幾千の花粉

高黄森哉

擬人化レーザー


「博士、これはなに」

「これは生き物をヒト化するビームライフルじゃ」

「ヒトカ、ってなあに」

「人間にすることじゃよ。ほら、あれに撃ってごらんなさい」


 それは、博士の飼っている、胴体の極端に長い犬だった。


「いいの。しんじゃわないの」

「大丈夫じゃよ」


 引き金を引くと、犬は、真っ二つになった。



 *




「こんどこそ、大丈夫じゃ」

「ほんとう?」

「ためしてごらん。ほら、ちょうどここに、虫がいるじゃろ」


 それは、犬から出てきた、寄生虫である。ひも状の寄生虫は、かゆそうに、身体をよじった。少女が、それに向けて引き金を引くと、ぼん、という音がして、煙があたりに充満した。煙が晴れると、紐に似た生き物の代わりに、成人女性がいた。


「ふむ。順調じゃ」

「ねえ、このお姉さんはだあれ」


 純粋な疑問に、博士は答えた。



 ―――――― これは、フィラリアじゃよ。



 二人の目のまえで、成人女性は、身体をまっすぐにピンと張り、痒そうに身をよじった。女の子は、その様子をみて、この人は確かに、フィラリアだったのだな、と納得した。


「どうして、フィラリアが、お姉さんになったの」

「このビームの原理を知りたいということかね。それは、よいこころざしじゃ。君は将来、学者になるかもしれないの。ほーっほっほっほっほ。まず、このビームが、ものに向かって発射されると、照射された物体は、高エネルギーにより励起し、消滅してしまうのじゃ。その代わりに出来た、熱量ポータルから、人間が無作為に抽出され、消滅した物体由来の熱波により、その人間は、記憶と言う名の物理現象を埋め込まれた状態に、させられるのじゃ」

「むつかしいこと、わからないや」

「つまり、このビームを充てると、なんでも人になるのじゃよ」

「うん」


 少女は、そのビームライフルを、家に持ち帰ることにした。



 *



 女の子には夢があった。それは、白馬の王子様と、結婚することだ。それは、靄がかった幻想だった。なぜなら、彼女は内気だったからだ。具体的な人との付き合いや、出会いが、不明瞭であった。

 彼女は、いつも思った。飼育しているウーパールーパーが王子様なら、私はどんなに、幸せだっただろう。彼なら、私を理解してくれるはず。教室の夾雑物とは違って。ウーパールーパーに銃を向け、引き金を引いた。もくもくと煙があがる。


「あら、あなた、メスだったのね」


 煙が晴れると、女の子と同い年くらいで、目鼻立ちのよい少女が、裸で、四つん這いになっていた。おなかを擦りながら、少女のほうへ、張って来る。肌は水にぬれているので、フロアと擦れて、きゅきゅきゅ、という音を出した。


「ほら、餌よ」


 少女の前に、赤虫を頬る。少女は、無機質な表情を浮かべながら、その赤虫の束をほおばった。その様子をぼんやりとみながら、この大きさならば、ミミズに切り替えなきゃだめかな、と女の子は思った。


「そうだ。あれ、試してみたかったの」


 図鑑で読んだ、実験である。ウーパールーパーの指を、ハサミで切っても、それは、そっくりそのまま生えて来る、といった実験だ。女の子は、試したくなった。


「ぐぐぐ」


 ハサミは、なかなか、指を切り落とせなかった。両手を持ち手の輪の外側にかけ、力を入れるが、骨のところで、それ以上、刃が入らなくなる。試行錯誤した結果、関節のところが、一番切りやすい、という結論に至った。ティッシュのうえに、可憐な十本の指が並んでいる。女の子は、背中のあたりが、くすぐったかった。


「これ」


 指を、濡れた赤い唇へ持って行った。少女は、まるでウーパールーパのように、表情を変えずに、遠くを見ていた。女の子は、ああ、つまらないな、と思った。

 まるで人のような、可憐なウーパールーパーを眺めていると、内側から、湧き上がってくるものがあった。それがなにか、彼女は分からなかった。こころで、くすぐったい、新種の感情だ。

 おもむろに乳首を指で、つねって見る。皮膚が引っ張られて、テントが張ったようになった。つねられる少女に反応はない。ハサミで撫でる。体の内側が、くすぐったい。少女には反応は見られない。次に、ハサミで挟んでみる。体が、くすぐったくてしかたがない。ウーパールーパーには、やはり反応がなかった。持ち手に力を入れると、簡単に刃は肉を切った。

 女の子は、くすぐったくて、その感覚の中心にある、股に手を伸ばした。これが、なんとなく、いけない事だと思いつつ、好奇心を押さえることは出来ない。そして、自分の股が、一体どういう構造か知りたくなった。同じ少女である、ウーパールーパーの、それをまさぐる。

 そして、両生類と化した少女の割れ目から、くすぐったいの原因を、ついに探り当てたのだった。その敏感な器官を触られた時、両生類は、嫌そうに身をよじった。しかし、それは体勢が悪いのを、修正したにすぎず、顔面はやはり、ぼんやりと自我を失った印象であった。女の子は、両生類の陰核に、ゆっくりハサミをいれる。意外にも血は少なかった。


「これ」


 ウーパールーパーは、差し出された小さな塊を、食べた。



 *




「それよりも、王子様が欲しいの」


 少女の部屋のベランダには、一輪の百合の花があって、立派に咲いている。それに目を付ける。これが、王子様に相応しいのではないか、と直感したからだった。百合の花に、銃を向け、引き金を引く。


「ごほっ、ごほ」


 女の子は、煙でむせた。煙の中から、姿を現したのは、裸の王子様だった。彼は、馬鹿にすら見えない服を、身にまとっている。そして、彼の三十センチはあろうかという、彼の大物を、屹立させていた。


「王子様! ああ、王子様」


 女の子は抱き着いた。くすぐったい、思いがした。その一輪の花は、風に揺れていた。茎を、怒張させつつも凛とすましている。

 少女は訳も分からず、その花に、むしゃぶりついた。二つの実が、その下で、ゆさゆさとゆれた。植物の根は黒く、汚く、空中に露出している。花は、少女のむしゃぶりを、例えば蜂のような、受粉に役に立つ生き物の刺激と、勘違いし、幾千の精液を発射した。少女は、涙と、鼻水でぐしゃぐしゃになった。


 彼女は花粉アレルギーだった。

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幾千の花粉 高黄森哉 @kamikawa2001

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