第41話 偉大なる吸血鬼
「はぁ……なんとかなったのね……」
瓦礫の山となったその場所に差し込んだ朝日を浴びたことで私はほっとしてその場に座り込んだ。
すると震えていた子供たち三人が心配そうに私に問いかけてきた。
「ラーラお姉ちゃん……」
「俺たち、助かったの?」
「うん、もう安心。大丈夫」
子供たちは肩の荷が下りたのか少しずつ涙ぐみ、私に抱き着いてきた。
「おっと……って、そうよね……あんな教団にいたなら怖いに決まってるわよね」
私は子供たちをそっと抱き寄せ頭を撫でてやる。
横でエウロがその様子を見て安心していたがすぐに魔術師としての顔に戻る。
「喜んでばかりもいられません。これだけの騒ぎを起こしたのですから……どうすべきか……」
今回のことは森の中などの閉鎖空間で起きたわけじゃない。
町のど真ん中で起きた事件だ。
これだけの騒ぎを起こしたのだから何かしら追及されるだろう。
そう考えながらこの騒ぎをどう収めるのか聞くために辺りを見渡したがいつの間にかブランの姿がなくなっていた。
「……あれ、ブランは?」
「分かりません。いつの間にか消えていました。
ところでラーラさん、その手の持っているものは?」
エウロが私の右手を指さす。
右手を開くといつの間にか紙切れが私の右手の中にあった。
その紙切れを開くと中には長々と文章が書かれていた。
紙の内容をエウロと顔を並べながら読む。
「これは……」
「これ伝えるのを丸投げしてきたわけね、あいつ」
ブランは紙切れに今回の事件の筋書きが書いてあり、どうやらその説明を私とエウロに押し付けたようだった。
ブランの描いた筋書きはこうだ。
エウロがある教団が裏で密かに人間を使った儀式を行っているという情報を得る。
彼女は人形錬金術師ブランに協力を依頼。
調査のために教団の建物を訪れると既に教団は儀式を完成させており召喚魔術を発動させてしまう。
しかし強引に召喚魔術を発動したことで召喚した魔物が暴走、町の破壊を始めた。
そのため人形錬金術師ブランと星の魔術師エウロが協力しこれを鎮圧。
カルルたち吸血鬼のことは伏せるようだった。
色々と突っ込みどころがありそうな筋書きだったがブラン曰く「どうにでも誤魔化せる」とのことらしい。
紙切れの一番下には「用事があるから説明は任せた」とだけ書かれていた。
この状況で用事って……どうせ丸投げしたかっただけでしょうに。
****
ブランは名も知らぬ森の場所で誰かを待っていた。
しばらくするとその待ち人が来たようでブランは声をかけた。
「久しぶりだナ」
「ブランケウン・ミードルか。相変わらずその姿なんだな」
その待ち人とは吸血鬼でありカルルの兄でもあるケルベスだった。
「ケッケッケ。他に良いガワが無いんでナ。そんなことより密書は読んだナ?」
「あぁ。うちの馬鹿弟が世話になったみたいだな。すまん」
「ケッケッケ。全くダ」
「それで、弟はどこだ?」
「そのことだガ、お前に提案があル」
「提案?」
「ついでだし、お前の弟をこっちで預かってやるヨ」
「……何?」
「お前は気づいてるだロ。あいつが吸血鬼の中でもかなり特殊なことニ。性格じゃなく中身がナ」
それ聞いたケルベスは身構える。
「いくらお前といえど、弟を何かよからぬ実験に使おうと言うのなら容赦はない。
あの教団と何も変わらないじゃないか」
「何を勘違いしていル。定期的に血をもらうだけだゾ。無論他の勢力に流したりなんかしないし奴が起こした問題の尻ぬぐいも全部してやるしどんな実験をしたか逐一報告もしてやル。疑うなら定期的に顔を見せてもいイ」
「どうしてそこまであいつを?」
「ケッケッケ。言っているだろウ。実験だト」
「お前の言う実験の正体は百年前から一切分からない。本当に進んでいるのかどうかすら。本当に信用していいのか?」
「そりゃお前次第ダ。別にアタシはどっちでもいいネ。あいつがいたら実験の速度が十分の一歩分くらい早くなるだけダ。信用できないなら断ればいいだけだゾ」
「お前には借りがある。それに、あの弟をうまく使ってあの件を解決したのであれば信用はできる。分かったよ、弟を預ける」
「よしきタ。用事はそれだけダ。じゃあナ」
「あ、おい」
ブランは話が終わる音もなくその場から消えていった。
まるで元からその場には誰もいなかったかのように。
その様子をみたケルベスは深くため息をついた。
「全く、百年前と何も変わってないなお前は」
****
事件の後。
騒ぎを聞きつけ現場にかけつけた騎士たちになんとか説明をした。
私だけじゃ納得してもらうのは難しかったが幸い星の魔術師でもあるエウロがいたためなんとか誤魔化すことができた。
あの教団は本拠地があの建物だったらしくあの召喚のせいで建物は全壊するわ信徒たちは逃げ出すわ裏で行っていたことは全てばれるわで全員牢屋行きらしい。
仮に生き残りや同じような悪事を働こうとしていた人間が残っていたところでなにもできないだろう。
私たちは屋敷に戻り作戦を振り返っていた。
いつの間にかなじんでいるカルルが椅子にどかりと座りながらあれこれと感想を述べていた。
「流石の俺もあれにはヒヤヒヤしたぜ。まさかあんな怪物が出るなんてな。だが俺にかかればあんな怪物ちょちょいのちょいよ」
「何を偉そうに。ラーラさんから血をもらったからこそ対抗できたんでしょう。それにとどめを刺したのはブランです」
「俺は魔法陣を破壊したぞ。ブランの攻撃は動きを止めただけだ。だからとどめは俺の手柄だ」
カルルとエウロがまたしても言い合いを始めたので私は止めた。
この二人は毎回毎回よく飽きないものだ。
おそらく精神年齢が近いんだろうな。
「それにしても、どうしたもんかね。好きにやるとは言ったが流石にあれだけ騒ぎを起こせば流石に実家が黙ってねーんだよなぁ。また違う町にでも行くか」
「それなら心配いらン。交渉してきたゾ」
「なに、交渉?」
いつの間にか話に加わっていたブランがカルルの目の前で宙に浮きながら腕を組んでそんなことを言い出す。
「吸血鬼と交渉をしてきタ。お前をしばらくここに置いて良いことになっタ」
「まじかよ!?じゃあまだこの町にいれるってことだな!やったぜ!」
カルルは椅子から立ち上がり拳で天をついた。
しかし横でエウロが納得してなさそうな顔をしていた。
というか私も同じだ。私はあわててブランに説明を求めた。
「ちょっと待ってちょっと待って、カルルは簡単に納得してるけどそう簡単な問題じゃないでしょ」
「そうですよ、吸血鬼は例の事件のこともあってそう簡単に人間を信用しないことで有名です。一体どうやって……」
私とエウロから質問を受けたブランはさも当然といった顔で偉そうに胸を張りながらふよふよと宙に浮かび始めた。
「お前ら、重要なことを忘れてないカ?」
「重要なこと?」
「俺様は世界でも五本の指に入る人形錬金術師だゾ。そしてついでに言えばアタシは人間じゃなイ」
エウロはその言葉を聞きなんとなくブランが何をしたかを察したようだった。
「……詳しくは聞きませんが、とにかく吸血鬼となにかしらのコネがあって交渉してきたということは事実のようですね」
「概ねそうダ」
とにかく今回の事件は無事に解決できたようだ。
私の家族も助けられたし。カルルの助けたかった女の子も寸前のところでたすけることができた。
ちなみにあの女の子は再び教会の孤児院に戻り、サバンの一族の三人も孤児院においてもらうことになった。
「あの子たちの様子を見に行かないとね」
「行きますか」
「うっし。俺も行くぜ」
私がそう提案すると後ろにエウロとカルルもついてきた。
エウロはともかく、カルルもなんだかんだ言って面倒見がいいみたいね。
****
教会の孤児院を訪れるとあのテレシャがサバンの一族とかいう子供三人に囲まれているのが見えた。
「なぁテレシャ姉ちゃん、もっとそれくれよ」
「あ!俺も欲しい!」
「私も……」
「あ、えーっと……」
テレシャは子供三人に囲まれ慌てて目を泳がせながらしばらく考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「ごめん、これあげちゃうと私のぶんがなくなっちゃうから」
「ちぇー」
そのやり取りを見た俺は満足そうに笑ったのだった。
「フン、それでいいんだよ」
しかし後ろから魔術師の小娘が声をかけてきた。
「カルル、貴方聞きましたよ。二日間仕事の手伝いしろって言ったのにほとんどサボってるらしいじゃないですか」
「うるせぇ。ある程度は働いてやったぞ。俺はやりたいようにやるんだよ。多少仕事しただけありがたいと思えよ」
「なんですか。私は魔術師協会にコネが……」
「それも問題なくなったんだよ。さっき聞いただろ?ブランが俺の家と交渉したって話。お前がチクったところで何の問題もないんだよ。そんな子供が親にチクるような弱々しい真似をして恥ずかしくないのかてめぇは」
「……そろそろ貴方とは決着をつける必要がありそうですね」
「いいだろ、来いよクソガキ」
「身体強化魔術!」
「多少速くなったくらいで俺のスピードについてこられるわけねぇだろ!」
騒ぎを聞きつけた子供たちが集まってきた。
「あ!見てみて!なんか始まったよ!」
「お、なんだ喧嘩か?やれやれ!」
****
子供たちが騒いているから何かと思って近づいたらカルルとエウロが喧嘩を始めようとしていた。
それもわりとガチめの。
「ちょっと待った!あんたたちが戦ったらこの教会崩壊するから!ちょっと!」
この後カルルとエウロが暴れたせいで皆で教会を修理するはめになったのは言うまでもない。
――こうして、またしても騒がしい家族が一人増えたのであった。
****
「はぁーひどい目にあった……」
屋敷に戻って食堂でおでこを机につけてうなだれている私にブランの執事人形がお茶を入れてくれた。
「あ、ありがとう……」
執事人形はそのまま何も言わずに食堂を離れていった。
「そういえばさ、ブランがよく使う、あの執事人形」
「あぁ、あの白髪で眼鏡をかけてる人ですね」
「ブランは人間を精巧に再現した人形を作ることができるって言ってたけどその割にあの執事くらいしか人間のまねをした人形を見たことがないのよね。なんでなんだろう」
「あれじゃないですか、流石のブランもゼロから人間の顔を作ることはできないから誰かモデルがいるとか。現状その人の再現しかできてないんじゃないですかね」
モデルがいる、か。
でもだとしたらそのモデルの人はどんな人なんだろう。
というか果たして実在するのだろうか。
そしてブランはなんでその人をモデルに選んだんだろう。
あの姿であることに、何か意味があるんだろうか?
――そして私たちが住む町。その辺境にあるとある一軒家。
その一軒家でしばらく寝たきりになっている一人の男性がいた。
――その男性は、ブランの執事人形と全く同じ顔をしていた。
「――チッ。そろそろ執事のガワを変えないといけないカ」
ブランはその一軒家に設置してある「目」を通してその光景を見ると、そう呟いたのだった。
人形錬金術師は奴隷少女を幸せにしたい 蜂月八夏 @hachigatuyouka
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