと、ないけど……」

「じゃはい、こっち向いて~、チーズケーキっ」

「えっ、えぇ……じゃあ、一緒にっ」

「お、いーよっ」


 なんとなく流れで、ベッドに腰掛けたまま二人並んで、そっぽ向いたシロも交えての、ツーショット。

 冷静に考えて、なんだかちょっと、不思議な絵面かも。でも、楽しいから。こういう思い出も、残しておきたいなって、思えちゃう。


「今のさ、るなちたちに送っていい?」

「うん。あ、でも……変な脚色とかはしないでね」

「しないよ~」

「ならいいけど」

「え、てか変なってなに? どんな? タンスにえっちな下着入ってたよ~とか?」

「入ってないからっ」

「え~、じゃあ確かめていい?」

「ダメです」

「あたしの、見てもいいからさっ」

「見ません」

「え~、興味ない? 全然ない~?」


 ベッドに腰掛けたまま、ハイウェストのフレアスカートの裾をつまんで、ヒラヒラさせて。

 制服の方が、スカートの丈は少し短いはずなのに。その仕草が扇情的すぎるように感じてしまうのは、薄くニヤついた蠱惑的な表情で、煽られているからなのか。それとも、私にちゃんと、そういう興味があるからなのか……。

 勿論、揺花のことを知りたいっていう意味では、全くないとは、言わないけれど……。


「もぅ……」


 ともかく、どんな表情やポーズでもかわいいのは、いいとして。

 そういうの、ちょっとはしたないし。もし、私のいないところでも、気安くそういうことができちゃうんだとしたら……なんだか、嫌だし。


「興味があるのは、揺花に、であって……そういう目的で、揺花と一緒にいるわけじゃないから」

「ほ~ん、ほうほう。じゃあどーいう目的なのかな~?」


 というか、目的とかじゃないよ。そうしたいからだよ。わかってるくせに。


「……私が、誰かの前でそういうことしてても、いいの?」

「えっ、やだ! ダメダメ! そんなの絶対無理! 解釈違いだしヤだし!」

「……そういうこと。だから、軽々しくそういうことしないでほしいの」


 少しだけ強く押さえるように、揺花の手を取って、引き寄せる。

 少しの間、無言で見つめ合う。


「ごめん……けど、するとしても、露璃と二人っきりの時だけだからね……?」

「……大切な揺花のこと、自分で軽んじないでほしいの。それだけ」

「あ……それって……」

「……うん」


 わかってくれたのなら、それでいいの。


「あたしのこと、誰にも渡さないっ、全部自分だけのもので、自分が一番だ~っ……的なこと~?」

「どうしてそうなるの……」

「あれ、違った?」

「……大体、そういうことで、いいよ、もぅ……」


 結局、揺花の勢いに乗せられちゃう。

 これでも揺花は、多分、真剣なんだろうし……そんなに間違ってもないんだけれど。


「あっ……」

「え……?」


 私と揺花に挟まれて、窮屈だったのか。構われなくなって、へそを曲げたのか。

 私の膝から飛び下りたシロは、遊び飽きて興味を失ったみたいに、私たちには目もくれず。そのまままっすぐ駆けて、少しだけ開いたままだったドアの隙間から、スッと部屋を出て行ってしまった。

 ごめんね、騒がしかったね。後でおやつあげるね……。


「あぁ、行っちゃった……もっと撫でたかった~」

「また、今度来た時にしてあげて」

「うん……へへ、じゃあ今度は、こっち撫でる~」

「えっ、ちょっと……!」


 身構える暇もなく。

 私の手から逃れて、行き場を失っていた揺花の手の平が、今度は私の頭にそっと触れて。優しく髪を撫で下ろして。ネイルの艶めく指先が、少しだけ毛先を弄ぶ。

 揺花から頭を撫でてもらのは、あんまり味わったことのない感覚。

 だけど意外と、悪くない。


「私は、しなくていいのに……」

「そ? じゃあ、あたしにして~」

「もぅ……いいよ」


 今度は攻守交代とばかりに、揺花はしなだれかかるようにして、こちらへ身体を寄せてくる。

 ちゃんと私が撫でやすいように、少し身体を丸めて頭の位置取りまで、抜かりない。


「……よしよし」


 これは、割と馴染みのある感覚。


「あ~、やっぱ癒やしじゃん~……このまま一生養ってくれ~……」

「それは、対等じゃない気がするけど」

「お、それもそっか。真面目じゃん」

「うん」

「ふはっ。うん、て」

「いつも、揺花がそう言ってるんでしょ」

「そーでした」


 ……私のこと、撫でてくれたのも。もしかしたら、揺花なりのそういう気遣いだったりするのかな……?

 揺花のことだから、ただ単にそうしたかっただけ、なのかもしれないけれど。


「あたし、猫っぽいんだっけ?」

「え? うん……」

「どっちが撫で心地いい?」

「えぇ、比べられないよ……」

「ごろにゃ~ん」

「はいはい。ここが気持ちいいですか~」


 少しだけ、大きな猫をあやすような気持ちもあったりしつつ。

 もう、こうやって自然に揺花に触れられるようになっている自分が、ちょっと嬉しくて。つい、夢中になって。

 手の中で躍るような光沢に目を惹かれ、きれいな髪の流れる様を追っていけば。待ち構えていたような上目遣いの揺花と、視線がぶつかって。


「っ……」


 シロがいなくなったことで、改めて、自室で二人きりだっていうのを意識させられてしまう。


 学校でも、二人きりになる時はあるし。この前モールでデートした時だって、二人きりではあったけれど……。


「なんかさ」

「うん」

「いつも以上に、二人きり~って感じ、するよね」

「……うん」


 それは、プライベートな空間だから?

 そのことを、いつもより強く意識しているから……?

 そういう、気持ちのせいもあるだろうし。

 そうだったらいいなっていう希望も、きっとある。


「……今日は、さ。誰にも見られなくない?」

「そう、だね……」

「……してもいい?」

「……うん。したい」

「へへ、やたっ」


 身を任せきりだった大きな猫が伸びをするみたいに、身体を起こして顔を近づけてくる揺花を、抱きしめるように、受け止めるように。まぶたを閉じながら、ふと、思う。

 こうやって、揺花と唇を重ね合わせるの、今日でもう、何回目だろう……。

 無意識に数えようとして、付き合い始めてから今までのことを思い返す内に、新しいキスが上書きされて。すぐに数えるのが追いつかなくなる。それくらい、重ねていきたくなる。


「んっ……ふふっ」

「……えへへ……っ」


 そのままどちらから共なく、お互いに身体を預けるように、ベッドに倒れ込んで。抱き寄せ合う手つきが、少しくすぐったくて、息継ぎ交じりに、笑い合って。

 それからまた、甘やかな思い出が、上書きされていく。私からも、上書きしていく。

 もう何度目だったか、わからなくなるくらいに……。


●●●


「ね、もっかいしよ」

「え……?」

「バイバイのちゅーもっ。したい。しときたいっ」

「……しょうがないんだから」

「へへ……大好きだよ」

「うん……大好き」


 気付いたら、いつの間にか窓の外はもう真っ暗で。

 楽しい時間って、なんでこんなに爆速で過ぎちゃうんだろ~って、過去一思ったよね。

 おうちデート、もう終わりか~って思うと、めっちゃ寂しいけど。次のデートの予定どーしよっかな~って考えるのは、めっちゃ楽しい。


「こういうのさ、ちょっと憧れじゃん? あとは、行ってきますのちゅーもいいよね~」

「会う度に、できるよ」

「うんっ。いっぱい会わなくちゃね」

「そのためだけ?」

「そうじゃないけど。や、それもあるっちゃある。あるくない?」

「……ふふ、そうだね。ちょっと」

「またシロちゃんにも会いたいしっ」

「うん、また遊んであげて」

「うい~」


 てかそう、露璃が玄関先までお見送りしてくれるの、なんかもう、このシチュだけで最高なんだよね。

 優しくて美人でかわいくて賢くて、あたしのこと考えて選んでくれた服着て、あたしのリップつけた露璃が、またねって言って手を振ってくれるの。控えめに言って、やっぱ最高なんだよね。

 それにここさ、前のデートの帰りにキスした時のこと思い出しちゃって、ちょっとニヤニヤしちゃうし。


「あ、でも次は、揺花の家に行く約束だよ」

「もち。いっぱいおもてなしするからねっ。なんならさ、お泊まりとかしない?」

「え……どうしようかな」

「しようよ」

「……いいの?」

「いいよっ、ちょーいいよ!」

「じゃあ……うん。一応、その予定で……」

「っしゃ! やった~っ! ヤバ、嬉しいんだけど! もー楽しみすぎて今からドキドキしちゃう! 心のBPM爆上がりじゃんね?」

「えっと……楽しみだけど、気が早くない……?」

「えー、だってほら、イベント事ってさ、それまでの準備の期間とか、待ってる間の楽しみな時間とか、そういう空気感含めて楽しいんじゃん。てか、そういう時間も楽しまないと、もったいないよ!」

「……そっか。それもそうだね」

「ねっ」

「じゃあ、私も……楽しみながら、楽しみにしてる」

「オッケー! とりあえず部屋の片付けしとくっ」

「ふふっ、頑張って」

「うん!」


 露璃が笑ってくれて、楽しみにしててくれるなら。

 いつもはめんどくさい部屋の片付けだって、全然やれちゃうね! ま、本とかは全然ないから、余裕っしょ!


「そんじゃ、またね露璃っ、バイバイっ」

「うん。また明日ね、揺花。バイバイ」


 デート中ずっと楽しくて。

 次のデートも楽しみで。

 それまでの間も、楽しめて。

 つまりこれ、ずっとデートしてるってことなのでは? って、思ったわけで。

 やっぱ露璃のこと好きなんだな~って、今日もめっちゃ思ったわけで!


☆つづく!

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つゆりとゆりかは付き合っている ふみや @IronFumiya

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