第40話 人形錬金術の本領
目の前では巨大な黒い竜が建物を飲み込んでいっている。
さて、どうしたものか。
悩んでいると建物の中から命からがら逃げ伸びてきた信徒が何人かいた。
そのほとんどはすぐに黒い触手に捕まれ飲み込まれる。
すると触手からなんとか逃げてきた信徒がこちらに向かって走ってくる。
「ど、どけ!俺はまだこんなところで……」
他の奴らを犠牲にして、俺たちのことを押しのけて真っ先に逃げようとしていた信徒の背中をつかみ、黒い竜の近くに投げ捨てた。
当然、その信徒は巨大な生物の触手に捕まれ引き寄せられていく。
「た、助けてくれ!助けてくれたらなんでもする!」
「他人のために犠牲になるのが、お前らの教えじゃなかったっけか?」
「そ、そんな、ぎゃあああ!!」
俺の言葉を聞くとその信徒は絶望に満ちた表情のまま黒い竜に飲み込まれていった。
ブランが俺の横でため息をして呆れていた。
「オイ、オイオイ、オイオイオイ。お前、吸血鬼が人殺しはまずいゾ」
「あれは俺がやったんじゃないからセーフ」
「それもそうカ。ケッケッケ」
横で奴隷の小娘がたしなめるように声をかけてきた。
「あんた、いくら悪い奴とはいえ人の命をそんな……」
「まぁ待テ。今ので分かったことがあル」
「分かったこと?」
「さっきの信徒を投げた時、近くにたまたま建物近くいた一般人もいタ。だが触手は真っ先にあの信徒に伸びていきそのまま食っタ。どういうことか分かるカ?」
「え?信心深い人から食べるとかそういうの?」
「んなわけあるカ。あの信徒が来ていた白い服には強い魔素が込められていタ。一般人に魔素はないこともないが少ないことがほとんどダ。つまリ……」
「魔素の多い人間から狙うってことか。じゃああいつの目的は食べてエネルギー吸収、それも魔素を集めてるってことね」
「そういうことダ」
となると、時間をかければかけるほど人間を食ってエネルギーを吸収して倒すのが面倒になる。
そうくれば、やることはただ一つだ。
「エネルギーを吸収しきる前に、こいつをぶっ倒す」
「ど、どうやって?」
「とにかく切り刻む」
「脳筋ですねぇ……」
横で魔術師の小娘が呆れた顔をしていた。
しかしそうやって話している間に黒い触手はあちこちに拡大していく。
すると地響きが気になり外に出てきたのか、運悪く教団の建物の近くにいた人間が今にも触手に襲われそうになっていた。
「チッ」
俺は猛スピードでその人間のところまで走り出した。
人間はすでに触手に捕まりあと数秒で食われるであろう状況に陥っていた。
俺はそうなる前に自慢の爪で触手を真っ二つに切り裂いた。
切り離された触手は地面に落ちて動かなくなり、そのまま霧散した。
その人間はあわてて逃げて行った。
無数に増え続ける触手を潰しても埒が明かない。
中心を切り裂いてやればかなりダメージを与えられるはず。
そう考え俺は黒い竜の中心に飛び乗り切り裂こうと腕を振りかぶった。
しかし俺が乗っていた場所に新たに触手が生まれ俺のことを食らおうを襲い掛かってきたため寸前のところで後ろの方へ飛び攻撃を交わした。
しかし空中に飛んで動けない一瞬の隙に巨大な触手が薙ぎ払われ、俺は吹き飛ばされてしまった。
「カルルっ!」
後ろで奴隷の小娘の声がうっすらと聞こえた気がした。
しかし俺はそのタイミングで意識が飛んだ。
****
耳元でやかましい声が鳴り響き少しだけ意識が戻った。
なんとか頭を覚醒させて起き上がる。
自身の状況を把握してみると幸いそこまで致命的なダメージは受けていない。
俺は吸血鬼だから少し殴られたくらいで死ぬような人間とは体の作りが違う。
どうやってあの竜を倒すかを考えていたのだが奴隷の小娘が耳元でああだこうだとわめいていたのがうるさくて仕方なかった。
「あんたとはいえ無茶よあんな巨大な化け物に挑むなんて!」
「うるせぇな……こんくらいどうってことねぇよ」
横でブランが顎に手を当てながら興味深そうに黒い竜を眺めている。
それを見たラーラはすがるように声をかけた。
「ブラン!あんたどうにかできないの!?」
「できないことはないが少々時間がかかル。その間に町の人間が死ぬナ」
ブランの言う通り触手は時間とともに増えつづけどんどん周囲に広がっている。
このままじゃ町全体に広がるのも時間の問題のはずだ。
俺はなんとかよろよろと体を起こし呆然と立ち尽くしているラーラの右腕を掴んだ。
「血だ、血が足りねぇんだ……」
俺はそう呟いた。
吸血鬼は人の血を吸うことで糧にできる。
即ち方途は一つだ。
「おい!ラーラとか言ったな。お前の血をよこせ」
「え、なんで私……?」
「お前が近くにいたからだ。早くしろ。血があれば身体強化もできる」
俺の要求はラーラの血。
しかしラーラが「私利私欲にまみれたあんたがどうしてそんなに他人のためにしようとするのか」という目で見てきてむかついた。
俺はたまらず弁明した。
「町の人間なんてどうだっていい。だがあのクソみてぇな教団は気に入らねぇ。そしてあのクソ共が呼び出した怪物がのさばってんのはもっと気に入らねぇ!それだけだ!」
しかしラーラはどうしたらいいか分からないという間抜けな顔をしていた。
どうやらこいつの血はブランが管理しているからブランに反対されることを恐れているようだった。
ラーラはブランの方を見やる。
「いいじゃないカ。やれヨ」
ブランは血に関してはああだこうだとうるさい奴な印象があったからてっきり反対してくるものかと思ったが思いのほか肯定的で助かった。
まぁ反対されたところで無理やり吸うだけだが。
「……あんたがそう言うなら」
ラーラは俺の方に左腕を伸ばした。
俺は間を開けず左手首に噛みつき、ゆっくりと血を吸い始める。
しばらく吸った後、俺は牙を手首から外し口を拭う。
「こんくらいあれば十分だ。行くぞ!」
俺は風圧が周りに行くくらいの凄まじい勢いで地面を蹴り黒い竜に向けて走り去った。
「なんだこれ、力がみなぎる」
吸血鬼は血を吸うと体を強化できる。
血中の魔素を取り込むことで自身の肉体を大幅に強化できる吸血鬼のみが持つ能力だ。
魔術師や魔族の血だとよりその効果を発揮できる。
しかし魔獣の血だと魔素が濃すぎたり不純物が多すぎる関係上むしろうまく体内に取り込めなかったりする。
だが今回は今までで飲んだどの血よりも飛躍的に体の動きがよくなっている。
まるで翼でも生えたかのような。
油断するとむしろ力を出しすぎてしまうくらいだった。
****
「なにあの速さ……!」
ただでさえ速かったカルルの動きが尋常じゃないくらいの速さになった。
目にも止まらないなんてものじゃない、なんとか姿を見つけたと思ったら全く違う場所まで移動している。
当然黒い竜もその速度に全く追いつけていない。
私が唖然としていると横でブランが興味深そうに眺めていた。
「ホーウ。吸血鬼が血を吸うとああなるのカ。いい結果を得られタ」
まだ事件は収束していないというのに呑気なものだった。
私とエウロとあちこちで避難誘導をしたりだとか建物の瓦礫の下敷きになってしまった人を救助したりしていたがブランはずっと私の横でふよふよと浮かんでいるだけだった。
「まだ時間はかかるの?なんだったら私がまた……」
「待テ。お前の力はまだ完全に制御できていないだろウ。不安定だし何が起こるかも分からン。何より血を吸われた後に発動できるのカ?」
「じゃあどうすれば……」
「今やってル。黙って待ってロ」
やってる?しかしブランは何かをしている様子はない。
そういえばブランが何かする時は魔術師のように詠唱を行ったところを見たことがない。
一体どうやって、何をしようとしているのだろうか。
そういうしている間にどんどん黒い竜は勢いを増していき私たちがいる場所まで足を延ばしてきそうな勢いだった。
「ど、どうするんですか!?」
「もうできル。」
ブラン三歩ほど前に出ると右手をまっすぐ目の前に伸ばし、それの名を呼び出した。
「人形錬金
ブランの足元に魔法陣が出現しその場所を中心に周りの土が集まっていく。
集まった土は圧縮され徐々に地表に出ていき形になっていく。
その土はどんどん盛り上がり大きくなり続けていく。
「な、なんですかあれ……」
その瞬間、誰もが見上げた。
あの怪物を見るためじゃない。
新たに表れたあの巨大な創造物を見るために。
ブランは教会の倍近い高さがある巨大な人形を作りだした。
体には壊れかけの甲冑のようなものを付け、右手には巨大な剣を握っていた。
「こんな大きいのも作り出せるの……?」
巨大な人形騎士は剣を腰に構え振りかぶる。
そして重い動きでゆっくりと剣を大きく薙ぎ払い黒い竜を両断した。
しかし、すぐに中心から新たな触手が生えてきてしまう。
何度も剣で両断するが黒い竜の勢いは止まることはなかった。
「フム、怯んではいるが効きは悪いカ」
ブランはそう呟くと横で私と同じように唖然としていたエウロに声をかけた。
「オイ、小僧」
「……私のことですか?」
「付与はできるナ。アレの剣に封印魔術を付与しロ」
「あ、あれにですか!?」
「なんダ、できないのカ」
ブランがけたけたと笑いながら挑発するように煽ると流石のエウロも少しむっとした表情をした。
「な、何を……やりますよ。見ていてください」
エウロは杖を両腕に構え、呪文を唱え始めた。
しばらくすると巨大な人形の剣が土色に光り始める。
「付与はできましたが……あれだけ巨大なものに付与したのは初めてなのでどれだけ持つかどうかは分かりません」
「十秒もあれば十分ダ」
ブランはそう言うと右手の人差し指を前に向け、最後の命令を下した。
「サァ、弾ケ」
巨大な人形は光る剣を上段に構えると、勢いよく振り下ろし教団の建物ごと黒い竜の塊を叩き潰した。
すると光のエネルギーが黒い竜に流し込まれていき次第に黒い竜は動きを止めていった。
「あいつ、なんて技隠し持ってやがったんだ。って、見てる場合じゃねぇ。魔法陣の根本は……これだな!」
カルルが魔法陣の根本を破壊する。
すると黒い竜は少しずつ霧散して消えていく。
やがて黒い竜のオーラによって黒く染まっていた空も次第に晴れていき、朝の陽ざしが町の残骸を照らした。
どうやら、いつのまにか朝になっていたようだ。
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