高い海原

高黄森哉

浮き輪


 ぼくは、ぷかぷか浮いている。お日様が、さんさんともしている。畳のような浮き輪は、空気がパンパンと張りつめていて、今にも、はち切れそうだ。


 波が寄せるたびに、浮き輪は傾いて、その度に、ぼくは、転覆しないか心配になる。ぼくはまだ小さく、海のそこに足はつかない。転覆したら溺れてしまうだろー。


 この浮き輪が突然、ぱちんと破裂することはありえるだろうか。子供の脳みそには、難しいもんだいだ。ありそうでもあるし、ありえなさそうでもある。


 考えてみよー、それが起こり得る、ばあい、というやつを。例えば、ガンガゼが、カンカンに起こって、海面まで跳んでくる、というのはどうだろー。他にも、


 ヒトデが手裏剣のように回転し、真っ二つにするかもしれないし、イワシが魚雷のように、刺さるかもしれないし、タコが栓を抜くかもしれないし、だ。


 海には危険がいっぱい。


 ぼくは、畳のような浮き輪から顔を出し、海をうかがう。重心が傾かないように、左足を、頭とは逆の方向へ突き出している。転覆したら、ひとたまりもない。


 海は暗かった。ひたすらに奥行きがある。背の高い光のカーテンがいくすじか、青く広い空間を踊っている。その隙間を、中くらいの魚が通った。


 その魚は、とても巨大かもしれない。遥か下を泳いでいるから、小さく見えるだけかもしれない。それが、とてつもなく怖かった。


 それ以上に怖かったのは、もっと大きい魚がいる可能性がある、ということだ。この広く、深い青ににごった海には、得体のしれない可能性が満ちているのだろー。


 ぼくは神様に願った。どうか、この海を透明にしてください。この海において、怖いものをすべて、僕に教えてください。


 海はたちまち真実の透明になった。海の底が見える。


 ぼくは、その時、宙に浮いていた。高い高い。足がすくむ思いだった。下を見るだけでくらくらした。これは、もう、泳いで帰れそうにない。


 




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高い海原 高黄森哉 @kamikawa2001

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