第64話  いつの間にか聖女様

 魔法省の幹部に保有魔力が多い女性を宛てがうのは、我が国の膨大な魔力持ちが、一貫して人の顔の認識に障害を持っているからだ。


 王家の蒼い血の所為とも呼ばれているけれど、大きな魔力を持つ者は大概、どこかで王家の血を受け入れているという事になる。王家の蒼い血の所為とも呼ばれているけれど、大きな魔力を持つ者は大概、どこかで王家の血を受け入れている。


 魔力頼みのヴォルイーニ王国でも魔法使いの減少が大きな問題となっていた。イエジーの父の代では誰一人として、王都の上空に結界を施す事が出来なかったのだ。


 500年と続いた安全が消失する事への恐怖は半端なものではなく、第一王子としてイエジーが生まれるまでは恐慌状態といっても良いような状態が続いたらしい。


 結局は、先王が結界を張れたから、イエジーが結界を張れるから、だから我が国は安全なのだから、他国のように兵器を手に入れる必要などないだろう。などと都合の良い事を言って、私腹を肥やし続ける貴族の多いこと。


 あろうことか、魔法を至上としながらも、子爵位のスコリモフスキ家を蔑ろにして、王都から弾き出そうと試みる。


 うまくいくだろうという妄想じみた思考に縛られ、新しい対策として何かを打って出る気もなく、

「我が国は魔法大国!至宝の魔力さえあれば他国に侵略される事など決してない!」

 と宣言しながら、大魔法使いの一族を使い捨てにしようとした。


 認識障害など持つ事もないスタニスワフ王は大した魔力も持たない王だったため、高位の魔法使いがスコリモフスキ家へ持つ畏怖と敬意が全く理解出来なかったのだ。


 多大な魔力を持たない王は、相手の魔力を察知する事もできない。

ただ、魔力に対する劣等感だけは桁違いに大きかったために、民衆に叛意を持たせる事なく、大魔法使いの一族を追放しようと企んだ。


 スコリモフスキ家を陥れたのも、裁判の審議もそこそこに、あっという間に追放処分としたのも、実はスタニスワフ王の策略によるものだ。


 大した魔力を持たない第二王子ユレックが死ぬほどスコリモフスキ家を嫌っているという噂を流したのもスタニスワフ王であり、王は大魔法使いの一族を排除したのは第二王子の一派であると主張しようとした。


 王が戦争をどうするつもりだったのか、今後、この国をどうしていくつもりだったのか、どんな風に考えていたのかは分からないけれど、正直に言ってどうでもいい。


 魔力にしがみ付く旧体制はここで完全に排除して、我々は新しい未来を切り開かなければならないのだから。


 すでに呪いの後遺症で結界は施せなくなったという事を国民に対して告示しているし、王国の空には煌めく光の結界の幕は無くなったけれど、


「グォおおおおおおおおおおぉっ」


 古竜が悠々とした姿で大空を羽ばたく姿は目にするようになったし、時にはその古竜の首の上に人の姿も見えるため、

「ドラゴンライダーーーー!」

 空に向かって大声を上げながら、子供たちが追いかけていく姿をよく目にするようになった。



「というわけで、マルツェル・ヴァウェンサはヴォルイーニの名を受け継ぎ、王弟として私の補佐についてもらう。その伴侶となる聖女アグニエスカもまた、王家の繁栄のために勤めてもらいたいと思う」


「は?」


「アグニエスカ様!私たち姉妹という事になるのですね!聖女様が私の妹だなんて!なんて嬉しい事でしょう!」


「はい?」


 エルヴィラの言葉を呆然と聞いていたアグニエスカは、ようやく内容が頭に染み込んだところで、睨みつけるようにして隣のマルツェルを見上げた。


「せ・・せ・・聖女って何?しかも・・は・・は・・伴侶って?」


「アグニエスカ覚えてないの?幼い時に、僕たちはお互いの名前を婚姻届に記入したじゃないか!」


「は?名前?」


「初めて自分のフルネームを書いたのは婚姻届だったんだよ?僕は記念に取っておいたんだ」


「初めてのフルネーム?」


 マルツェルが王宮に提出した婚姻届は、アグニエスカの欄が子供が書いたような文字で記されたものだった。保護者の欄に大魔法使いパヴェウのサインが入っていたから受付したものの、普通だったら絶対に受取りはしない代物だ。


「ま・・ま・・まさか!5歳の時に書いた立派で豪華な表彰状の!」

「あれ、婚姻届だったんだよね」

「はああああ?」


「アグニエスカが、僕と一緒に居たいって言ってくれたじゃない?だったら一生君を守るために、僕は王家だって、パヴェウ先生だって、記念の婚姻届だって、古竜ホロファグスだって、なんでも使うつもりでいるよ?」


「アグニエスカ様は痛みを取り去る聖女として隣国まで名前が轟いておりますもの、王家で迎え入れない限り、安全は保証出来ませんわ!」


「そうだよアグニエスカ!君、痛みを無尽蔵に広範囲で取るなんてバカみたいな事が出来るって、国境で散々アピールしちゃっているんだから!誘拐しようっていう人間が他国からドシドシ乗り込んで来ているのは知ってるかい?」


「・・・・・」


「ねえ、アグニエスカ、今は殿下の戴冠とか結婚とかで、僕らの結婚式までやってはいられないんだ。君は結婚式に強い憧れがあったみたいだけど、本当にごめん。きちんと、落ち着いたら、君の理想の結婚式を絶対に挙げるから!」


「王家がお金を惜しみませんよ!」


「何せ英雄の結婚式だからな!」


「・・・・・」


 黙り込んだアグニエスカは、マルツェルの服を引っ張りながら飛び出して行ってしまった。


「あらあら、まあまあ、どうしましょう」


 エルヴィラが呆然と見送った後、

「私、心の奥底からアグニエスカ様の事が大好きなのですよ?」

と、可愛らしい顔で言い出した。


 ああ、もう、結婚式とか面倒だな。そんなものすっ飛ばして早く新婚旅行に行きたいな〜。

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