第63話 アグニエスカのお仕事
イエジー殿下が王位を継承されて、妃としてルテニア王国の第一姫君であるエルヴィラ姫をお選びになったという事を、ジョアンナおばさんが教えてくれた。
婚約者を亡くして以降、女性には見向きもしなかった殿下が溺愛状態らしく、すでに王妃の間に姫様を住まわせているのだそうで、兄が運命の相手を見つけられたという事で、マルツェルはかなり嬉しいみたい。
近々、結婚式と戴冠式を同時に行うという事で、王宮内は怒涛の忙しさに呑み込まれているんですって。
戦争をうまく収められなかったスタニスワフ王が退位し、スコリモフスキ家を国境に追いやった貴族院に所属する高位の貴族もまた、俸禄を減らされたり、降爵したり、爵位を取り上げられたり、次代に引き継いだりと様々で、こうして古い勢力は一掃される事となったんですって。
ルテニアに祖国を売り渡そうとした新興貴族はもちろん重い罰を受ける事になったみたい。
私を誘拐して敵の進軍経路に放置した、衛生管理班長のイザベラ・センドラや治癒魔法師のゲンリフ・ヤルゼルスキも捕まったらしいんだけど、どう処分されたのかだれも教えてくれないの。
そもそも、クリスティーナさんとか、ナタリアとか、元新聞社の上司とか、義母、義妹はどうなったのだろうか?
「全て忘れた方が、今後の人生問題なく過ごせるよ?」
従弟のヤンがそう言うのなら、忘れた方が良いって事なんでしょうね。
隣国ルテニアはルテニア公爵領となり、ルテニアの第一王子であるアルトゥル殿下が治める形となるけれど、王家は政治とは離れた存在として、ヴォルイーニの直接的な統治から、選挙で選ばれた民による民主的な統治へと移行させる予定らしい。
イエジー殿下は、王家のあり方そのものに疑問を抱くようになっていて、まずは支配下に置いたルテニアを使って、王が支配しない統治の方法を模索していくことにしたらしい。
ルテニア王国は、古竜の所為で王都に住み暮らす高位貴族は軒並み滅んでしまったので、実験場としては最適なのだそうです。
また、今まで一夫多妻が絶対のヴォルイーニ王家に一夫一妻制度を導入して、複数の妻を持つことによる弊害を無くしていく事にするらしい。
後継者となる子供については心配となるところだけど、もしも子供が出来なければ、親族から養子を迎えるから何も問題ないのだと殿下は言い切ったそうだ。
戦争を終結に導いた英雄マルツェルも、近々、新王の王弟として公表されるらしい。
王弟として発表される事となるマルツェルは、南のコロア王国の姫君と結婚する事になるだろうと噂で聞いた。
ルテニアが滅ぼされて南のコロアは大人しくはなったものの、ヴォルイーニ王国を狙っているのは間違いようのない事実で、姫を嫁がせるのと同時に手薄となったヴォルイーニ王国を手に入れてやろうと企んでいるらしい。
平民の私には王家の結婚事情とか全く関係ないので、詳しい事は知ろうとも思わない。
マルツェルの事は確かに愛しているけど、刹那的なものなのは間違いないし、とりあえずマルツェルが新しい伴侶を迎えたら、外国にでも引っ越そうかなと考えている。
我がスコリモフスキ家は新たな領土として滅びたルテニアの王都一帯を頂く事となったみたい。
ルテニア王都の地下には古竜にも滅ぼされなかった地下宮殿がいまだに壊れもせずに残っているそうで、その地下宮殿の調査と研究を任されたスコリモフスキ家は、
「そういう領土だったらアリ!アリ!全く問題なし!」
と、ひいおじいちゃんを筆頭に喜びまくっていたらしい。
超高齢大魔法使いのひいおじいちゃんだけど、ルテニアの地下宮殿の攻略は若い時からの夢だったらしい。
「崩れた廃墟なんて冗談じゃないわ!どうせ引越しするのなら南の島にしましょうよ!」
と言い出したのはマリアおばあちゃんで、
「カイルアンの南に浮かぶ島を一つ買い上げたのよ!どうせだったら一緒にリゾート開発しましょうね!」
と、満面の笑顔で言ってくれる。
ジョアンナおばさんも地下宮殿よりは南の島の方が魅力的に感じているらしくて、
「まずはホテルを建てるところから始めましょうよ!」
などと言っている。
「みんな呑気でいいよねーーー!」
従弟のヤンと軍人少女のアガタは、第三王子であるバルトシュ殿下と、エルヴィラ姫の弟であるアルトゥル殿下と共に留学する事が決まったらしい。
学都トラリアテッラがある聖国ラティナは五千メートル級の山々に囲まれた国であり、生徒の勝手で絶対に脱走出来ないという所が留学先として選ばれた理由だそうです。
護衛もかねて選ばれた二人だけど、両殿下の監視役という意味合いも兼ねているらしい。
バルトシュ殿下はすでに王位継承権を剥奪されており、現在、公爵家が後見人となっている。
アルトゥル殿下も、隣国での扱いが酷くてまともな教育環境になかったのですって。
将来、直接的に政治には関わらないけれど、知識と教養は必要だという事でイエジー殿下が留学をおすすめになったんですって。
カロリーナ妃のやらかし具合酷かったので、寛大な温情処置だとは思うけど、
「これから殿下の事を宜しくお願いします!」
と言って、引退した公爵自らがプレゼントをスコリモフスキ家のタウンハウスに持って来て頭を下げるので本当に困っています。
「アグニエスカ?準備は出来た?」
マルツェルは王族の一員として公表されているというのに、生活スタイル自体はあまり変わらないみたい。王都の中のこじんまりとした一軒家に今でも住んでいるし、ここから王宮へ時々出仕するだけで、それ以外の時間は私と家でゴロゴロしながら過ごしている。
「ホロファグス、今日もアグニエスカを連れてきたよ〜」
それと、彼は古竜ホロファグスの世話に余念がないようです。マルツェルはカルパティア山脈を住処とする古竜の元へ毎日のように通っていました。
私も一緒に行くために、古代人が使用したという魔法を使わない転移陣まで用意しています。というのも、
「アグニエスカ〜、頼むから今日は我の背中を重点的にやってくれー〜」
私が古竜様の世話を行うため。
私はどうやら魔力を消し去る習性があるようで、所々、魔力溜まりが発生して苔むした状態になっている鱗の掃除をするのに十分な適性があるらしい。
「あーー〜アグニエスカ、もっと右、右をやってくれーー〜」
と言われながら、デッキブラシで巨大な体を磨いていくわけです。
私に体の掃除をしてもらいたい古竜は、私の為だけに古代の転移陣を作ったというのだから驚きだ。
「ねえ、ホロファグス、古代の文献によると君は牛を好んでよく食べたという事になっているんだけど、君は、牛を食べるって事でいいんだよね?特上を用意しようと思っているんだけど、厩舎の人間から脂っこいのがいいのか、さっぱり系がいいのか、どっちが良いのか聞いてきてくれって言われたんだけどねえ」
いつもマルツェルは書類を抱えているんだけど、お肉について調べていたのかな。
「好みは特にないが、味比べはしてみたいの」
「北にある牧場が赤身がさっぱりとした牛で、南にある牧場の方が食べたら舌の上でとろける系の、脂たっぷり系なんだって。どういったものが良いのか直接食べた方が早いから牧場に移動になるんだけど」
「脂たっぷりから試したい」
「それじゃあ、南の牧場に僕と一緒に行く感じね。人間が驚くから飛行経路は僕が決めちゃうけど問題ないよね?」
「ガハハハ、アホな人間どもに枯れ枝で突かれた程度にも響かない無数の矢で射られるのも腹が立つからな、行程はお前に任せておこう」
「今は矢じゃなくて銃弾を撃ち込まれることもあるからね?とりあえず安全第一で移動しよう」
牛を餌にして古竜ホロファグスを乗り回しているマルツェルが『ドラゴンライダー』と呼ばれているのは有名な話だ。
ドラゴンに乗って地上の人々を威嚇しているわけだけど、たまに国境線を飛んでいる時には攻撃を受ける事もあって、すでに南の王国コロアの一個師団を壊滅させている。
お掃除のお礼として私も背中に乗せて飛んでもらったりする事もあるんだけど、これは一般には知られていないはず。
餌を与えて、体を綺麗にしてあげただけで、こちらの都合の良いように動いてくれる。古竜ホロファグスは意外にチョロいんじゃないかしら。
「うん?アグニエスカ?何か言ったか?」
だけど古竜は意外に察しが良いところもあるので、
「力加減は大丈夫ですかって尋ねたんですよ?」
私は今日も元気に、鱗掃除に励むのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます