第6話

 身体能力・改を全力で発動して薄く霧が掛かった森の中を疾走する。

 木々が視界の端を高速で流れていく光景を捉えながらも目線は上空――自分の少し前を飛ぶ鳥の影を捉えている。

 13歳の誕生日を迎えた今日。朝早くに入ってきた伝令によって俺達は戦える者総出で出撃する事になった。


 曰く「やんごとなきお方が森の中に入った」との事。


 話だと護衛は居るはずだがその数は僅か六人とこの魔境に入るには余りにも心もとない人数だった。

 そもそも、なんでそんな人物がこんな辺境に入ってしまったのかという疑問はある。だが、そこらへんは伝える事が出来ないのか伝える気がないのか説明される事はなく、しかもソレが王命とあっては俺達としても深く追求する事は出来なかった。

 で、とりあえず探さないわけにはいかないという事で俺達はこうして分散して森の中を探し始めたわけだ。


「笛の音は聞こえない……だけど、クラージュは見つけたみたいだな」


 フランス語で勇気という意味の名を持つクラージュとは、俺の前を真っすぐに飛んでいる鳥の事だ。

 下から見ただけでは正しい大きさはわからないが、全長100cm・翼開長200cmの大型の猛禽類だ。

 ウチの傭兵団では各団員に最低でも一匹は“相棒”と呼べる猛禽類をテイムする規則があり、その過程で俺とクラージュは出会った。

 

 ちなみに前世で散々やり込み、この世界そのものと言える『エンシェントストーリー』にもCランク魔獣として登場している。名称は『ダーク・イーグル』とシンプルな物で名前の通り真っ黒の毛色をした鷲だ。

 仲間意識がとても強く、単体でも凄まじく強いにも関わらず群れで行動するためにCランクに分類されている。


「あそこか……っ!」


 クラージュが直角に高度を上げ、遥か上空で旋回を開始した。

 コレは目的地がその下だという合図だった。


 左腰に差した直剣のいつぞや倒した熊型魔獣の皮が巻かれた柄を握り、両足に力を更に込めて地面を蹴る。

 両脇にあった木々が消え失せ、視界には眼下に広がる森。つまり、俺は崖から飛び降りた形になった。


(こういう地形かよ! せめてそういう合図を出してくれ!!)


 上空で旋回しているクラージュにそんな思いを抱きながらも真下を見てみれば、そこには今まさに白いフードを深く被った“誰か”に向かって直剣を振り上げている山賊のような見た目をした男の姿があった。


「チッ……!」


 このままでは間に合わない。

 ここであの誰かが死んでしまったら責任が傭兵団に追求される可能性さえある。


 思考は一瞬だった。


 空中で身体を捻り、崖側にあった出っ張りを蹴って速度を上げる。

 その際に砕け散った岩よりも早く急降下し、直剣を抜き放ち、誰かと男の間に着地するのと同時に勢いを乗せたまま振り下ろした。


「ぁ……?」


「邪魔だッ!!」


 右斜め上からバッサリ斬られ血の噴水をまき散らしている男を蹴り飛ばし、周囲を見渡す。

 俺の急な登場に対して反応出来ている人間は居ない。まず、俺達を囲むようにして立っている山賊風の男達は全部で五人。

 そして、俺の背後に居るのは如何にも高級そうな素材で出来た白いローブを着た人物と傷ついて今にも息絶えそうな女騎士が二人。

 白いローブを着こんだ人物の顔は深く被ったフードのせいでわからないが、背格好からして俺と同年齢か少し下の少女だろう。だがまぁ、目的の人物で合っているはずだ。


「怪我は……足をやったのか。だがまぁ、生きていれば大丈夫だ」


「ぇ……?」


 生きていれば文句を言われる事もないだろうと判断し、目線を再度山賊風の男達へと向ける。

 こちらは俺一人に対して相手は大人の男五人。本来であれば多勢に無勢だが、生憎とこっちもあの後悔した日から生半可な鍛え方はしてきていない。


「怖いなら目を閉じていていい。なに、一分も掛からない」


「……!」


 足元に落ちていた切り伏せた男が持っていた直剣を左手で拾い上げるのと、俺達を囲んでいる男達が正気を取り戻すのは同時だった。

 もう少し放心していてくれればあと一人は持っていけたのに……。


「このガキッ!!」


「やっちまえ!! 相手はガキ一人だ!」


 男達が一気に間合いを詰めてくる。

 その怒声と勢いに怯えてか背後の少女がビクリと肩を縮こませた気配を感じながら、俺もゆっくりと一歩踏み出した。


「はぇ……?」


「まずは一人」


 散歩に行く最初の一歩を踏み出すかのような気軽さで踏み出したにも関わらず、俺は正面に立っていた男のすぐ前まで移動していた。

 相手が呆気に取られている隙に右手の直剣で首を跳ね飛ばす。


「この野郎!!」


「これで二人」


 背後から迫ってきた男に対しては振り向かずに左手の直剣を逆手持ちにして軽く背後に突き出す。

 それだけで男は自分から直剣に刺さりに来た形になった。

 左手の直剣を手放し、俺を避けて少女へと向けて発射された矢を弾く。


「クロスボウ……? 隠してたのか」


「死ねッ!!」


 今度は俺を目掛けて放たれた矢を直剣で弾き、追撃をしようとした所で二人の男が少女へと迫ろうと走り出す姿が見えたために中断。

 身体能力・改を両足に集中させて後ろへと飛ぶ。

 視界がグルリと回転し、元に戻ると視界には驚愕の表情を浮かべた男達の顔。


「ば、ばけも―――」


「これで三人」


 言葉を最後まで言わせずに首を刎ね、飛んできた矢を弾いてもう一人の方へと接近する。


「うわああああああああああああ!」


「っと……これで四人」


 狂乱したように突き出された細剣を回避し、左胸に直剣を突き刺す。

 残り一人―――と視線を向けてみればそこには俺に背を向けて走り出している男の姿があった。

 情報を引き出すにも一人は生け捕りにした方がいい―――そう考えてはいたがこのまま逃すと何だか面倒な事になりそうな気もする。

 仕方ない。


「―――」


「これで、五人」


 腰裏に付けていた短剣を投擲し、逃げる背中にトドメを刺して周囲を見渡した後に上空を見上げてみればクラージュが索敵のために大きく円を描いて飛んでいた。

 しばらくはそうして飛んでいたが、やがてその円は小さくなった。つまり、この周囲にもう敵はいないという事だ。


「はぁ……」


 軽く息を吐いて直剣の血を払って鞘へと納め、身体能力・改を目だけにする。

 本来ならば索敵漏れを警戒して俺もまだ剣を納めるべきではないが、クラージュの索敵能力は人間を遥かに超えているし、何よりも俺は相棒を信用している。


「さて……どうしたものか」


 振り返った俺と視線が交差した少女がビクリと身体を震わせて、負傷して気絶しているであろう女騎士の一人を庇うように抱きしめる。

 無理もない。さっきまで自分の命を狙っていた相手が居たんだ。突然現れてそれらを蹴散らしたとしても俺が味方であるという保証はどこにもない。

 だから、その警戒心は正しい事なんだが……チラリと見た感じ、このままでは女騎士の方は死ぬだろう。傍目から見てわかる程の傷と少女の白いローブを今も赤黒く染め上げている出血量からしてソレは間違いないだろう。


「まぁ、このまま死なれるのも目覚めが悪いしな……」


 左腰に付けているポーチを開け、少女から警戒の視線を感じながらも中から木製の手のひらサイズの試験官モドキを取り出す。

 軽く振ってみれば液体が小さな音を立てる。


薬草水ポーションだ。半分は飲ませて後は傷口に振りかけてやれ」


 この世界の薬草水ポーションはゲームの時と比べて瞬時に何でも治るような万能物ではない。

 そもそも、HPバーとかそういうものは存在せず、怪我という傷がある現実なのだからそうなのだが……それでも、傷口に振りかければある程度の負傷をそこそこの時間を掛けて塞いでくれる優れモノだ。一応、回復魔術を使えばゲームと同じようにすぐ回復するだろうが、魔術は才能と勉学が必要であり俺にはどっちも足りていないために使えない。


「効果は保証する。毒物を警戒してるなら別に使わなくてもいいが……その女騎士が大事なら使ってやった方が俺はいいと思うぞ」


 そう言いながらほんの少しだけ近づいて少女の近くに薬草水が入った試験官モドキを置いて元の位置に戻る。

 少女はソレを手に取って使うかどうか迷っていたようだが、すぐに使う事に決めたようだ。


「さて……俺もやる事を済ませないとな」


 右腕を上げて肘を曲げる。

 傍から見れば太陽の光を腕で遮っているように見えるそのポーズだが、流石に俺もこの状況で「太陽が眩しいなぁ……」なんて思ったわけではない。コレは相棒に対する合図だ。

 上空を旋回していたクラージュがその合図を受けて直角に急降下してくる。

 このまま行けば右腕に突き刺さりそうな勢いだったが、すぐ目の前まで来た所で器用に体勢を整えて少しホバリングして減速し、俺の右腕を両足で掴んで着地する。


「周辺警戒ありがとな。悪いけど、もう少しだけ働いてくれ」


 軽く撫であと、ポーチから魔獣の骨を加工して作られた小さな笛を取り出してクラージュの右足へと装着する。


「そら、行けっ!」


 外れないか確認した後に右腕を伸ばすように突き上げ、その勢いを利用してクラージュが飛び立てばソレに合わせて笛が甲高い音を鳴らす。

 その音はクラージュが旋回行動に移ったとしても止むことはない。コレは傭兵団の間で使わている合図であり、相棒を最低でも一匹作る理由の一つでもある。

 あと数分もしない内にこの音を聞いた傭兵団メンバーがここまで駆けつけるだろう。


「ん……?」


「……」


 さて、俺も引き続き周辺警戒でもと周囲に目を向けようとしたとき、不意に身に纏っている外套が背後から引っ張られる。

 振り向いてみれば、そこには俯いて顔を見られないようにした少女が立っていた。はて、もしかして薬草水が効かなかったのか? と思って女騎士の方に目線を向けてみれば、そこには出血が止まり地面に寝かされている姿が目に入った。

 治療された形跡はある。薬草水特有の匂いも僅かにしている。ならば、何が……?


「あぁ……そういう事か。その容器は使い捨てだから別に返さなくていいんだぞ。まぁ、一応受け取っておくけど」


「……っ」


 指摘しながら差し出された空になった試験官モドキを受け取ると、少女は更に顔を俯かせた。

 表情がわからないから正しい事は不明だが、もしかしたら世間知らずな事をしてしまって恥ずかしがっているのかもしれない。


「……」


 少女の身長は俺よりも低い。

 13歳といえど、こっちは毎日鍛えているし実戦にも出ている。そのせいか普通の子よりも身長が高い気がする。まぁ、俺と同年齢の子は傭兵団に居ないから比較出来ないが……。

 確か、前世で13歳の平均身長は160cmとネットで見た記憶がある。この世界に身長を正しく測る術はないが、父親がパッと見で2m近い事を考えソレと比較してみると俺の身長は170ちょっとくらいだろうか。

 で、そんな俺と比較してみて少女の身長は150cmくらいだろうか。

 目測約20cmの差があるにも関わらず、深く俯いてしまったために最早視界から消えている少女をこのままにしておくのは良心が痛む。それに、後々合流するであろう仲間達にこの光景を見られたら何を言われるか分かったもんじゃない。


「あー……」


「……!」


 ともすれば、何か話題でも振ってどうにかしようと口を開くのと、少女が何かを決意したかのように両手をフードの中に入れるのは同時だった。

 一体何をするつもりなのかと見ていると、フードの中から出てきた右手には黒く長いリボンが握られていた。

 そっち方面の感性に疎い俺が見ても明らかに高そうなリボン。幅広であり結構長いソレを少女は俺に向けて突き出してきた。

 もしかして……お礼、だろうか? 薬草水をあげてこの子の大事な騎士の命を助けたと考えれば主として礼はしなければという事なのかもしれない。いいところのお嬢さんみたいだし、そういう教育を受けていたとしても不思議ではない。

 ただ、問題なのが薬草水の価値だ。

 この世界における薬草水の価値はピンキリだ。作り手によって効力が変わるし、使った素材でも変わってくる。俺は傭兵団の婆さんが作る物しか使った事ないからわからないが……多分、いや、間違いなくこのリボンとは釣り合わないだろう。


「いや……コレは受け取れない。あの薬草水はウチで支給される物だし、その高そうなリボンとは釣り合わない。大体、君の方から俺に薬草水をくれと言ったわけじゃなく俺が一方的に渡しただけだからお礼なんてしなくていい」


「……っ!」


「うーん……困ったな」


 イヤイヤと首を振る少女を見て頭を悩ませる。

 正直な話、ここで受け取って貴族とかと変な縁が出来るのは嫌だ。俺には目的があるし、そういうのと変に縁を結んで後々面倒事に巻き込まれるリスクを取りたくはない……が……ずっとこっちに右腕を伸ばして……というか、碌に鍛えていないのか腕が震え始めた少女を見ているのは忍びない。

 それに、何かこの子も絶対に譲らない気がするし。


「わかった。わかったよ……じゃあ、コレはお礼として受け取っておく」


「……!」


 黒いリボンを受け取れば少女は小走りに女騎士の方へと駆けていく。

 お礼とは中々律儀な……って、おい、コレ!


「ちょ、ちょっと待っ―――!」


 慌てて少女を呼び止めようとするが、既に彼女は女騎士の方へと辿り着いてしまっていた。

 参った……一度受け取ってしまった以上、きっと返品はきかないだろう。かと言って、コレをそのまま受け取ってしまうのは問題がある気がする。


 手渡された黒いリボンはただのリボンではない。

 この手に持って気づいた事だが、コレは魔物の素材と金属を組み合わせて作られた特殊な糸で作られている。

 魔物の素材と金属を特殊な方法で一本の糸にする技法が使われており、その価値は長ければ王都に一軒家を買える程だと言う。そもそもの話、この特殊技法は習得するのが死ぬほど難しいらしく、この世界で才能があると言われた者でさえ確実に習得する事は出来ないのだとか。

 それに……このリボンは光の反射具合から考えるに恐らくミスリルが使われている。

 ミスリル自体は希少ではあるが「伝説だ!」と騒ぐ程の物ではない。高い魔力伝導率を誇り、剣や杖の素材として使われる事も珍しくはない程だ。

 ただ……ミスリルは酷く脆い。

 温度をほんの少し間違えたら砕けて使い物にならなくなるくらいにはピーキーな金属なのだ。ソレを魔物の素材と組み合わせて糸状にして―――このリボンを作った人間はかなりの化け物だろうし、このリボンの価値は王都に庭付き一軒家では済まないだろう。とても、支給品の薬草水と釣り合うものじゃない。


「……まぁ、パッと見じゃバレないし」


 見る人が見ればバレるかもしれないが、素材まで察するのにはじっくり観察する必要がある。

 どうせ返そうとしても無駄なんだろうと諦めた俺はそっとリボンをポーチへと入れ、早く仲間が来ないかと気分を切り替えて周囲を見渡した。

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推しのために二度人生を賭けるのは間違っているだろうか 夜桜詩乃 @suzunena

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