第5話 歩き続けること
初めて剣を持ったのは前世で28歳くらいの時だった。
当時、シエルを救うためにあらゆる格闘術を我武者羅に学んでいた俺だったが、ソレがひと段落した時にふと思う事があった。
「『エンシェントストーリー』の世界って剣と魔術がメインだから格闘術だけじゃダメじゃね?」
そもそも、何故俺がここまで格闘術を学んでいたのかと言うと最初に師事した道場の師範が「格闘術はどの武術よりも勝る」と言ったのを鵜呑みにしたからだ。言いたいことはわかるし、理解も出来る。だが、『エンシェントストーリー』の中で格闘術を使う場面は多くはない。
大体が剣や槍、弓や杖を持ちソレが壊れてしまった際に緊急手段として使うくらいだ。なんせ、あの世界では剣が【目で捉えられない程の速度】で振られる事など日常茶飯事だからだ。
つまり、何が言いたいのかというと――――
「――格闘術の間合いに入る前に斬られたりして終わるな……」
という事だった。
ならば剣術を学べばいいと思い至ったのが28歳の夏。
俺はネットで調べて出てきた剣術道場に学びに行った。そこで紆余曲折あった末に色々と教えてくれる事になったのだが、その時に始めて俺は剣……というか刀を握った。
初めて持った感想は「思っていたよりも軽い」だった。
それもそのはずで、当時の身体は鍛え上げられていたのだ。
「惜しいな……」
はてさて、そんなこんなで剣術を学び始めて三年が経った頃に面倒を見てくれていた師範の爺さんが突然そんな事を口にした。
「何がですか?」
「お主は筋がいい。教えた事はすぐに吸収し、自らの物にするだけの技量もある。だが、それ以上にいい目を持っている……故に、惜しい。生まれるのがこの時代でなければ……もっと若い内から剣の道を選んでいたならば名を世に残す程の剣士になれていただろうに」
そう言って目を伏せる師に俺は「とうとうボケたか……」と思った。
何故なら、他の弟子たちに勝った事が一度もないからだ。どれだけ戦ったとしてもどれだけ努力しようとも彼らに勝った事は一度もない。それなのに「お前には才能がある」と言われても信じられるはずがない。
ただ、悲観をすることはなかった。
才能がなければ努力をし、それでも足りないのであれば更に努力すればいいだけだと知っていたからだ。
格闘術を学んでいた時も才能なんて一切なかった。それ故に努力し、何とか使えるレベルまで持っていったのだ。だから、剣術も同じ事をやるだけだと思った。
全てはそう―――あの子を救うために。
△
▽
「ぅ……」
開いている穴から差し込む光に顔を照らされながら目を開き、激痛を訴えかけてくるのを無視して身体を起こす。
「ここは……」
ピントが合っていない眼鏡を掛けているようにボヤける視界で周囲を見回し、ようやくそこが家族と共に暮らしているテントの中だという事に思い至る。
「そうか……帰って……ゲホッ!」
掠れた喉を潤すために隣に置いてあった水差しに入ってる湯冷ましに使うのであろう水を一気に飲み干す。
「ふぅ……ん?」
そこで俺は自分の右手首に縄が括り付けられている事に気づいた。
その先がどこに繋がっているのか……ボヤける視界では確認する事が出来ず、試しに魔力を目に集中させてみると視界がクリアになった。ようやっとちゃんと見えるようになった目で縄の先を追ってみると、そこにはテントを支える太い柱があった。
「なんで……?」
ロープの長さはそこそこあると言っても、コレではテントの中を歩き回るのが精一杯だろう。
何故、こんな囚人みたいな扱いを受けているのかと頭を悩ませているとテントの出入り口として使われている布が捲られ、そこから母親が入ってきた。
「目が覚めたのね」
持っていた籠をテーブルの上に置き、俺の隣に膝を付いた母親が額に手を当てたりして身体の調子を確かめてくる。
色々と心配を掛けてしまって申し訳ない気持ちはある。だが、それよりも気になる事を聞かないといけなかった。
「母上」
「どうしたの? どこか痛む?」
「確かに身体は痛いんですけど……それよりも、何で俺は縄に繋がれているんです?」
そう聞くと、母親はため息を吐いてから右手の人差し指を立てた。
「出血多量」
「……?」
「全身の骨にヒビや骨折。左腕なんて骨が粉々に砕ける程の重症。幸いに内臓は無事だったようだけど、コレはお父さんの遺伝に感謝しなさいね?」
「……」
ソレが帰ってきた俺の状態だったというのはすぐにわかった。
戦っている最中は痛みなど微かにしか感じなかったが、聞けばかなりの重症だったらしい。
「そんな状態だったわけだけど、あなたは目が覚めたら鍛錬に行ってしまうかもしれないでしょう?」
「流石に……」
そんなことはない、とは言えなかった。
あの戦闘で自身の未熟さは嫌と言うほどに理解した。こんな状態ではシエルを救うなど不可能だという事も。
「はぁ……その性格は一体誰に似たのかしら? とにかく、目を覚ましたあなたが鍛錬に行ってしまわないように縄に繋がせてもらったの」
「な、なるほど……ですが、ほら。今は目が覚めてます」
だから、外してもいいのでは? と言外に含んで言うと、母親はニッコリと笑って口を開いた。
「ダメよ。あんな重症で帰ってきて三日で目が覚めただけでもありがいと思いなさい」
そう言って台所へと向かった母親に俺は何も言えなかった。
心配を掛けたというのもあるが、あの顔は完全に怒っていたからだ……。
俺が解放されたのはそれからしばらくして、父親が帰ってきた時だった。
そこから体調の確認などをされ、今はこうして父親に連れられて陣の中をどこかに向かって歩いている。
どこに行くのかを聞いてみたりしたが、結局は「着けばわかる」の一点張りだった。それに、バルド爺に関しても教えてもらえなかった。
「ここだ」
「ここは……」
到着したのは陣の中心に位置する場所にあるテントの前だった。
ここが誰のテントかなんて事は言われなくてもわかる。
「入るぞ」
父親がそう言って入っていくのに続いて俺も入る。
入口を開けたときに俺の鼻孔を普段嗅がない匂いが通過する。ソレは前世で嗅いだ線香のような匂いだった。
「団長。それに、若様も目が覚めたんですね」
中に居たのは一人の団員だった。
茶色の短い髪によく鍛えられた身体。身長は176cmほどだろう。彼の名前はエルン。年齢は28歳であり、バルド爺の孫に当たる。
父親がここに連れて来た意味をようやく理解した俺は姿勢を正してから、真っ直ぐにエルンの目を見た。
「バルド爺……いや、戦士バルドの最期は勇敢だった―――」
俺は語る。
この命を助けてくれた勇敢な戦士の最期を。
生かされた俺に出来る事は彼の雄姿を語り継ぐ事だけだからだ。
△
▽
エルンのテントを後にした俺達はエンヴァ婆の元を訪れていた。
エンヴァ婆はこの傭兵団で唯一回復魔法を扱える人間であり、重症の俺を治療してくれた人でもある。
「では、多少の痛みはあれど動かす事に支障はないと?」
「うん。これも全部エンヴァ婆のお陰だよ。ありがとう」
「流石の婆も若様が重症で運び込まれた時には肝を冷やしました。ですが、後遺症と呼べる物が無くてよかった―――とでも言うとお思いですか?」
正面に座っているエンヴァ婆の目が鋭くなる。
齢80だというのにその眼光から放たれる圧は歴戦の戦士に並ぶ。
「やっぱり、バレてる?」
「はぁ……若様は目が覚めてから自身の顔をよく見ていらっしゃらないようですね」
「……?」
意味が分からず首を傾げている俺に差し出された手鏡を覗いてみれば、そこにはいつも通り前世とは似つかない黒髪の顔が映っていた。
いや……いつもと同じかと思ったが決定的に違う所があった。
「目が紅い……?」
「魔力焼けですな。身体の一部を身体強化等で過剰強化した際にその部分の魔力路が焼き付いて変色する場合があります。若様のソレは些か鮮やかに出過ぎてはいますが……」
言われて思い当たる節はあった。
あの戦闘中、俺は熊の攻撃を避けるために目を重点的に強化していた。それに、ここまで鮮やかに色が変わってしまったのは身体能力・改のせいだろう。アレは従来の身体強化と違って繊維一つ、細胞一つまで強化する物だからだ。
「若様、その目は見えておられますかな?」
「……少量でも魔力を通していればいつも通り見えてるよ」
「やはりそうですか……団長殿、魔力焼けを治療する方法は見つかっておりませぬ。なので、若様は一生このままかと」
「命に関係するわけではないんだな?」
「ええ。目に魔力を行使したとしても命を落とす事はないでしょう」
「なら良い」
その後、色々と身体の検査をした後に俺と父親はテントを出た。
このまま自分たちのテントに帰るのかと思ったが、どうやら違うらしい。前を歩く父親に着いていった先にあったのは陣の外れにある小さな広場だった。
ここは俺も訓練でよく使う。
「コウ」
「はい」
振り返った父親は真剣な顔で俺の名を呼ぶ。
凡そ、一人息子と相対する際に浮かべる表情ではない。一人の戦士と向き合う時の圧がそこにはあった。
「初陣を越したお前はもう一人の戦士だ」
「……」
「親しい者が目の前で死に、自らも命を失いかけた。戦うのが怖くなったか?」
「……怖くない、と言ったら嘘になります。ですが、俺はこれからも戦い続けます」
「理由を聞いてもいいか?」
「二度と失わないため……
俺の目的は前世から変わらずシエルを救う事。
そこに辿り着くまでに命の危険がある事なんて百も承知だった。自分にとって大切な人を失う事も覚悟していたつもりだ。
ただ……後者に関しては覚悟していただけだった。
実際に失ってしまったら後悔が生まれる。あの時ああしていれば、あの時にもっと力があれば……そんな感情に飲み込まれそうになる。
だが、立ち止まる事は出来ない。
失いたくないのであれば戦い続けるしかないのだから。
「……そうか」
父親は左手で握っていた鞘から手を離した。
もしかしたら、俺が弱気な事を言ったら斬るつもりだったのかもしれない。
「お前の目的が何かは聞かん。どうせ答えるつもりもないのだろう。だが、誰かを守る……その気持ちだけは絶対に忘れるな」
「肝に銘じておきます」
「あと、自分の母親をあまり心配させるな。色々と言われる俺の身にもなれ」
「それは……善処します」
ため息を吐く父親と共に帰路に着く。
ふと、振り返った先――さっきまで居た広場には一振りの剣が置かれていた。ソレが何を意味するのかを理解する事は今の俺には出来なかった。
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