鏡の季節

一葉迷亭

鏡の季節

 鏡が近かった。降り積もる雪を、夜の街灯は映してた。風が強くなりあの日、冬籠りする虫を見つけて、私は踏み潰した。

「うそつき」

 言った後に恥が出てきて。馬鹿だろ、女が来るわけ無いだろう。死ぬまで待つのもありだな、笑って。この寒さなら対して待ちはしない、後悔しやがれってんだ。望みがあった。

 まだ、時間はあるのだから。

 寒さに痛みが、吐く息に白さがこもらなくなった。死ぬのだな、面皰掻きがちな穢らしい男が死ぬ。Happyじゃないか、腐っていた私に誰かが話しかけてきた。 その日のそれは、一生に一度あるかないかの、奇跡だったんだろう。

 僕は、幸福だったんだ。


 小さい男の子だった。どこ見てんだ。ぼんやりしていて見下されている気分になった。男の子は頬が赤く、その顔に見覚えがあった。

 私だ。小さい時の私以外いるだろうか。震えもなく、不思議な気分で見てしまう。

「そうだ。私はこの日家を飛び出したんだ。寒くて空腹で、耐えられなかったんだ。」

「倒れて、寒くて。誰かが見つけてくれた。見つけたって言って、暖かい皺皺の手だった。」

「おじいちゃんは、優しかったんだよね。うん、もう、いないけど。嬉しそうな顔で最後に言ったよ」

 なんて?男の子は訊いた。

「おじいちゃんと一緒にいこう」

 って、さあ。涙ぐんで行きたいよって答えたんだ。当然だろ。


 もしも、人生をやり直せるならあの日の、家出だ。ちゃんと僕が母さん父さんに謝れていれば、家を出なかった。出なければ、終わらなかったろうに、知ることもなかったのにな、

 家族が誰一人私を探さなかった事に、じいちゃんが母を罵ることもなかったのに、

 じいちゃんが倒れたあの日、母のお前が死ねばよかったなんて、愛してたんだなって。憎悪を込めて、一緒にいこう。行きたいよって答えた。

 過去をやり直せるならどの日がいい?男の子は訊ねた。わははと、「家でした日。」

 雪が暗がるところから、ちらちら光が灯ったりしながら、白さ。驚きさは、視界に消える。

 

 私はぼんやりしていて、雪を踏む音に身体が反応し、男の子はもう一度言った。「人生でやり直せるならどこがいい?」

「家を出なかった、そうして謝るんだ。そうすれば何も問題なんてない家族離散なんておこらないいつまでも楽しい日常が過ごせた筈なんだ。」

 音の正体は彼の母親だった。雪はいつの間にか止み、静かだった。彼の母親は、膝を濡らし男の子を強く抱き締めた。暖かい感覚が彼に、流れた。朝陽が射し、キラキラ光る雪原にぽつんと瞳孔が開いて、大の字に寝転ぶ、蠅がまわりで飛びそうな、燦々とした太陽のもとで。



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鏡の季節 一葉迷亭 @Itiyoumeiteini

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