釣瓶落としの後始末

けんこや

釣瓶落としの後始末

 自殺願望者を殺した後はバラバラにして火山の噴火口に捨てることにしているが、運悪く頭部だけが崖の中腹にひっかかってしまった。


 “首”はガラスのような目で天を仰ぎながら岩壁の窪みに転がっている。


 このまま放置しておくわけにもいかないのでいったん“首”を回収して、噴火口に捨て直すことにしたが、しかし火口を取り囲む崖は険しく容易にたどりつけそうにない。


 普通におりることはとてもできそうになかったので、付近の岩にロープを縛り付けて“首”の落ちている場所まで下降してゆくことにした。


 ところがこれが思いのほか難作業。実際にやってみるとほとんどロープ一本で崖にぶら下がっているような状態で、少しでも手をゆるめるとたちまち火口に落下してしまうし、かといってロープにしがみついてばかりでは目的の場所まで降りることもできない。


 なんども風にあおられながら必死でロープを伝ってゆくうちに途中でずり落ちてしまい、結局“首”の落ちている場所よりもだいぶ下方の砂地に降り立ってしまった。


 火口まで落下せずに済んだのはよかったが、しかし今度は逆に“首”の落ちてる場所まで崖を登らなくてはならない。


 見上げると、こちらをのぞき込んでいる“首”と目があった。



 これはおかしい。


 さっき崖の上から見た時には“首”は天を見上げていたはずなのに、どうして今、崖の下にいるはずの俺と目が合うのか。


 それに崖の窪みから顔を突き出してこちらを見ている状態も違和感だ。“首”全体のサイズを考えると胴体の部分がなければバランスを保てないはずなのに…。


 何かこう、背筋にうす気味悪い思いを抱えながら崖にとりつき、登り始める。


 ところが思いのほか岩肌がもろく、いくらも登らないうちに足元が崩れて元の砂地にずり落ちてしまった。

 

 気を取り直して再びよじ登ると、今度は手にした部分が崩れてずるずると元の砂地に引き落とされる始末。そんなことを繰り返しているうちに手足をかける場所も無くなってきた。



「くそっ。」


 思わず頭上の“首”をにらみつけた。


 “首”は死んだまま、なんの表情も示さない。


 ただ黙ってこちらを見つめている。


 俺は地面に唾を吐き捨てると、ここまで降りてきたロープに向かって歩き出した。いったんロープを伝って崖の上まで戻り、再び“首”のある場所に降り直した方が良さそうだ。


 と、その時だった。


 突然、垂れ下がっていたロープが張力を失い、上から落ちてきたのだった。


 ロープはまるで地面に巻き取られるかのようにパタパタとその場に積み上がってゆき、やがてその先端がローソクの芯のようにポトリと落ちて来て、何事もなかったかのように静寂が訪れた。


 俺はただ呆然としながら落ちて来たロープの束に歩みよると、その先端部分の異様な状態に気がついた。


 ロープは明らかに途中で切断されていて、その断面は何かに噛みちぎられたかのようにズタズタに引き裂かれていた。


 思わず頭上を見上げた。


 崖の途中でちぎれたロープの切れ端が風にあおられ、舞い上がっている。


 そしてそのすぐ傍に、歯をむき出しにして転がっている“首”があった。


 よく見るとさっき捨てようとした“首”じゃない、別の“首”だった。



 思わず飛び下がって、あたりを見回した。


 すると火口の向こう側の岩壁にまた別の“首”があった。


 そのやや上部の断崖の切れ目にも“首”があった。


 そこから水平方向に目を向けた崖の中腹にも“首”があった。


 “首”“首”“首”“首”“首”“首”“首”“首”


 “首”は火口を取り巻く内輪壁のいたるところからがつきだしていた。


 どの“首”も、死んだ目でこちらを見すえていた。


 どの“首”も、知っている“首”だった。


 どの“首”も、俺が手がけた“首”だった。


 どの“首”も、俺に何かを訴えかけていた。



 俺が…。


 俺が何をしたっていうんだ!


 皆、死にたがっていたじゃないか!


 皆、死にたがって俺に会いに来たんじゃなかったのか!


「皆、自ら望んで死を選んだんじゃなかったのか!」


 心の叫びはいつのまにか本気の声色に変わっていた。絶叫が火口を取り囲む岩壁にこだまし、次々と反響を繰り返しながら消えていった。


 

 突然、どこからかけたたましい笑い声が聞こえてきた。


 見ると、さっき放り投げた“首”がその全身をぐらぐら揺らしながら、壊れた機械のように笑い転げている。


 同時に“首”という“首”が、まるでスイッチがはいったかのように一斉に笑い出した。


 笑い声の渦は岩壁に凄まじく跳ね返り、ひとまとまりの爆音となってとどろき、巨大な圧のようになって火口内に充満した。

 


 轟音の中で、俺はかろうじて意識を保ち続けた。


 まるで悪夢の中に叩き込まれたかのようだった。


 一刻も早くこの地獄を脱出しなければ。

 

 しかし一歩も足が動かない。恐怖で全身が硬直してしまったのか。いや違う。いつのまにか両足が砂地の中に沈み込んでいるのだった。慌てて足を地面から引き抜いた。すると引き抜いたその分、軸にしていた足がさらに砂に沈み、バランスをくずして手をついた。するとその手も砂の中に沈み込んだ。

 

 砂地が、自分を飲み込もうとしている。


 考えている余裕はなかった。必死で手をかき足をかき、その間にも腰から胸と、ずぶずぶと体が砂の中に埋まってゆく。必死でもがき、こぐようにして、やっとのことで上半身を砂の上に突き出した。


 がしかし、そんな努力もすぐに無駄だと気がついた。


 自分を取り囲む砂地全体が、マグマのたぎる火口の方へと流されているのだった。


「くそ!死にたくねえ!」


 力いっぱい叫んだ。



 そうだ。


 本当はどの“首”も死にたがっていなかった。


 どの“首”も、いざ手をかけると必死で抵抗し、暴れ、泣き叫んでいた。


 だから余計に許せなかった。


 どの“首”も初めは死にたがって俺のところにくるくせに、どの“首”も本当は死にたがらず、必死で抵抗するのだった。


 だからどんなに暴れても泣き叫んでも、絶対に手を緩めることはなかった。徹底的に、確実に、一人一人容赦なく、息の根をとめていったのだった。



 砂地はなめらかに火口への斜面をすべってゆく。


 もはやどうにもならない。おれは自分でも気づかないうちにケラケラと笑っていた。


 火口から吹きあがる凄まじい熱波が俺の全身を炙り、俺の首から下が一瞬で蒸発した。


 首だけになった俺は、それでもまだ笑い続けていた。

 

 肺も気道もない、でも声帯がまだ残っている。


 俺は力いっぱい笑い続けた。


 そのまま、灼熱の溶岩の底に転がり落ちていった。




釣瓶落としの後始末 おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

釣瓶落としの後始末 けんこや @kencoya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ