賢い酒

結騎 了

#365日ショートショート 319

「マスター、このウイスキーどうしたんですか。めちゃくちゃレアなやつ。これ、すっごく高いんじゃないですか」

 歓楽街のバーにて。バイトの男の子は一本のボトルを手に目を輝かせた。

 マスターは得意げに答える。

「いいだろう。前からずっと仕入れたかったんだ」

「ほぇ〜。これを棚に並べるの、なんだか緊張しますね。もし落として割ってしまったらと思うと……」

「それなんだよ。良いところに気づいたな。それがこのウイスキーを買えた理由なのさ」

 手際よく氷を割りながら、マスターは語り続ける。

「バーの棚って、こうやって所狭しとお酒のボトルを並べるだろう。店によっては、スナックやパブだってそうしている。これが酒を提供する店の様式美だ。しかし、これにはリスクがつきもの。棚に固定されているわけじゃないから、ちょっとした衝撃で落ちて割れてしまう。かといって、手前にピアノ線なんか張って支えたら興醒めだ。そう思わないか」

「それはもちろん、そうですけど。だったらなんでこの高いウイスキーを……」

「そこで、私が持ちかけたのだ。ここら一帯の酒を提供する店に。みんなで、月額で決まったお金を出し合う。そんなに高額じゃあない。それを、責任者の私がまとめて預かる。お金をプールするわけだ。なにも起きなければそれはずっと貯まっていくが、もし、アクシデントで酒が割れてしまったら。その割れた酒の市場価格の金額を、プールから出すんだよ。この恩恵を受けられるのは、当然、お金を出し合った店だけだ」

「ああ、そういうことですね」。バイトは納得して頷いた。「すっごく小規模の共済、みたいな?」

「まあ、そういうことだ。だからな、安心して高い酒を仕入れられるんだよ。もし割れてしまっても、なんとかなるからな」

「マスター、やりますねぇ!」

「だろう。もっと褒めてくれ。はっはっは」

 この日の未明、歓楽街を含む一帯は大地震に見舞われた。

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賢い酒 結騎 了 @slinky_dog_s11

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