第二章 アメイジング・デート(4)
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時間が掛かると覚悟していたのだが、意外なことに十分ほどで、トウカさんはブティックから出てきて、ベンチ座っているボクの元へ駆け寄ってくる。
「早いですね」
そんな素朴な感想を口にしながら手に持っていた、コーヒーを手渡す。
いつもなら、自販機で飲み物を購入するボクだけど、今回は少し奮発し、二階にあるコーヒーチェーン店でカフェオレを二つテイクアウトした。学生のボクにとって一杯七百円のカフェオレはかなり痛い出費だが、トウカさんの前でケチ臭いことはしたくない。
「あら、気が利くわね」
「好みがわからなかったので無難にカフェオレにしました」
「ありがとう。わたし、カフェオレ好きよ」
「喜んでもらえて何よりです」
「はーくんの口から『好みがわからなかった』って言われると違和感しかないわね」
「それはお互い様です」
「それもそうね」
トウカさんがボクをじっと見つめる。ボクの座っているベンチの隣に座りたいのか?
そう思ったボクは真ん中からに端に移動して彼女が座れるように席を空ける。
「そうではないわ。その気遣いの前に言うべき事があるんじゃないかしら? そう、未来のお嫁さんにかけるべき言葉があるはずよ」
「お昼なに食べます?」
ボクの言葉にムッとした表情をするトウカさん。
うん、いけないとはわかっていても、このぷんとしている表情も好きだ。
彼女がボクに何を求めて、どんな言葉が欲しいのか、理解はできている。
理解はできているが、ボクの中にいる悪魔が意地悪を言えと囁いたのだ。
だから、少し意地悪を言ってしまった。この歳になって、好きな子に意地悪したくなる気持ちがわかる日がくるとは……。
「はーくんって、昔からそういうところがあるよね」
「ごめんなさい。意外なことに、ボクの心にも歪んだ一面があるようです」
「それで、この洋服の感想は?」
ブティックから出てきたトウカさんの格好は当然ながら変わっていた。
赤いパーカーから、ねずみ色のニットワンピースに変わっていた。
その洋服の感想を素直に口にするなら『エロ』もしくは『セクシー』って言葉が最初に出てくる。でも、その単語は女性にとっては褒め言葉にはならないのだろう。しかし、このニットワンピースはぴちぴちとしていて、くっきりと彼女のワガママボディが自己主張している。特に胸の部分が開いた作りなので、大きな胸の谷間が見えてアダルティだ。
うんうん、あれだ、選ばれた人にしか着れないタイトな洋服だ。
それにしても、目の保養になる反面、思春期のボクには刺激が強いな。
「……まあ、似合っています。大人の女性って感じですごく魅力的です」
平静を保ちながら、正直な感想をトウカさん伝えた。
すると彼女はニンマリと笑い、
「ふっふふ。顔を真っ赤にして、はーくんってやっぱりかわいいわね」
「……それはどうも」
「さて、見たかった反応が見れたし、次はどうしましょうか?」
「少し小腹が減りました」
「じゃあ、なにか軽いものでも食べましょうか」
「そうですね。なにがいいです?」
「わたし、たこ焼きが食べたいわ」
「なら、フードコートへ行きますか」
「ええ。そうしましょう」
「あ、持ちますよ」
彼女をきちんとエスコートできるか不安しかないけど、荷物ぐらいはせめて持ってあげないといけない。
「ありがとう」
トウカさんはニコリとボクに微笑み、手に持っている紙袋をボクに差し出し、ボクはそれを受け取る。どうやら、この紙袋にボクが貸したパーカーとジャージ、サングラスやマスクが入っているようだ。
「手でもつなぐ?」
不敵な笑みを浮かべながら、ボクに手を差し伸べるトウカさん。
「未来のボクに申し訳ないので、遠慮しておきます」
「そう? うちの旦那はそんなことでは嫉妬しないと思うわよ」
自身の旦那を全面的に信用しているだが、嫁が自分以外の男と手をつないでいたら、あの男はたぶん――いや、絶対に嫉妬すると思う。ソースはボク自身だ。これほど信用できるソースはないだろう。
「では、行きますか」
「場所はわかるんですか?」
「もちろん。高校を卒業してからは、はーくんとここでよくデートしていから」
とのことだ。信じられない話だけど、数年後にこのショッピングモールがデートの定番スポットになるらしい。
「あ、エレベーターがちょうど降りてきてた。ほら、はーくん乗るわよ」
トウカさんの後を追うようにエレベーターに乗り込むボク。エレベーターの中には、ボクより少し年上に見える大学生ぐらいの男女のカップルがいて、男性の方はエレベーターに乗り込んだトウカを好色そうな目で見つめ、それに嫉妬した女性が彼氏の足を踏んづけていた。ボクはその光景を目にし、いけないとはわかりつつも、少しだけ悦を覚えていた。エレベーターから降りたボクたちは四階にあるフードコートを一直線に目指す。
フードコートにたどり着くまでの間、男女問わず、皆がトウカさんをチラチラと一瞥していた。やっぱり、トウカさんは目立つな。目立ち過ぎている。
そんな人の隣に立てることは光栄だが、やはり、知り合いとばったり出くわすことがないか心配になる。そう思うと長いは禁物だ。
お目当てのたこ焼きを食べたら帰るように提案をしよう。
そんなことを考えながら、歩いているといつの間にか目的地へたどり着いていた。
土曜日のフードコートは若者を中心に賑わっていた。右から左から同年代の楽しそうな会話が飛び交う。時間的にはまだ昼前なのだが、どの飲食店もそれなりに混雑し、人が並んでいる。その中でも、一際の列を作っていたのが目的のたこ焼き店だった。
「大盛況ね」
「ですね」
最後尾に並ぶボクとトウカさん。たこ焼きのいい匂いがボクの鼻孔を刺激する。
「前から人気でしたけど、テレビで紹介されてから、さらに人気に火がつきましたね」
「懐かしいわね」
こちらからすると最近の話なんだけど、六年後の世界から来たトウカさんにとっては遙か彼方の過去の出来事になるのか。
「六年後も流行ってます?」
「――え!?」
「だから、このたこ焼き屋さん、六年後も大人気ですか?」
何故かばつが悪い顔をするトウカさん。
「あ、そうかっ! 未来の話をするとペナルティで数字が減るんでしたね。今の質問は忘れてください」
「……そうね。聞かれなかったことにするわ」
その後、順番がくるまで、ボクとトウカさんはたわいもない談笑をした。
そして、ボクたちの順番がきたのでメニュー表を見つめる。
「いらっしゃいませ」
かわいい女性の店員さんが、営業スマイルでボクたちを出迎えてくれる。
「トウカさん、何個入りにします?」
彼女にどうするのかを相談したのだが、彼女から返事が返ってこない。
ボクは見つめていたメニュー表から顔を上げ、トウカさんに目線を移す。
「と、トウカさん?」
トウカさんは何故か、若い女性の店員さんの顔をじっと見つめていた。
その目はまるで物珍しいものでも見たかのような表情をしていた。
「あ、あの……」
トウカさんに見つめられ、店員さんも困惑した表情を浮かべていた。
いったい、どうしたんだ? トウカさんの表情からして敵意はないみたいだけど。
流石に失礼なのではないかと思い、トウカさんを注意しようと思っていたら――
「――八個」
「え?」
「はーくん、八個入りにしましょう」
「は、はい。えっと、八個入りでお願いします」
「え? あ、はい。八個入りですね」
「それと、トッピングでマヨネーズとカツオ節をお願いします」
「かしこまりました」
サイフを出そうとしたら、トウカさんに制止された。
「ここはわたしが支払うわ」
トウカさんはサイフから一万円札を取り出し、そのお札を店員さんに渡す。
「一万円お預かり致します。おつり――」
店員がお釣りを返そう手を伸ばしたその時――トウカさんは身を乗り出し、店員さんの耳に顔を近づけ、耳元で何かを囁いた。
「――え!? ど、どうしてそれを!?」
「いいから、わたしの助言に従いなさい」
店員さんは明らかに動揺していた。彼女はいったい、何を店員さんに伝えたんだ?
「……お、お時間少々いただきます。出来上がりしだい、お呼び致します」
そして、戸惑いの表情を浮かべる女性店員さんからワンタッチコールのリモコンを受け取った。ボクたちは、食べる場所を確保するため、空いているテーブルを探す。
「あそこが空いているわよ」
そう言いトウカさんは空いているテーブルを指さす。
ボクたちは空いているテーブルに座り、一息つく。
「さっきのやりとり気になる?」
「……気にはなります。気にはなりますが、今回も聞かないことにしておきます」
耳打ちをしたということは、当事者以外には知って欲しくない話だったのだろう。
なら、聞かないのがマナーだ。なので、ボクは諦念することにした。
「と、コーヒーではたこ焼き、合いませんね」
しまった。動揺して、ドリンクを注文することをすっかり失念していた。
「何か飲み物を買ってきます。トウカさんはなにがいいですか?」
「なら、お茶で頼むわ」
「了解」
立ち上がると同時に、ワンタッチコールがブーブーと音が鳴る。
「ついでにたこ焼きも回収してきます」
「お願いするわ」
そして、ボクはたこ焼きの回収とドリンクを購入しに行くのだった。
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試し読みは以上です。
続きは2022年12月23日(金)発売
『未来から来た花嫁の姫城さんが、また愛の告白をしてとおねだりしてきます。』
でお楽しみください!
※本ページ内の文章は制作中のものです。製品版と一部異なる場合があります。
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未来から来た花嫁の姫城さんが、また愛の告白をしてとおねだりしてきます。【増量試し読み】 ニャンコの穴/MF文庫J編集部 @mfbunkoj
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