第65話 この国の行く末は
「アグニエスカ様!」
マルツェルを引きずりながら歩いていると、後ろから必死に声をかけてくる女性の姿が目に入る。
「わ・・私、魔法省に勤めるアリア・ガヨスと申します」
綺麗なカーテシーをしながら自分の名前を名乗ると、
「私、アグニエスカ様にどうしても謝らなくてはならないと思い、はしたなくもお声をかけさせて頂いた次第にございまして!」
決死の覚悟といった様子で声を上げる。
「ああ・・私はあなたの事も、ピンスケルさんと一緒になって噂を撒き散らしていたその他もろもろの方々も全く興味はありませんから・・」
思わず声のトーンが低くなる。
イエジー殿下による粛清が断行されていくなかで、王宮を歩いているとこんな感じで度々声をかけられるのだ。
私自身もゴシップ大好きだし、噂話を、
「ヘー〜そうなんだー〜」
なんて言いながら聞いていた事も、そりゃもちろんある。
だけど、彼女たちがピーチクパーチク囀る全く真実とは異なる噂話の所為で、私は裁判にかけられ、国境送りとなり、よく分からないルテニアの兵士に襲われて、胸を揉まれ、ベロベロ舐められて、大変ひどい目に遭ったのだ。
「謝罪の言葉も、一切聞きたくはありません」
フンと肩をそびやかしながら回れ右をすると、マルツェルが私を守るようにして腰を引き寄せる。
スコリモフスキ家を排除する方向で動いた貴族院の面々だけでなく、国王自身もまた王宮から姿を消したので、私に謝罪したいと申し出る有象無象がわんさか現れる事態となっていた。
「彼女は確かピンスケルさんと仲が良かったっていう文官だったよね?」
「そうね、あの娘がいかにマルツェルと専属秘書の仲が良くって、いかにお似合いかっていう事を滔々と語っているところを、何度も、何度も、私は見たわ」
「殺してこようか?」
いつもはホンワカキャラのマルツェルが本気で頭にきている様子だったので、逆にこっちの方が冷静になってしまう。
「いいよ別に、噂話なんて誰でもするようなものだし」
「その噂話が起点となって、国家が転覆の危機に陥ったんだからね?」
私を噂で貶める事によって、スコリモフスキ家の権威を失墜させる事に成功したまでは良かったものの、魔法頼みの我が国で唯一の膨大な魔力を持つ一族を排除したらどうなるのか、ちょっと想像すれば分かると思うんだけど。
何故か、自分たちは大丈夫という確信の元、あまりにも勝手な行動に出過ぎたが為に、国境では多くの人が亡くなる結果となったのだ。
「まあ、本当に罰が必要な人には殿下がきっちりとお与えになると思うから、謝ってくる人も、その他の人も全て放置で良いと思う」
面白おかしく噂話で盛り上がり、こちらを勝手に嘲笑し、侮蔑してきた人たちの事なんか、はっきり言って知った事ではない。
いつか罰を受けるんじゃないかと怯え続ければ良いとさえ思う。
「それでマルツェル、子供の時に書かせた婚姻届なんて、本当に冗談にならない話なんだけど?」
本題に戻すと、マルツェルは全く悪びれる様子もなく笑みを浮かべた。
「だって僕が王弟の身分となったらアグニエスカ、自分は平民だからとか、生家だって男爵身分だったとか、なんだかんだ言って僕から逃げ出してしまうだろう?民衆から聖女と呼ばれる自分の価値なんか全然わかっていない君を、今後、完璧に守るためには、絶対に僕から離しては駄目だと思ったんだ」
だからって、子供の頃に洒落で書かせた婚姻届をここで使うか?
「僕ら王族が視覚に問題を抱えている事が多いという事を知っているパヴェウ師匠が、僕が君を選んだ時点で、婚姻届を書かせたんだ。幼い子供がサインを入れるなんて笑い話にも出来るし、もしもの時には使う事も出来る。魔力のないスタニスワフ王がスコリモフスキ家の人間との婚姻を邪魔するだろうって事を予想していたらしい」
「王様はスコリモフスキ家が嫌いだったの?」
王はスコリモフスキ家を大いに頼りにしているっていう感じだと思ったんだけど。
「王は保有魔力の少なさが原因で結界術を継承する事が出来なかった。ゆえに、魔力保有量が多い人間に対する嫉妬と憎悪を心の中に常に隠し持っているような方だったから」
マルツェルは死地と呼べるような場所へ、何度も、何度も、王自身の手で送り込まれていたらしい。
「王国の剣とご大層な名称を付けながら、いつ死んでも構わない駒として使われていたんだ。まあ、その他にも色々とやらかしていたのを後から聞いたけど、本当にクソみたいな奴だった」
マルツェルは私の頭に頬擦りしながら言い出した。
「僕はアグニエスカを愛しているし、君しか要らない。君がいないんだったらこの世に生きている意味を見出せない」
「愛が重いんだけど」
「君がまた、よく分からない男たちに蹂躙されかけていたら、多分僕は国を破壊するだけで止まれないと思う」
「私だって二度とあんな目には遭いたくないわよ!」
「だったら僕に守らせて」
マルツェルは私の手を両手で包み込むようにすると、
「本当に、殿下の結婚式もろもろあって、僕らの結婚式は遅れちゃうんだけど、絶対に!絶対に!立派な結婚式を挙げるから!」
と、必死な様子で言い出した。
「僕と一緒に王宮に住もう!なんだかんだ言ってここが一番安全だし!ホロファグスを呼ぶのに十分な敷地も確保できるからさ!」
確かに、今住んでいるマルツェルの家ではホロファグスを呼ぶことは出来ない。呼んだら建物の十棟や二十棟は倒壊する事になるだろう。
そもそも、私は結婚に対して超強烈な憧れが前世からあっただけであって、結婚式に対して異常な憧れがあるわけではない。
「マルツェルは誤解しているけど、私、別に結婚式をどうしてもやりたかったわけじゃないんだけど」
「それじゃあ!」
「いつの間にか聖女?しかも知らない間に王弟妃?転生してからこっち、乙女ゲーム系の展開ゼロだから全く関係ない世界に生まれでたのかと思ったけど、急にそっち系の話になっちゃったのね・・」
「え?なに?アグニエスカ、言っている言葉の意味が良くわからないんだけど?」
「仕方がないから、王弟妃だっけ?頑張りますって言ったの!」
「ええええ!本当!」
勝手に婚姻届を出した癖に、
「嬉しいよアグニエスカ!ありがとう!」
マルツェルは私を抱き上げて、ぐるぐる嬉しそうに回り出したのだった。
◇◇◇
人とは全く面白いものよ。
特に最近、我の目の前に現れた娘は、半分以上がこの世界の理から外れている。
恐らく、魔力、魔石、魔法などといったものが全くない世界に半分以上浸かっているような状態のため、こちらの世界にある魔力を簡単に打ち消してしまうのだ。
そんな娘がデッキブラシで体を擦り始めると、今まで散々悩まされてきた肩こり、腰の痛み、全身の倦怠感があらっスッキリ。生まれ変わったように全身が軽くなるのを感じるのだった。
自然発生する魔力溜まりを侮るなかれ。
今度同じ竜族に出逢ったら、是非とも教えてやりたいと思う程だ。
ヴォルイーニ王国は過去に我が同胞が関与した国であり、竜の力を使って王国を覆い尽くすほどの結界術を施し続けた国でもある。
年を追うごとに血は薄れ、結界の継承も難しくなってきたという所で、新たな王は王家独自の結界術を放棄する事に決めたらしい。
呪いの後遺症といえば誰も文句を言う事など出来ないし、古い結界術の代わりに我が飛べば、国の守りに文句を言う輩など一人も出ない。
マルツェル・ヴァウェンサは、美味しい牛がいるからと言って、あっちこっちに我を飛ばしているようだが、国の守りを強調するために我を動かしているだという事は理解しているのだぞ?
だが、牛が美味いから許す。餌と環境を変えることによって味の違う牛を飼育するなど、わずかな間で人間というものは進歩するものだと感心してしまうわ。
さて、今日はこの国の新王が結婚して冠をもらう日だという事だが、
「ホロファグス!」
やっぱりあいつ、我の名を呼びおったわ。
脂がしっとりと蕩ける黒牛を用意すると言われては、我も祝いの席に参上せぬわけにもいかぬわい。
「グォおおおおおおおっ」
王宮のテラス近くの尖塔に舞い降りながら雄叫びをあげると、びっくりした様子で観衆が固まった事に気がついた。
「ホロファグス様!さあ!こちらへ!」
娘が持つ手の平サイズのブラシは特注品で、細かな隙間も綺麗にする優れものなのだ。
テラスに顔を寄せると、娘はゴシゴシと喉の下を擦り始めた。
その姿を見た人間どもが、
「うわああああああ!」
「国王様!王妃様!王弟様!王弟妃様!」
「ばんざーーい!ばんざーーーい!」
と叫ぶように声を挙げる。
娘がブラシを器用に動かしながら手を振り、その隣で我の鱗を撫でながらマルツェルが手を振っている。国王と王妃が揃って手を振ると、歓声が爆発するように起こる。
なんでもこの国は魔法から脱却し、国として新たな一歩を踏み出すことになるのだそうだが、その出だしから我のような古竜を利用しようというのだから、いかにも逞しいというか、茶番が過ぎるというか。
「人とは面白いものよな」
ゲフッと吐き出した炎をマルツェルが上空に打ち上げ、花火のように炸裂させた。
〈 完 〉
王子様に用はない もちづき 裕 @MOCHIYU
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